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第3章 リークハルト侯爵家の秘密
第13話
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苦しそうなグレイの独白を聞いたフリージアは、なるほど、というようにうなずいた。
「それを気にしてらしたのですね。わかりました。それなら、私が甲冑を着れば問題がないのでは?」
「……え? え?」
あまりにあっさりと提案が返り、グレイは面食らったように目を丸くした。
「稚拙すぎましたでしょうか? でも何が問題かがわかりましたので、これからはどうしたらよいのか、一緒に考えさせてほしいのです」
「どうしたら、って……」
「私、ずっと女としての魅力がないせいでグレイ様に距離を置かれているのだと思っていたのです。でもそれを直接おうかがいするのはどうなのかと悩み、どうしたらよいのかわからずにいたのです」
グレイは驚き目を見開くと、猛然とまくしたてた。
「それは違う、真逆だよ! 僕はフリージアが好きすぎるんだ。だけど、まだ体が本調子じゃないかなと思ったし、ずっと我慢していたから、おさえがきかなくなりそうで、だって僕は傍で暮らすほどにフリージアをどんどん好きになっていくし、そんなんじゃあ竜の姿に変わる以前に危ないっていうか、そもそもいろいろ考えたけどやることだけやって別の部屋に行って一人で寝るとかそんなの嫌だし、……って、あああ、僕は何を! ごめん、もっとうまく言いたいのに、なんだか今日は慌てすぎて思ったままに口に出てしまう」
フリージアは狡い。
ごめんなさい、と心で懺悔しながらも、グレイの正直な気持ちが聞けて嬉しいと思ってしまう。
拒まれてはいなかった。
そのことに何よりもほっとしてしまった。
「それなら私も、頑張る方向性が見えます。グレイ様は、今日は竜の姿に変わってしまいそうだ、というようなことがなんとなくわかるのですか?」
「頑張る……? あ、うん……そうだね。母の事を思い出したり、自分の存在を疎ましく感じてしまったり……そういう時になんとなく、あ、今夜は来るかも、ってわかるよ」
「では、その時の対策を考えればよいのですね」
本当は、そんな気持ちにならないようフリージアがグレイを支えると言いたかった。
けれどまだ結婚して一か月も経ってもいないのに、軽々しく言っていいことではない。それはこれから少しずつ築いていくものだから。
そう考えたフリージアに、グレイはまったくついてこれていないように戸惑っていた。
「いや、その、そもそも、あの、え……? 僕は、竜で、だから」
「はい。ですから、グレイ様にはありのままでいていただきたいのです。そのためにできることがあればしたいのです。私が傷つけばグレイ様の心が傷つく。だからそうならないように」
「……で、甲冑?」
「はい」
「いや、それは寝苦しいよ」
「では、安全なお腹にくっつくようにして眠ります。そうすれば牙は当たりませんよね?」
いい思い付きだと思った。
しかしグレイの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、自分は今とんでもないことを言ってしまったのでは、と悟った。
先程からフリージアは、夜の間も一緒にいたいと言っているのと同じことなのだ。
しかし撤回する気はない。
それが紛れもないフリージアの本心だったから。
「竜の姿のグレイ様もかっこよかったです。それと、お腹はとてもやわらかくて気持ちよかったです。私は竜の姿のグレイ様も、今のグレイ様も、どちらも好きです。どちらも、グレイ様ですから」
グレイは詰まったように言葉を止め、さらに顔を赤く染めた。
「ありがとう――。また僕は大事なことを黙っていたくせに、嬉しいと思ってしまった。こんな僕でごめん」
「いいえ。心に傷を負っていたのに、それでも話してくださったことが嬉しいです」
フリージアは先程のようにグレイの傍へと歩み寄った。
グレイもまた、思わずといったように一歩下がる。
