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第5章 フリージア=リークハルトの道先
第2話
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なぜカーティスは自らを悪い方へと追い込むようなことばかりするのか。
全てを他人事として見ているリディには理解できなかった。
結婚式のあの日、リディはどさくさに紛れて家に帰ることも考えたが、呆然と我を失うカーティスを放ってはおけずにアシェント伯爵家に残った。
その後は人形のように過ごすカーティスに食事をとれ、少しは日の光を浴びろと追い立て、やっと人間らしい生活を送れるまでに戻って来た。
そう思ったのに。
呆然自失とするその裏では、きっちりとリークハルト侯爵家に監視を送っていたのだ。
数日前、監視からの報告を受けるとカーティスは突然目に光を取り戻し、何やら忙しく動き始めた。
まるでいきいきと、力を取り戻したかのように。
そしてその結果が、これだ。
今リディは、リークハルト侯爵家の前にいた。
門は数十人の騎士団を引き連れたカーティスが強引に突破した。
後ろには何事かと騒ぎを聞きつけた町の人々までぞろぞろとついてきている。
かくいうリディも、何が起きるのかわからないまでも不穏な空気を嗅ぎつけ、こんなところまでやってきてしまった。
フリージアとは縁も浅くはない。立場上敵対したような時期もあったが、憎いわけではないし、嫌いでもない。
それどころか、ずっと傍でその苦悩を見続けてきたのだから、情のようなものがある。
そのフリージアに関わることだということだけははっきりとわかったから、カーティスを止めることはかなわなくとも、放っておくことはできなかった。
「魔物が潜んでいると報せを受けたのはここ、リークハルト侯爵邸だ。一匹や二匹ではない。油断なさらぬよう」
カーティスが騎士たちにそう声をかけるや、その後ろの町民たちにざわめきが広がった。
「え? 魔物って絶滅したんじゃ」
「この邸の人たち、みんな魔物に襲われてしまったってこと?」
その声が聞こえたのか、カーティスがくるりと向き直り、声を張り上げた。
「そうではない。リークハルト侯爵子息グレイを始めとして、使用人たちも皆、その正体は魔物だったのだ」
ざわめきが一層激しくなる。
「何を言ってるんだ? ここの人たちは町で会っても、みんな感じのいい人たちばかりじゃないか」
「いつも野菜を納品させてもらってるけど、そんな姿は見たこともないぞ」
リディの戸惑いも町民たちと同じだ。
カーティスが何を言っているのか、何をしようとしているのかまったくわからない。
だがカーティスはそんな声にはかまわず、邸に向き直った。
「グレイ=リークハルト、出て来い! 隠れても無駄だ」
言い終えるのを待たずに、扉が開け放たれた。
そこにいたのはグレイとフリージアだけではない。
邸の使用人たちが揃って姿を現していた。
「随分と往生際のいいことだな。さすがに諦めたか」
満足そうにカーティスは、ふん、と鼻で笑う。
その歪んだ顔のあまりの醜さに、リディは思わず顔を顰めた。
「騎士団の方々、町のみんな、騒がせて申し訳ない。我々は争いを望まない」
対して、グレイの声は冷静だった。
朗々と、と表現していいほど落ち着いた声が敷地中に響き渡る。
「争いを望まないだと? フリージアをさらっておきながらよく言えたものだ」
「お義兄様。何度でも言います、私は自ら望み、グレイ様の妻となったのです。何よりも、グレイ様も邸の人たちも、誰かを傷つけたりなどしません。どんな力を持っていても、どんな姿に変わろうとも」
「まだ魔物の本性を現していないだけだろう。それにお前は魔物を意のままに操ることができるから危険だと感じていないだけだ。隙を見せればいつ牙を剥かれるかもわからないというのに」
カーティスとフリージアのやり取りに、騎士団と町民たちのざわつきが大きくなる。
まるでフリージアが聖なる乙女であるかのような口ぶりだった。
そう考えてから、リディははっとした。
カーティスはフリージアを嫁にやれない理由を病気だからだと言っていたが、本当の理由がそこにあったとしたら、様々なことが納得いくような気がする。
だがリディはすぐに首を振った。
魔物だとか、聖なる乙女だとか、いきなり荒唐無稽すぎる。とてもそれが真実だとは思えない。
黙って成り行きを見守るリディの前で、二人のやり取りは続いた。
「我々が誰かに操られることなどない。対話を望み、こうしてここに揃って姿を現したのも、みんなそれぞれの意思だ」
「対話だと? 魔物風情にそんなものは必要ではない。問答無用で討伐する。それだけだ」
「カーティス卿、騎士団の方々はあなたの知らせを受け、王命により派遣されたのであって、あなたの指示に従って手を下すわけではない。それは彼らと王を愚弄する発言だ。騎士団は無意味な殺生をする殺戮集団ではない」
グレイが冷静にそう返せば、騎士団の先頭に立った騎士団長らしき男が一歩進み出た。
「その通りです。報せが真実であるか否か、さらには討伐する必要があるかどうかを見極めよと王より拝命しております。我々は、ただの人間にしか見えない無抵抗な相手に向かって理由なく刃を振り下ろすような愚かな真似はしない」
カーティスが舌打ちを堪えるように顔を歪めた。
