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第1章 アシェント伯爵家の令嬢
第5話
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リディが部屋へと案内されていき、その場にフリージアとカーティスだけが残った。
「お義兄様。私を騙したのですか?」
気付けばそう口にしていた。
カーティスの眉がぴくりと跳ね上がる。
「騙すとは人聞きが悪い。様々に悩んだ末に、結論としてこうなっただけのことだ」
「私はもう、お義兄様に守ってもらえなくてもかまいません。自分のことは自分で守ります」
カーティスの眉が訝しげに、そして苛立たしげに寄せられた。
「なんだと? ふん……、そんなことができるわけがないだろう。十六になったばかりの小娘に何ができる?」
「まだ何もできないかもしれません。けれど、これからできるようになります。できなければ自分に跳ね返ってくる。それだけのことです。その覚悟はあります。ですから、私は私のまま生きたい。誰かに成り代わられるなんてまっぴらです! 私を外に出してください!」
「お前だけの問題ではない。悪意あるものに捕われ、お前の望まぬ形で利用されることもあり得るのだぞ? 国を脅かすことだってあるだろう。そのことが世間に露見すれば、お前は王家から危険視され排除されるかもしれない。王宮に幽閉されるかもしれない。今とどっちがましか、よく考えてみるといい」
正直、動物たちに少々お願いを聞いてもらえることがある、というだけで国家を揺るがすようなことに繋がるのか疑問ではあった。
ただ、いろんなことを考える人間がいるということはフリージアにもわかる。
「その危険性を無視しているわけではありません。ですが、自由奔放に外を歩き回らせてほしいというわけではありませんし、私はただ」
「ただグレイと結婚出来ればいい、か?」
冷たい毒をはらむように放たれたその言葉に、フリージアの喉が詰まった。
「……、これまで通り外出は控えます。嫁いだ後も、力のことは誰にも話しません。露見しないよう振る舞います」
「本当にお前はあの男のことになると必死だな」
きっと、フリージアが冷静ではないとわかるからこそ、カーティスは止めるのだろう。
恋に溺れて判断を誤ってしまわないように。
だから冷静に、理路整然と話さなければならないと思っていたはずなのに、どうしてもカーティスに冷たくあしらわれると必死になって言い募ってしまう。
フリージアは一つ深呼吸をしてから、慎重に口を開いた。
「リディという一人の人間の人生だって、巻き込むことになります。人として、そんなことが許されるわけが」
しかしその言葉は冷たく見下すカーティスによって早々に遮られた。
「無理矢理連れて来たわけではない。彼女の弟妹たちを養えるだけの十分な金銭を援助することで話はついている」
「お金で人の人生を買ったというのですか――?」
「彼女も喜んでいた。侯爵夫人になれることもな」
ひときわ冷たく響いた言葉に、フリージアの唇は青ざめた。
「寒さや飢えに苦しむことがなくなったと喜ぶ家族を、明るい未来を手にしたリディを、再びどん底に突き落とすつもりか?」
もう言葉は出なかった。
自分が自分のままで生きることが、そんなにも罪なのだろうか。
些細な力を手にしたことは、こんなにも不幸なことなのだろうか。
何故悪いほうにばかり転がってしまうのだろう。
どうしたら誰も傷つけず、みんなが笑えるようになるのだろうか。
フリージアだけが我慢すればいいのだろうか。
どんなことがあってもくじけない。
そのつもりだったのに、ここにきてフリージアはよくわからなくなってしまった。
「お義兄様。私を騙したのですか?」
気付けばそう口にしていた。
カーティスの眉がぴくりと跳ね上がる。
「騙すとは人聞きが悪い。様々に悩んだ末に、結論としてこうなっただけのことだ」
「私はもう、お義兄様に守ってもらえなくてもかまいません。自分のことは自分で守ります」
カーティスの眉が訝しげに、そして苛立たしげに寄せられた。
「なんだと? ふん……、そんなことができるわけがないだろう。十六になったばかりの小娘に何ができる?」
「まだ何もできないかもしれません。けれど、これからできるようになります。できなければ自分に跳ね返ってくる。それだけのことです。その覚悟はあります。ですから、私は私のまま生きたい。誰かに成り代わられるなんてまっぴらです! 私を外に出してください!」
「お前だけの問題ではない。悪意あるものに捕われ、お前の望まぬ形で利用されることもあり得るのだぞ? 国を脅かすことだってあるだろう。そのことが世間に露見すれば、お前は王家から危険視され排除されるかもしれない。王宮に幽閉されるかもしれない。今とどっちがましか、よく考えてみるといい」
正直、動物たちに少々お願いを聞いてもらえることがある、というだけで国家を揺るがすようなことに繋がるのか疑問ではあった。
ただ、いろんなことを考える人間がいるということはフリージアにもわかる。
「その危険性を無視しているわけではありません。ですが、自由奔放に外を歩き回らせてほしいというわけではありませんし、私はただ」
「ただグレイと結婚出来ればいい、か?」
冷たい毒をはらむように放たれたその言葉に、フリージアの喉が詰まった。
「……、これまで通り外出は控えます。嫁いだ後も、力のことは誰にも話しません。露見しないよう振る舞います」
「本当にお前はあの男のことになると必死だな」
きっと、フリージアが冷静ではないとわかるからこそ、カーティスは止めるのだろう。
恋に溺れて判断を誤ってしまわないように。
だから冷静に、理路整然と話さなければならないと思っていたはずなのに、どうしてもカーティスに冷たくあしらわれると必死になって言い募ってしまう。
フリージアは一つ深呼吸をしてから、慎重に口を開いた。
「リディという一人の人間の人生だって、巻き込むことになります。人として、そんなことが許されるわけが」
しかしその言葉は冷たく見下すカーティスによって早々に遮られた。
「無理矢理連れて来たわけではない。彼女の弟妹たちを養えるだけの十分な金銭を援助することで話はついている」
「お金で人の人生を買ったというのですか――?」
「彼女も喜んでいた。侯爵夫人になれることもな」
ひときわ冷たく響いた言葉に、フリージアの唇は青ざめた。
「寒さや飢えに苦しむことがなくなったと喜ぶ家族を、明るい未来を手にしたリディを、再びどん底に突き落とすつもりか?」
もう言葉は出なかった。
自分が自分のままで生きることが、そんなにも罪なのだろうか。
些細な力を手にしたことは、こんなにも不幸なことなのだろうか。
何故悪いほうにばかり転がってしまうのだろう。
どうしたら誰も傷つけず、みんなが笑えるようになるのだろうか。
フリージアだけが我慢すればいいのだろうか。
どんなことがあってもくじけない。
そのつもりだったのに、ここにきてフリージアはよくわからなくなってしまった。
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