壁にグレイの背中があたり、それ以上下がれなくなると、フリージアは先程竜の姿にそうしたようにグレイにそっと抱きついた。
「竜の姿でも、人の姿でも、グレイ様にくっつくとあたたかいです」
こんなにグレイを傍に感じるのは初めてだった。
フリージアがぎゅっと抱きついているせいか、力をなくしたグレイの声が小さく反論を試みる。
「でも、やっぱり危ないよ。爪だってあるし」
「ではグレイ様の爪と牙を保護するものを作ってもらうのはどうでしょうか。なるべくグレイ様が苦しくないようなものを」
「そんなこと……できるのかな」
「できなかったらまた考えます」
フリージアには珍しく強くきっぱりと言って、それから「だって」とむくれたように続けた。
「このまま別の部屋で眠る日々が続くのは寂しいです」
グレイが手の甲で口元を隠すようにして、よろけるように一歩後ずさる。だがそこはもう壁だ。逃げられない
「いや……もう、ちょっと待って、少し、離れてくれないか。このままじゃ――」
「私は、グレイ様の温度を知れて嬉しいです」
グレイは天を仰ぐようにして、目元を手で覆った。
「ねえ、フリージア。僕はその言葉を真に受けてしまっていいのかな」
「はい。私は今、グレイ様を誘惑しております」
花のせいでもなんでもいい。
花はフリージアの背を押してくれただけ。
全て本心で、フリージアが伝えたかったことだ。
グレイの体温が心地いい。ずっとこうしていたい。
もっと近くに触れたい。
もっとグレイを知りたい。
フリージアがこんなにもグレイを好きなのだと知って欲しい。
「嘘みたいだ。こんなに幸せなことってあるのかな」
深いため息が耳元を通り過ぎていった。
「嘘じゃありませんし、今日はもうグレイ様を離しません」
今離れたら、またグレイが一人で悩んでしまいそうな気がしたから。
どれだけフリージアがグレイを好きで大切だと思っているのか、今日はとことんまで伝えるつもりだった。
でも、だって、と否定の言葉が返ってこなくなるまで。
体だけでなく、互いの心を守る方法が見つかるまで。
グレイがフリージアをそばにおいてもいいと思えるようになるまで。
だがフリージアの大胆過ぎる発言に、グレイはとうとう両手で顔を覆ってしまった。
「ねえ、フリージア。僕、こんなに幸せでいいのかな。最近毎日幸せだって思うけど、今日以上の幸せがあるなんてもう思えない」
「結婚式の日に、私もそう思いました。けれど、私はあの日よりも今はもっと幸せです。毎日、幸せが増えていきます」
顔から手をはなしたグレイが、小さく安堵するように笑ったのがわかった。
「それならよかった――。フリージアが、僕といて幸せを感じてくれるなら」
「はい。今は、こうしてグレイ様にくっついていられる今が、一番幸せです」
そう告げれば、グレイはずるずると壁にもたれるようにしてしゃがみこんでしまった。
「フリージア……。僕は君を傷つけない自信がますますなくなっていくよ」
立っているフリージアには、グレイの真っ赤な耳が見える。
同じようにしてしゃがみ、フリージアは再びグレイの瞳を覗き込んだ。
「私だってグレイ様を傷つけてしまうことがあるかもしれません。でも、一緒に乗り越えていきたいです。せっかく夫婦になれたのですから。やっとそばにいられるようになったのですから」
そう答えれば、小さな笑みが返った。
「うん……。正直を言えば、僕もフリージアがいるこの邸で、一人で眠るのはとても……寂しかった」
「はい。だからこれからは毎日一緒に寝てくださいね。竜でも、人の姿でも、どちらでも。お互いを傷つけないですむ形を一緒に探してください」
「……本当に? 本当に僕でいいの?」
グレイの手がフリージアの背中で迷いながら、息をつめるように問いかけた。
「私はグレイ様がいいのです。だめですか?」
「だめじゃ、ないです……。嬉しくて、涙が出そうです――」
フリージアの背中に、グレイの優しい腕がそっと触れた。
引き寄せられ、グレイの体にすっぽりと包まれると、体の底からじわりと幸福感が沸き上がる。
それは、フリージアがこれまでに知らない温度だった。