「だが彼らが魔物であることは確かだ。詭弁を並べ立てて煙に巻き、正体を隠すならばいかようにしてもその姿を引きずり出してやるまで」
不穏なカーティスの言葉にも、グレイは臆することもなく、はっきりと告げた。
「ここに来て姿を隠すつもりも偽るつもりもない。我々は魔物と人間との混血だ」
全てを他人事として見ているリディには理解できなかった。
結婚式のあの日、リディはどさくさに紛れて家に帰ることも考えたが、呆然と我を失うカーティスを放ってはおけずにアシェント伯爵家に残った。
その後は人形のように過ごすカーティスに食事をとれ、少しは日の光を浴びろと追い立て、やっと人間らしい生活を送れるまでに戻って来た。
そう思ったのに。
呆然自失とするその裏では、きっちりとリークハルト侯爵家に監視を送っていたのだ。
数日前、監視からの報告を受けるとカーティスは突然目に光を取り戻し、何やら忙しく動き始めた。
まるでいきいきと、力を取り戻したかのように。
そしてその結果が、これだ。
今リディは、リークハルト侯爵家の前にいた。
門は数十人の騎士団を引き連れたカーティスが強引に突破した。
後ろには何事かと騒ぎを聞きつけた町の人々までぞろぞろとついてきている。
かくいうリディも、何が起きるのかわからないまでも不穏な空気を嗅ぎつけ、こんなところまでやってきてしまった。
フリージアとは縁も浅くはない。立場上敵対したような時期もあったが、憎いわけではないし、嫌いでもない。
それどころか、ずっと傍でその苦悩を見続けてきたのだから、情のようなものがある。
そのフリージアに関わることだということだけははっきりとわかったから、カーティスを止めることはかなわなくとも、放っておくことはできなかった。
「魔物が潜んでいると報せを受けたのはここ、リークハルト侯爵邸だ。一匹や二匹ではない。油断なさらぬよう」
カーティスが騎士たちにそう声をかけるや、その後ろの町民たちにざわめきが広がった。
「え? 魔物って絶滅したんじゃ」
「この邸の人たち、みんな魔物に襲われてしまったってこと?」
その声が聞こえたのか、カーティスがくるりと向き直り、声を張り上げた。
「そうではない。リークハルト侯爵子息グレイを始めとして、使用人たちも皆、その正体は魔物だったのだ」
ざわめきが一層激しくなる。
「何を言ってるんだ? ここの人たちは町で会っても、みんな感じのいい人たちばかりじゃないか」
「いつも野菜を納品させてもらってるけど、そんな姿は見たこともないぞ」
リディの戸惑いも町民たちと同じだ。
カーティスが何を言っているのか、何をしようとしているのかまったくわからない。
だがカーティスはそんな声にはかまわず、邸に向き直った。
「グレイ=リークハルト、出て来い! 隠れても無駄だ」
言い終えるのを待たずに、扉が開け放たれた。
そこにいたのはグレイとフリージアだけではない。
邸の使用人たちが揃って姿を現していた。
「随分と往生際のいいことだな。さすがに諦めたか」
満足そうにカーティスは、ふん、と鼻で笑う。
その歪んだ顔のあまりの醜さに、リディは思わず顔を顰めた。
「騎士団の方々、町のみんな、騒がせて申し訳ない。我々は争いを望まない」
対して、グレイの声は冷静だった。
朗々と、と表現していいほど落ち着いた声が敷地中に響き渡る。
「争いを望まないだと? フリージアをさらっておきながらよく言えたものだ」
「お義兄様。何度でも言います、私は自ら望み、グレイ様の妻となったのです。何よりも、グレイ様も邸の人たちも、誰かを傷つけたりなどしません。どんな力を持っていても、どんな姿に変わろうとも」
「まだ魔物の本性を現していないだけだろう。それにお前は魔物を意のままに操ることができるから危険だと感じていないだけだ。隙を見せればいつ牙を剥かれるかもわからないというのに」
カーティスとフリージアのやり取りに、騎士団と町民たちのざわつきが大きくなる。
まるでフリージアが聖なる乙女であるかのような口ぶりだった。
そう考えてから、リディははっとした。
カーティスはフリージアを嫁にやれない理由を病気だからだと言っていたが、本当の理由がそこにあったとしたら、様々なことが納得いくような気がする。
だがリディはすぐに首を振った。
魔物だとか、聖なる乙女だとか、いきなり荒唐無稽すぎる。とてもそれが真実だとは思えない。
黙って成り行きを見守るリディの前で、二人のやり取りは続いた。
「我々が誰かに操られることなどない。対話を望み、こうしてここに揃って姿を現したのも、みんなそれぞれの意思だ」
「対話だと? 魔物風情にそんなものは必要ではない。問答無用で討伐する。それだけだ」
「カーティス卿、騎士団の方々はあなたの知らせを受け、王命により派遣されたのであって、あなたの指示に従って手を下すわけではない。それは彼らと王を愚弄する発言だ。騎士団は無意味な殺生をする殺戮集団ではない」
グレイが冷静にそう返せば、騎士団の先頭に立った騎士団長らしき男が一歩進み出た。
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「だが彼らが魔物であることは確かだ。詭弁を並べ立てて煙に巻き、正体を隠すならばいかようにしてもその姿を引きずり出してやるまで」
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