伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした

佐崎咲

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第5章 フリージア=リークハルトの道先

第6話

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「なあ、考え直せ。家族だっていきなり他国へ行くよりも、このまま暮らせた方がいいに決まってるだろ? この町の人間たちにしたって、いきなり店がなくなったりするんだぞ。暮らしが立ちいかなくなるだろ」

 必死に説得を試みる言葉にも、混血の人々は浮かない顔のままだった。

「たとえ騎士団の仲間が受け入れてくれたとしても、他の人たちはそうじゃない。さっきお前たちがグレイ様たちに向けた言葉が答えだ。一生それをこの国で浴びながら生きていく気は、俺にはない」

 その言葉に、誰もがしんとなった。
 恐れから出た咄嗟に出た言葉。それは、これから魔物との混血という存在を知る者がまた同じように浴びせるものだ。

「そうだな。偏見や恐れというのは人間が持つ感情の中でももっとも厄介で根深いものだ。それを一新するのは容易なことではない。だが、彼らがいなくなることがこの国にとって損失であることは確かだ。国をあげて共存を推し進めていく必要があるだろう」

 騎士団長が言えば、騎士たちは戸惑いながらも否定の声はあがらなかった。
 国にとってどれだけ重大なことかわかったからだろう。
 だが町人たちはそうはいかなかった。

「お、おい、待てよ。だけど魔物は魔物だぞ? いつ牙をむくかもわかんねえのに、共存ったって……」

「彼らは良き隣人たちだったはずだ。良き同僚だったはずだ。人と変わらず、共に暮らしていたはずだ。違うか? この中にも、自分がそうだとは知らないだけでその血が混じっている者もいるかもしれない。自分がそうだったとしたら、どうする? 知った途端に突然隣人に牙を剥くのか?」

 そう問いかけられれば、多くの者がはっとしたり、気まずげな顔になった。
 その中でもずっと周りの顔を窺っていた男が、おずおずと話し出した。

「すまない……。実は俺も、黙っていたが魔物の血が混じっている。爺さんが亡くなる時に姿が変わってな。俺も父親も姿が変わったりしたことはなかったから、その時初めて知ったんだ。だから、知らないだけの奴も結構いるんじゃないかって思う」

 それは、魔物との混血を糾弾していた者たちにとっては衝撃的な告白だった。
 誰もが言葉を失う中、竜の姿のグレイが、静かに、だが熱のこもった声で語り掛けた。

「他国との混血、瞳や髪の色が違う者との混血、この世には様々な混血が存在する。ただそのうちの一つなのだと、思ってはもらえないだろうか。もう一度、我々を受け入れてもらえたなら嬉しく思う。この国が、この国の人たちが好きだから」

 グレイの言葉に、町の人たちが顔を上げた。
 戸惑う顔から、徐々に力が抜けていく。
 竜の姿ではあっても、いつもと変わらぬ優しい彼であるとわかったのだろう。
 騎士団長が町の人々に体を向けた。

「違いがあるということは、補い合えるということだ。それぞれに得意なことがあるはずなのだから。それはこの国の発展にも寄与してきたはずだ。だから私は魔物の混血であろうが何の混血であろうが、受け入れたいと思う。それが真にこの国のためだと考えるからだ」

 もう誰も、反対の声をあげるものはいなかった。

   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・

 町の人々も騎士団も、リークハルト侯爵家から引きあげて行った。
 その後ろ姿を見守れば、混血と、そうではない者たちとの間には、今はまだ距離があった。

 だが騎士団長は約束してくれた。
 城へと帰り、今日あったことをありのままに報告すると。
 魔物との混血の存在を隠すのではなく、共存していけるように。

「どうなることかと思ったけれど、よかった」

 ほっとしたように、優しい目でそう呟いたのはグレイ。

「グレイ様。もしかして、こうなることがわかっていたのですか?」

 問いかければ、竜の大きな口が少しだけ笑ったように見えた。

 国王と連絡を取り合っていたこと。
 最も混血の者が多く所属する第二騎士団を派兵してもらうようにしていたこと。
 そして、騎士団長がすべて知っていたことを、グレイはフリージアに話した。

「もしも受け入れられなければ、他国へ行くしかないとは思っていた。けれど、それじゃ残された混血の人たちにとってはもっと生きにくくなるだけだ。全ての人を連れていくこともできない。だから、みんながありのままに暮らしていけるようになればと思ったんだ」

 これまで話してくれなかったのは、もしフリージアの心の声が混血の人たちに聞こえてしまえば、話が混乱してしまうからだったのだろう。

 他の混血の人たちにとっても、もう隠れて暮らしていくのは限界だったことはフリージアにもわかった。
 だから、もう隠さなくて済むように、ありのままに暮らしていけるようにとはかったのだろう。
 だがたとえそうはかっていたとしても、実際にそのような流れが生まれたのは、ひとえにリークハルト侯爵家の人たちの人柄によるものだ。

「これからこの国は変わっていくと思う。まだどうなるかはわからない。受け入れられない人たちだっていると思う。魔物の混血が住んでいると知れ渡ったこの邸が危険な目に遭うことがあるかもしれない」

 そう話し出したグレイの迷うような瞳に、フリージアは笑みを返し、そっとその大きな顎に手を伸ばした。
 そして頬を寄せるようにして、告げた。

「はい。私も精一杯力を尽くします。たとえこの地にいられなくなったとしても、どこまででもついていきます」

 グルルル……という竜の低いうなり声は、戸惑うようで、そして柔らかかった。

「ありがとう」

「私たちもみんな、同じ気持ちですよ」

 ジュナが言えば、竜の背から降りた使用人たちはみな微笑んでフリージアとグレイを囲んだ。



 そんな中、少し離れた場所にいたカーティスはくるりと背を向けた。
 それを見守っていたリディも、後を追いかける。

「ちょっと。ちょっと、待ちなさいよ」

「うるさい」

「あんた、このままフリージアに何も言わないつもり?」

「何をだ」

「いっぱいあるでしょうが! ごめんとか、ごめんなさいとか、すまなかったとか」

 カーティスは時間を無駄にしたとでも言いたげに足を速めた。

「……本当に、あんたは人の話を聞かないわね。だから大切な人にも何も届かないのよ」

 ぽつりと言ったリディの言葉に、カーティスがかっとなったように吐き捨てた。

「うるさい! わかったようなことを言うな、このまがい物が!」

 その言葉に、リディは足を止めた。

「まがい物、ね。私は誰かの偽物でもなければ誰かの代わりでもない。私は最初から最後まで、ずっと私よ」

 カーティスにその言葉が届いていたのかどうか。
 彼はそのまま足を止めずに去ってしまったからわからない。
 だがリディがそれ以上後を追うことはなかった。
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