初めて知る気持ちだった。
そうしてその日、二人は本当の夫婦となった。
「それを気にしてらしたのですね。わかりました。それなら、私が甲冑を着れば問題がないのでは?」
「……え? え?」
あまりにあっさりと提案が返り、グレイは面食らったように目を丸くした。
「稚拙すぎましたでしょうか? でも何が問題かがわかりましたので、これからはどうしたらよいのか、一緒に考えさせてほしいのです」
「どうしたら、って……」
「私、ずっと女としての魅力がないせいでグレイ様に距離を置かれているのだと思っていたのです。でもそれを直接おうかがいするのはどうなのかと悩み、どうしたらよいのかわからずにいたのです」
グレイは驚き目を見開くと、猛然とまくしたてた。
「それは違う、真逆だよ! 僕はフリージアが好きすぎるんだ。だけど、まだ体が本調子じゃないかなと思ったし、ずっと我慢していたから、おさえがきかなくなりそうで、だって僕は傍で暮らすほどにフリージアをどんどん好きになっていくし、そんなんじゃあ竜の姿に変わる以前に危ないっていうか、そもそもいろいろ考えたけどやることだけやって別の部屋に行って一人で寝るとかそんなの嫌だし、……って、あああ、僕は何を! ごめん、もっとうまく言いたいのに、なんだか今日は慌てすぎて思ったままに口に出てしまう」
フリージアは狡い。
ごめんなさい、と心で懺悔しながらも、グレイの正直な気持ちが聞けて嬉しいと思ってしまう。
拒まれてはいなかった。
そのことに何よりもほっとしてしまった。
「それなら私も、頑張る方向性が見えます。グレイ様は、今日は竜の姿に変わってしまいそうだ、というようなことがなんとなくわかるのですか?」
「頑張る……? あ、うん……そうだね。母の事を思い出したり、自分の存在を疎ましく感じてしまったり……そういう時になんとなく、あ、今夜は来るかも、ってわかるよ」
「では、その時の対策を考えればよいのですね」
本当は、そんな気持ちにならないようフリージアがグレイを支えると言いたかった。
けれどまだ結婚して一か月も経ってもいないのに、軽々しく言っていいことではない。それはこれから少しずつ築いていくものだから。
そう考えたフリージアに、グレイはまったくついてこれていないように戸惑っていた。
「いや、その、そもそも、あの、え……? 僕は、竜で、だから」
「はい。ですから、グレイ様にはありのままでいていただきたいのです。そのためにできることがあればしたいのです。私が傷つけばグレイ様の心が傷つく。だからそうならないように」
「……で、甲冑?」
「はい」
「いや、それは寝苦しいよ」
「では、安全なお腹にくっつくようにして眠ります。そうすれば牙は当たりませんよね?」
いい思い付きだと思った。
しかしグレイの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、自分は今とんでもないことを言ってしまったのでは、と悟った。
先程からフリージアは、夜の間も一緒にいたいと言っているのと同じことなのだ。
しかし撤回する気はない。
それが紛れもないフリージアの本心だったから。
「竜の姿のグレイ様もかっこよかったです。それと、お腹はとてもやわらかくて気持ちよかったです。私は竜の姿のグレイ様も、今のグレイ様も、どちらも好きです。どちらも、グレイ様ですから」
グレイは詰まったように言葉を止め、さらに顔を赤く染めた。
「ありがとう――。また僕は大事なことを黙っていたくせに、嬉しいと思ってしまった。こんな僕でごめん」
「いいえ。心に傷を負っていたのに、それでも話してくださったことが嬉しいです」
フリージアは先程のようにグレイの傍へと歩み寄った。
グレイもまた、思わずといったように一歩下がる。
壁にグレイの背中があたり、それ以上下がれなくなると、フリージアは先程竜の姿にそうしたようにグレイにそっと抱きついた。
「竜の姿でも、人の姿でも、グレイ様にくっつくとあたたかいです」
こんなにグレイを傍に感じるのは初めてだった。
