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第5章 フリージア=リークハルトの道先
第7話
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まったくもって馬鹿ばかりだ。
誰も言うことを聞きやしない。
後で痛い目を見ればいい。
魔物との共存なんてできるわけがないのだ。
彼らが大人しく帰ったのはたまたまだ。
この国の人たちが同じように受け入れるわけではないだろう。
国中に魔物の混血が住んでいるとわかれば、大混乱が巻き起こるに違いない。
カーティスはそうほくそ笑んだのだが、そのような事態はついぞ起こらなかった。
魔物の混血のほとんどがリークハルト侯爵家を中心とした地域に住んでいて、国中に散らばっていたわけではなかったというのが理由の一つだ。
そんな話が聞こえてきて驚きや動揺はあっても、それを目の当たりにしていない人にとっては遠くの他人事のように思えるのか、大きな騒ぎにはならなかった。
王宮では、これまでにも多くの者が騎士団として所属し、既に何百年も国に尽くしているという実績があったことが大きく、公に受け入れられた。
魔物や混血と当たり前のように共存している国が多いということも、王宮の人々は知っているからだ。
また、混血は普通の人よりも力が強かったり、特殊な力を持っている者が多いことも戦力として受け入れられた大きな要素であった。
他国と戦になった時に自分の国にも同じような戦力があるということは安心にもつながり、また対等な力を有しているということは他国への抑止力にもなる。
他国の事情をよく知る王宮の人たちにとっては抵抗が薄かったことと、そういった理性的な戦略と打算が働いて、一般の人々よりも混乱は大きくなかった。
財力を持つ彼らは、何かあれば自分たちだけは何とかなると傲慢な考え方をする生き物でもあったから。
なんなら、混血を護衛として雇おうとする者までいた。
強かに貴族社会を生き抜いてきた者たちは、脅威として追い出すよりも、少数である利を競って利用しようと考えたのだ。
そう言う意味では、まだ人間と混血が対等ではなく、同じ存在と言えるわけではない。
だがいずれこの国なりの共存の仕方が定まっていくことだろう。
今はまだ、始まったばかりだ。
そんなこととは知らないカーティスは、一人乗り込んだ馬車でイライラと思いをめぐらせていた。
何故こうなったのか。
フリージアのためにしてきたはずだった。
どこから何を間違えたのか。
いや。本当はわかっていた。
ずっとずっと道を間違え続けていたことは。
優しく、柔らかく笑み、共にお茶をしているだけで気持ちがほぐれるようなフリージア。
妹になったのだから、これからは兄として守ってやらなくては。
そう思っていたのに、いつの間にか兄であることが耐えられなくなっていった。
兄として会いたくはなかった。
もっと違う形で出会いたかった。
そう思ってしまった。
そんな時にフリージアの婚約が決まった。
始まることもなく強制的に水をかけられ、中途半端に燃えた炎がカーティスの中でくすぶり続けた。
それは時間が経っても燃え尽きてくれることはなく、むしろグレイという婚約者の存在にフリージアが惹かれていくのを目の当たりにするほどに燃え盛っていった。
それでも、カーティスとて以前と変わらぬように接する努力をした。
それが変わったのは、フリージアの力を知った時だった。
これを理由にフリージアをそばに留め置くことができる。真っ先にそんなことを考えてしまって、それからはそのことしか考えられなくなった。
カーティスがどんなに優しくても、結婚することが義務である貴族のフリージアがこの邸に留まることはない。
だったら、もうどう思われようと構わなかった。
どんな手を使ってでも手放したくなかった。
だが当然フリージアは笑わなくなり、共にお茶をすることもなくなり、カーティスは思うようにならない己の心と現状に苛々としたものを募らせていった。
結局フリージアはグレイのものとなってしまった。
そうして目の前からフリージアが消えたことで、やっと炎も燃え尽きていくところだったのに、竜によってフリージアが連れ去られたと聞いて、再び燃え上がってしまった。
だがそれは最初の炎とは違う。黒い煙を上げながら揺らめく暗い炎だった。
やはりあんな男には任せておけない。しかもその正体は竜だという。
