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第4章 来客
第4話
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「やあ、ジェームズおじさんだよ。今日もお邪魔させてもらおう」
ジェームズはリークハルト侯爵家に日参するようになった。
近くの町に宿をとっているらしい。
いつもはグレイが対応し、しばらくお茶に付き合ってから追い出すのだが、あいにくグレイは城に呼ばれて出かけていた。
「申し訳ありません。グレイ様が不在の間は通すなと言いつけられておりまして」
フリージアが眉を下げ丁寧にお詫びの言葉を告げると、執事のルダが、あくまでうやうやしく出口へ誘導した。
しかしジェームズはルダからひらりと身をかわすと、「そうか、それは不用心であるな」とつかつかと邸内に踏み入った。
「当主代理殿が帰宅するまではこの私がご婦人方を守ろう」
「あの、いえ」
「前からずっと、この邸をうかがっている者が外に潜んでおるな。あれはどこの手の者だ? なんぞ狙われるような理由でもあるのか」
「え――」
フリージアは何のことだろう、と眉を寄せ、それからはっとした。
「まさか、お義兄様……?」
カーティスが監視の人間をつけているのだろうか。
フリージアにはそれくらいしか心当たりがない。
カーティスはフリージアの力を悪用されることを恐れていたから、異変がないか監視をしているのか、それともまだフリージアを連れ戻すつもりなのか。
思わず自分の身をかき抱くようにしたフリージアに、ジェームズが紳士の笑みを浮かべる。
「間もなく日も暮れよう。当主代理殿もそろそろ帰宅されるのではないか? それまではこの世界の最強種族の混血である私がいる方が安心であろう?」
判断に迷い、思わずルダを見るが、訝しむように眉を寄せながらも決めかねているようだった。
「当主代理殿と同じかそれ以上の力と抑止力を持っているのは、今ここには私だけであろう?」
そう言われてしまえば、現に彼自身の侵入を許しているのであり、また人の世の貴族ではないのにそうとしか見えないその存在があるだけで、下手な手出しはされないだろうとも思える。
「お茶をして待っていればすぐのことだ」
グレイも日暮れ頃には帰ると言っていた。
そしてまた、ジェームズは確かに客でもあるのだ。
「わかりました。では、こちらへどうぞ」
「うむ。賢明な判断だな」
にこりと笑んで、ジェームズは手にしたステッキとシルクハットをルダに渡した。
フリージアが応接室へと案内し、お茶に付き合う間、ジェームズはこれまでに見聞きした他国の話を聞かせた。
フリージアは長いこと邸に閉じ込められていたから、他国どころかこの国の事すらよく知らない。
だからジェームズの話は興味深いことばかりだった。
気付けばフリージアは驚き、笑いながらジェームズの話に夢中になっていた。
「他国のことは本でしか知りませんでしたので、実際に見て来た方のお話をうかがうのはとても興味深いです」
「人は寿命が短いからな。己の身ですべてを見聞きすることができないからこそ、経験したもの、知り得たことを書物にして残し伝えていくという文化が発達したのだろう」
確かに何百年と生きる竜であれば、本など読まずとも長く生きる間に自然と様々なことを見て知るだろう。
だがジェームズの言葉に馬鹿にした色はなかった。
「永い時を持てあますことがないからこそ、常に力いっぱい、懸命に生きていくのだろうな。時に人の輝きは私には眩しく映る。そこに入りたいと思う。だがどうにも私は異質だ。人の姿をしていても、うまくその社会に溶け込むことができない。これでも数百年の間にだいぶ人との付き合い方も覚えた方なのだがな」
不器用な人なのかもしれない。
そしてとても孤独なのかもしれない。
「馴染んだ人間もいたことはある。だが人はすぐに死んでしまう。また会いに来る、と言って別れたきり、会えなかったことが何度もあった。私には人の時の流れは早すぎるのだ。だから子が欲しかった。番と死に別れても、子は残る。私ほどは長命でないとしても、ただの人よりは長く生きるだろう?」
「そうだったのですね……」
グレイ自身はもう人と寿命はそれほど変わらないはずだと言っていた。
だがジェームズのようにフリージアよりも長い時を生きることになったら、と考えると、とても他人事のようには聞いていられなかった。
沈んでしまったフリージアに気が付いたのか、ジェームズは話を切り上げるように「さて」とカップを置いた。
「そろそろ当主代理殿が帰宅される頃であろう。フリージアたちが怒られてしまわないよう、私はそろそろお暇するとしよう」
「たいしたおもてなしもできず、申し訳ありません」
気の利いたことも言えない。
何かをしてやることもできない。
フリージアは己のふがいなさに胸を暗くしながら、玄関へと歩いた。
ジェームズはルダからシルクハットとステッキを受け取ると「では」と紳士の笑みを浮かべ、玄関の外へと出た。
見送りに立ったフリージアは、何か言わねばと必死に言葉を探したが、何も言える言葉は見つからなかった。
そうして考えに心を奪われていたから。
にこりと笑みを浮かべたジェームズが一瞬で竜に姿を変え、鋭い爪で傷つけないよう器用にフリージアを掴むのは、あっという間のことだった。