フリージアがぎゅっと抱きついているせいか、力をなくしたグレイの声が小さく反論を試みる。
「でも、やっぱり危ないよ。爪だってあるし」
「ではグレイ様の爪と牙を保護するものを作ってもらうのはどうでしょうか。なるべくグレイ様が苦しくないようなものを」
「そんなこと……できるのかな」
「できなかったらまた考えます」
フリージアには珍しく強くきっぱりと言って、それから「だって」とむくれたように続けた。
「このまま別の部屋で眠る日々が続くのは寂しいです」
グレイが手の甲で口元を隠すようにして、よろけるように一歩後ずさる。だがそこはもう壁だ。逃げられない
「いや……もう、ちょっと待って、少し、離れてくれないか。このままじゃ――」
「私は、グレイ様の温度を知れて嬉しいです」
グレイは天を仰ぐようにして、目元を手で覆った。
「ねえ、フリージア。僕はその言葉を真に受けてしまっていいのかな」
「はい。私は今、グレイ様を誘惑しております」
花のせいでもなんでもいい。
花はフリージアの背を押してくれただけ。
全て本心で、フリージアが伝えたかったことだ。
グレイの体温が心地いい。ずっとこうしていたい。
もっと近くに触れたい。
もっとグレイを知りたい。
フリージアがこんなにもグレイを好きなのだと知って欲しい。
「嘘みたいだ。こんなに幸せなことってあるのかな」
深いため息が耳元を通り過ぎていった。
「嘘じゃありませんし、今日はもうグレイ様を離しません」
今離れたら、またグレイが一人で悩んでしまいそうな気がしたから。
どれだけフリージアがグレイを好きで大切だと思っているのか、今日はとことんまで伝えるつもりだった。
でも、だって、と否定の言葉が返ってこなくなるまで。
体だけでなく、互いの心を守る方法が見つかるまで。
グレイがフリージアをそばにおいてもいいと思えるようになるまで。
だがフリージアの大胆過ぎる発言に、グレイはとうとう両手で顔を覆ってしまった。
「ねえ、フリージア。僕、こんなに幸せでいいのかな。最近毎日幸せだって思うけど、今日以上の幸せがあるなんてもう思えない」
「結婚式の日に、私もそう思いました。けれど、私はあの日よりも今はもっと幸せです。毎日、幸せが増えていきます」
顔から手をはなしたグレイが、小さく安堵するように笑ったのがわかった。
「それならよかった――。フリージアが、僕といて幸せを感じてくれるなら」
「はい。今は、こうしてグレイ様にくっついていられる今が、一番幸せです」
そう告げれば、グレイはずるずると壁にもたれるようにしてしゃがみこんでしまった。
「フリージア……。僕は君を傷つけない自信がますますなくなっていくよ」
立っているフリージアには、グレイの真っ赤な耳が見える。
同じようにしてしゃがみ、フリージアは再びグレイの瞳を覗き込んだ。
「私だってグレイ様を傷つけてしまうことがあるかもしれません。でも、一緒に乗り越えていきたいです。せっかく夫婦になれたのですから。やっとそばにいられるようになったのですから」
そう答えれば、小さな笑みが返った。
「うん……。正直を言えば、僕もフリージアがいるこの邸で、一人で眠るのはとても……寂しかった」
「はい。だからこれからは毎日一緒に寝てくださいね。竜でも、人の姿でも、どちらでも。お互いを傷つけないですむ形を一緒に探してください」
「……本当に? 本当に僕でいいの?」
グレイの手がフリージアの背中で迷いながら、息をつめるように問いかけた。
「私はグレイ様がいいのです。だめですか?」
「だめじゃ、ないです……。嬉しくて、涙が出そうです――」
フリージアの背中に、グレイの優しい腕がそっと触れた。
引き寄せられ、グレイの体にすっぽりと包まれると、体の底からじわりと幸福感が沸き上がる。
それは、フリージアがこれまでに知らない温度だった。
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そうしてその日、二人は本当の夫婦となった。
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