ハッピーエンドを迎えたら、溺愛王子から逃げたくなりました。

専業プウタ

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12.過去の痛み

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三歳になったある朝、母は父の隣で目覚めなかった。

私の母は突然死だった。

ベッドに眠ったように息を引き取った母の横で静かに涙を流す父。
そんな父の気持ちを理解しようとせず、私は母が目覚めない不安を我を忘れたように父にぶつけた。

あの時、突然、妻を失った父の気持ちに少しでも心を寄せていたら、父が私を遠ざけることもなかった気がする。私と父は母の喪失を時に悲しみながらも、親子で助け合いながら暮らせたかもしれない。何度、後悔してもあの時には戻れないし、亡くなった母を死の運命から救うこともできない。

過去は変えられない、後悔はずっと続く。
他者を意図せず傷つけてしまっても、取り返せない時がある。

それでも、生きている私たちは前を向くしかない。ジスランの瞼から手を離すと、彼はパチリと目を開ける。琥珀色の美しい彼の瞳には私しか映っていない。

「ジスラン、今は寝てください。体が持ちませんよ」

注意をしたのにジスランはどこか嬉しそうで、甘えたような表情をしている。

「フェリシアが本当は僕の事好きで仕方なくて、抱いて欲しいって抱きついて来る夢を見てもいいなら寝てもいいぞ」

「どうぞ、どんな夢を見るのも自由ですよ。おやすみなさい、ジスラン」

私の言葉を聞いて楽しそうにしながら目を瞑る彼が愛おしい。

その時、天幕越しに最近私をよく手伝ってくれる男の声がする。

「フェリシア様、ルイス・ビュケです。今宜しいですか?」

皆が歩くのもやっとなくらい疲労困憊する中、ルイス・ビュケは日々の食料集めを熱心にしてくれた。

「どうぞ」

天幕を捲ったルイス・ビュケが、ジスランを見るなり緊張した表情になる。

「ジスラン・ドートリッシュ王子殿下にルイス・ビュケがお目に⋯⋯」
公式な挨拶をしようとしたルイス・ビュケをジスランが手で制す。

「僕に挨拶はいらん。そもそも、お前は王子妃であるフェリシアに対して馴れ馴れしいぞ。まず、しっかりと挨拶をしろ」

「ジスラン、私が挨拶は省略して仲間のように接して欲しいと言ったのです」

ルイス・ビュケは私たちの遣り取りを見てお辞儀をすると、遠慮がちに白い布に包んだオレンジ色のキノコを見せてきた。

「なんだこの悪臭は!?」

ジスランが鼻を抑えながら、不快そうな声をあげる。
オレンジ色のキノコから漂う匂いに私は目眩を覚えた。

「色も派手で、匂いも強い初めて見るキノコです。もしかして貴重な珍味だったらしますか? フェリシア様?」

ジスランとルイス・ビュケが私の異変に気がつく。身体が熱くて、この熱をどうして良いか分からない不思議な感覚が私を襲う。

「⋯⋯ママルオワヒネ、女性だけに効く媚薬キノコです⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯」
クラクラして目が滑る。私の太ももを枕にし、心配そうに見つめてくる男に縋りたい。

「し、失礼致しました」
ルイス・ビュケの焦った声がなぜか遠く聞こえる。

「大丈夫です。ビュケ卿⋯⋯毎食、貴方が色々な食材を調達してくれたお陰で充実してました。感謝しま⋯⋯はぁ、はぁ」

ジスランが私の膝から起き上がるのが分かった。布が擦れて身体が疼く。

「はぁん」

自分が発したとは思えない甘い声がテントの中に響く。恥ずかしくて居た堪れない気持ちになった。

「ビュケ卿、このテントに誰も近づけさせるな」

ジスランの低い声が私の脳を痺れさせる。こんなに媚薬キノコが身体と脳に効いてしまうのは寝不足だからだ。

ジスランと私は再びテントに二人きりになる。彼の琥珀色の瞳には蕩けたような私の顔が映ってる。

彼は一瞬目を瞑ると自分の服を脱ぎだした。彼の筋肉質の肉体が眼前に現れ、身体が熱くなる。

「フェリシア、契約はあるが緊急時だ。今から君を抱く」

頭に最初に浮かんだのは「ジスランに抱かれたい」、「この熱をなんとかして欲しい」と言う思い。私は、その煩悩を頭がもげるくらい勢いよく首を振って必死に掻き消した。

「契約は絶対です。私を今抱くなら、ドートリッシュ王城に戻り次第離婚してください」

ジスランは一時的に私に好意を持ってくれているだけ。子供ができるような事をしてはいけない。愛されない子の孤独を私は誰より知っている。

「そんなに嫌なのか? どうしたら君の心を取り戻せるんだ?」

ジスランが悲痛な表情を浮かべている。自分の意志では制御できない涙が溢れる。皮膚が泡立つような感覚。気が狂いそうになるのを必死に堪えながら口を開くも、何を話して良いのか考えが纏まらない。

「⋯⋯ジスラン、私は⋯⋯はぁ、はぁ」

彼の男らしい香りに身体が反応したのか身体が熱い。身体の疼きを何とかしたくて気が付けば太ももを擦り合わせていた。そんな私をじっと見つめるジスランの姿が、瞳に張った涙のせいでボヤける。

「フェリシア、辛そうだ。今宵の君は忘れると誓うから、君に触れることを許して欲しい」

ジスランが私に手を伸ばして来て、私はその手を何とか避ける。自分の目から涙が溢れ落ちるのがわかった。
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