カーティスがフリージアを守らなければ。
取り返さなくては。
久しぶりに体中に力がみなぎり、連れ戻しに向かったのに。
フリージアはカーティスに怯えるように身を引いた。
それどころか、安心しきったようにグレイに身を預けたのだ。
そばにいて触れることもできたフリージアは、もう手が届かなくなってしまったのだと痛感させられた。
そして群衆に囲まれてもなお、竜に姿を変えた男に、フリージアは愛しそうに寄り添ったのだ。
その背に飛び乗ってどこか遠く、決して手の届かない場所に行ってしまう。
そう思ったときに、カーティスの中で諦めにも似たものが湧いたことは確かだった。
それでもそれを認めることができなかった。
長年抱えたものを失い、空虚になっていくことに耐えられなかった。
だが今こんなにも虚ろなのは、それだけではない気がした。
そうだ。あのうるさいリディがいないからだ。
フリージアに似ていることにしか価値はなく、それももう役にも立たないのに、ただうるさくそばで喚いていた女。
それが後を追いかけてこなくなったから、こんなにも静かなのだ。
そもそもリディにしたってもう用はないはずなのに、何故いまだにアシェント伯爵家に残っていたのかわからない。
失せよと言う気力もなく放置していたが、侍女のアニーと同じように、リディもリークハルト侯爵家に残ることにしたのだろう。
だったらこれからはうるさいことを言われなくて済むのだからすっきりとする。
きちんと毎日同じ時間に起きろだとか、しっかりご飯を食べろだとか、とにかく煩わしいばかりだった。
そのはずだったのだが、いきなりうるさかったものがいなくなると、ひどく空っぽに思えた。
来るときとは違って喋る者のいない馬車の中は、何故かひんやりと冷たくて。
たった一人いなくなっただけなのに、なぜこんなにも寒々しく感じるのだろう。
中身はフリージアとは似ても似つかない、ただ顔が似ているだけの女。
それだけだったはずなのに。
フリージアをグレイに連れ去られたあの日よりも乾き切っているのは何故だろう。
そわそわと落ち着かなくなるのは何故なのか。
思わず伸ばした手は、何も掴むことなく、ぱたりと己の膝に落ちた。
「まったく。何してんのよ。本当バカね」
そんな風に悪態をつく声は、もう聞こえなかった。
頬を叩かれた痛みだけが、かすかに頬に残っていた。
誰も言うことを聞きやしない。
後で痛い目を見ればいい。
魔物との共存なんてできるわけがないのだ。
彼らが大人しく帰ったのはたまたまだ。
この国の人たちが同じように受け入れるわけではないだろう。
国中に魔物の混血が住んでいるとわかれば、大混乱が巻き起こるに違いない。
カーティスはそうほくそ笑んだのだが、そのような事態はついぞ起こらなかった。
魔物の混血のほとんどがリークハルト侯爵家を中心とした地域に住んでいて、国中に散らばっていたわけではなかったというのが理由の一つだ。
そんな話が聞こえてきて驚きや動揺はあっても、それを目の当たりにしていない人にとっては遠くの他人事のように思えるのか、大きな騒ぎにはならなかった。
王宮では、これまでにも多くの者が騎士団として所属し、既に何百年も国に尽くしているという実績があったことが大きく、公に受け入れられた。
魔物や混血と当たり前のように共存している国が多いということも、王宮の人々は知っているからだ。
また、混血は普通の人よりも力が強かったり、特殊な力を持っている者が多いことも戦力として受け入れられた大きな要素であった。
他国と戦になった時に自分の国にも同じような戦力があるということは安心にもつながり、また対等な力を有しているということは他国への抑止力にもなる。
他国の事情をよく知る王宮の人たちにとっては抵抗が薄かったことと、そういった理性的な戦略と打算が働いて、一般の人々よりも混乱は大きくなかった。
財力を持つ彼らは、何かあれば自分たちだけは何とかなると傲慢な考え方をする生き物でもあったから。
なんなら、混血を護衛として雇おうとする者までいた。
強かに貴族社会を生き抜いてきた者たちは、脅威として追い出すよりも、少数である利を競って利用しようと考えたのだ。
そう言う意味では、まだ人間と混血が対等ではなく、同じ存在と言えるわけではない。
だがいずれこの国なりの共存の仕方が定まっていくことだろう。
今はまだ、始まったばかりだ。
そんなこととは知らないカーティスは、一人乗り込んだ馬車でイライラと思いをめぐらせていた。
