伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした

佐崎咲

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第2章 再会

第6話

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 ――なぜ? こんなにも早くお帰りになるなんて

 帰ってくるのは明日だったはず。
 フリージアの背筋を冷たいものが流れる。

 挨拶だけして、早くこの場を去ってほしい。
 早くこの時間が過ぎればいいのにと願った。

 笑みを作ったカーティスの目はグレイに向けられている。

「お邪魔しまして申し訳ありません。いえ、いつもは外でお茶を飲まれているのに、今日はティールームにいらしていると聞きましたもので。何か失礼でもありましたか?」

「いえ、今日は少々風が冷たかったので。お元気になられたとは言え、フリージア嬢に風邪を引かせてはいけませんから」

 ちらりとカーティスの目がフリージアを見る。 
 そしてそのまま固まり、ゆっくりと眉が顰められた。

 ――見つかってしまった

 義兄の眉はすぐに怒りに吊り上がった。

「こんなところで何をしている!」

 突然声を荒げつかつかとフリージアに歩み寄ったカーティスに、グレイは「どうしましたか?」と戸惑った声を上げた。
 その声にはっと我にかえったカーティスは、足を止めた。
 しかしその顔は険しく、眉は不快げに歪められたまま。

「楽しく談笑しているところでしたが。何かフリージア嬢に急な用でもおありでしたか」

 グレイが戸惑いながらもとりなすように言えば、カーティスは固い声を返した。

「――そうですね。失礼をしまして申し訳ありませんが、今日はもうフリージアを返していただいてよろしいですか?」

「そうですか。しかし明日までお仕事で外出されていると聞きましたが。何かトラブルでもあって早くお帰りになったのでは? そちらはよいのですか」

 心配そうにグレイが訊ねれば、カーティスは目を細めるようにして笑みを浮かべた。

「いえいえ、グレイ卿に気にしていただくようなことは何もありませんよ。仕事のことも、フリージアのことも、我が家の問題ですから」

 余計なお世話だと突き放すようなその言い様に戸惑ったのだろう。
 グレイはなかなか立ち去ろうとはしなかった。

「そうですか。でも私も半年後にはフリージアの家族となる身です。私にできることがあれば、なんなりと仰ってください。協力は惜しみません」

 誠実にそう言い募ったグレイに、カーティスの唇が醜く歪んだ笑みを象った。

「ほう――。そうですか。私の妹のために随分と」

「お義兄様!」

 咄嗟にフリージアは声を上げていた。
 それ以上はもう聞きたくなかった。
 カーティスがグレイに冷たく醜い言葉を投げかけるのを。 

「私に用がおありなんでしょう? しかもお急ぎの様子。私たちはここで失礼させていただきましょう」

 硬い声で言えば、カーティスは冷たくフリージアを一瞥した後、グレイに一礼した。

「では、また後日」

 そう言ってくるりと振り返ったかと思うと、カーティスはフリージアの腕を乱暴に取り、強く引っ張った。

「……!」

 思わず痛みに声をあげそうになるのを必死でこらえるフリージアの耳に、グレイががたんと椅子から立ち上がる音が響く。

「フリージア! ――また、今度」

 強く、思いのこもった目がフリージアをまっすぐに見ていた。
 舌打ちをするカーティスに乱暴に腕を引かれながら、フリージアは力強く頷き返した。

「……、はい!」

 その日からフリージアは、部屋から出ることを一切禁じられた。
 普段からフリージアとリディの世話をしていた侍女三人も、気付かなかった罰として一か月の間休みを取らされ強制的に実家へと帰された。

 いつの間にかリーンも窓辺を訪れることがなくなってしまった。
 リディもフリージアの部屋には入れない。

 一週間後。
 グレイに繋がる一切を失ったフリージアに、カーティスは告げた。

「この私を騙そうとするとはな。もう愚かなことを考えずにすむよう、『フリージア』とグレイの結婚式を早めることにした。来月だ。お前はもう二度とグレイに会うことは、ない」
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