「フリージア様!!」
誰かの声が聞こえた気がした。
しかしフリージアは既に高い空に舞い上がり、びゅうびゅうと風を受けていたから声を発することもできなかった。
ジェームズはリークハルト侯爵家に日参するようになった。
近くの町に宿をとっているらしい。
いつもはグレイが対応し、しばらくお茶に付き合ってから追い出すのだが、あいにくグレイは城に呼ばれて出かけていた。
「申し訳ありません。グレイ様が不在の間は通すなと言いつけられておりまして」
フリージアが眉を下げ丁寧にお詫びの言葉を告げると、執事のルダが、あくまでうやうやしく出口へ誘導した。
しかしジェームズはルダからひらりと身をかわすと、「そうか、それは不用心であるな」とつかつかと邸内に踏み入った。
「当主代理殿が帰宅するまではこの私がご婦人方を守ろう」
「あの、いえ」
「前からずっと、この邸をうかがっている者が外に潜んでおるな。あれはどこの手の者だ? なんぞ狙われるような理由でもあるのか」
「え――」
フリージアは何のことだろう、と眉を寄せ、それからはっとした。
「まさか、お義兄様……?」
カーティスが監視の人間をつけているのだろうか。
フリージアにはそれくらいしか心当たりがない。
カーティスはフリージアの力を悪用されることを恐れていたから、異変がないか監視をしているのか、それともまだフリージアを連れ戻すつもりなのか。
思わず自分の身をかき抱くようにしたフリージアに、ジェームズが紳士の笑みを浮かべる。
「間もなく日も暮れよう。当主代理殿もそろそろ帰宅されるのではないか? それまではこの世界の最強種族の混血である私がいる方が安心であろう?」
判断に迷い、思わずルダを見るが、訝しむように眉を寄せながらも決めかねているようだった。
「当主代理殿と同じかそれ以上の力と抑止力を持っているのは、今ここには私だけであろう?」
そう言われてしまえば、現に彼自身の侵入を許しているのであり、また人の世の貴族ではないのにそうとしか見えないその存在があるだけで、下手な手出しはされないだろうとも思える。
「お茶をして待っていればすぐのことだ」
グレイも日暮れ頃には帰ると言っていた。
そしてまた、ジェームズは確かに客でもあるのだ。
「わかりました。では、こちらへどうぞ」
「うむ。賢明な判断だな」
にこりと笑んで、ジェームズは手にしたステッキとシルクハットをルダに渡した。
フリージアが応接室へと案内し、お茶に付き合う間、ジェームズはこれまでに見聞きした他国の話を聞かせた。
フリージアは長いこと邸に閉じ込められていたから、他国どころかこの国の事すらよく知らない。
だからジェームズの話は興味深いことばかりだった。
気付けばフリージアは驚き、笑いながらジェームズの話に夢中になっていた。
「他国のことは本でしか知りませんでしたので、実際に見て来た方のお話をうかがうのはとても興味深いです」
「人は寿命が短いからな。己の身ですべてを見聞きすることができないからこそ、経験したもの、知り得たことを書物にして残し伝えていくという文化が発達したのだろう」
確かに何百年と生きる竜であれば、本など読まずとも長く生きる間に自然と様々なことを見て知るだろう。
だがジェームズの言葉に馬鹿にした色はなかった。
「永い時を持てあますことがないからこそ、常に力いっぱい、懸命に生きていくのだろうな。時に人の輝きは私には眩しく映る。そこに入りたいと思う。だがどうにも私は異質だ。人の姿をしていても、うまくその社会に溶け込むことができない。これでも数百年の間にだいぶ人との付き合い方も覚えた方なのだがな」
不器用な人なのかもしれない。
そしてとても孤独なのかもしれない。
「馴染んだ人間もいたことはある。だが人はすぐに死んでしまう。また会いに来る、と言って別れたきり、会えなかったことが何度もあった。私には人の時の流れは早すぎるのだ。だから子が欲しかった。番と死に別れても、子は残る。私ほどは長命でないとしても、ただの人よりは長く生きるだろう?」
「そうだったのですね……」
グレイ自身はもう人と寿命はそれほど変わらないはずだと言っていた。
だがジェームズのようにフリージアよりも長い時を生きることになったら、と考えると、とても他人事のようには聞いていられなかった。
沈んでしまったフリージアに気が付いたのか、ジェームズは話を切り上げるように「さて」とカップを置いた。
「そろそろ当主代理殿が帰宅される頃であろう。フリージアたちが怒られてしまわないよう、私はそろそろお暇するとしよう」
「たいしたおもてなしもできず、申し訳ありません」
気の利いたことも言えない。
何かをしてやることもできない。
フリージアは己のふがいなさに胸を暗くしながら、玄関へと歩いた。
ジェームズはルダからシルクハットとステッキを受け取ると「では」と紳士の笑みを浮かべ、玄関の外へと出た。
見送りに立ったフリージアは、何か言わねばと必死に言葉を探したが、何も言える言葉は見つからなかった。
そうして考えに心を奪われていたから。
にこりと笑みを浮かべたジェームズが一瞬で竜に姿を変え、鋭い爪で傷つけないよう器用にフリージアを掴むのは、あっという間のことだった。
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