何故こうなったのか。
フリージアのためにしてきたはずだった。
どこから何を間違えたのか。
いや。本当はわかっていた。
ずっとずっと道を間違え続けていたことは。
優しく、柔らかく笑み、共にお茶をしているだけで気持ちがほぐれるようなフリージア。
妹になったのだから、これからは兄として守ってやらなくては。
そう思っていたのに、いつの間にか兄であることが耐えられなくなっていった。
兄として会いたくはなかった。
もっと違う形で出会いたかった。
そう思ってしまった。
そんな時にフリージアの婚約が決まった。
始まることもなく強制的に水をかけられ、中途半端に燃えた炎がカーティスの中でくすぶり続けた。
それは時間が経っても燃え尽きてくれることはなく、むしろグレイという婚約者の存在にフリージアが惹かれていくのを目の当たりにするほどに燃え盛っていった。
それでも、カーティスとて以前と変わらぬように接する努力をした。
それが変わったのは、フリージアの力を知った時だった。
これを理由にフリージアをそばに留め置くことができる。真っ先にそんなことを考えてしまって、それからはそのことしか考えられなくなった。
カーティスがどんなに優しくても、結婚することが義務である貴族のフリージアがこの邸に留まることはない。
だったら、もうどう思われようと構わなかった。
どんな手を使ってでも手放したくなかった。
だが当然フリージアは笑わなくなり、共にお茶をすることもなくなり、カーティスは思うようにならない己の心と現状に苛々としたものを募らせていった。
結局フリージアはグレイのものとなってしまった。
そうして目の前からフリージアが消えたことで、やっと炎も燃え尽きていくところだったのに、竜によってフリージアが連れ去られたと聞いて、再び燃え上がってしまった。
だがそれは最初の炎とは違う。黒い煙を上げながら揺らめく暗い炎だった。
やはりあんな男には任せておけない。しかもその正体は竜だという。
カーティスがフリージアを守らなければ。
取り返さなくては。
久しぶりに体中に力がみなぎり、連れ戻しに向かったのに。
フリージアはカーティスに怯えるように身を引いた。
それどころか、安心しきったようにグレイに身を預けたのだ。
そばにいて触れることもできたフリージアは、もう手が届かなくなってしまったのだと痛感させられた。
そして群衆に囲まれてもなお、竜に姿を変えた男に、フリージアは愛しそうに寄り添ったのだ。
その背に飛び乗ってどこか遠く、決して手の届かない場所に行ってしまう。
そう思ったときに、カーティスの中で諦めにも似たものが湧いたことは確かだった。
それでもそれを認めることができなかった。
長年抱えたものを失い、空虚になっていくことに耐えられなかった。
だが今こんなにも虚ろなのは、それだけではない気がした。
そうだ。あのうるさいリディがいないからだ。
フリージアに似ていることにしか価値はなく、それももう役にも立たないのに、ただうるさくそばで喚いていた女。
それが後を追いかけてこなくなったから、こんなにも静かなのだ。
そもそもリディにしたってもう用はないはずなのに、何故いまだにアシェント伯爵家に残っていたのかわからない。
失せよと言う気力もなく放置していたが、侍女のアニーと同じように、リディもリークハルト侯爵家に残ることにしたのだろう。
だったらこれからはうるさいことを言われなくて済むのだからすっきりとする。
きちんと毎日同じ時間に起きろだとか、しっかりご飯を食べろだとか、とにかく煩わしいばかりだった。
そのはずだったのだが、いきなりうるさかったものがいなくなると、ひどく空っぽに思えた。
来るときとは違って喋る者のいない馬車の中は、何故かひんやりと冷たくて。
たった一人いなくなっただけなのに、なぜこんなにも寒々しく感じるのだろう。
中身はフリージアとは似ても似つかない、ただ顔が似ているだけの女。
それだけだったはずなのに。
フリージアをグレイに連れ去られたあの日よりも乾き切っているのは何故だろう。
そわそわと落ち着かなくなるのは何故なのか。
思わず伸ばした手は、何も掴むことなく、ぱたりと己の膝に落ちた。
「まったく。何してんのよ。本当バカね」
そんな風に悪態をつく声は、もう聞こえなかった。
頬を叩かれた痛みだけが、かすかに頬に残っていた。
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