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13.彼を傷つけた日
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彼はそんな私を見て手を引っ込め首を振ると、サっと服を着てテントの外に出る。
「今のフェリシアの近くにいて、君に手を出さない自信がない。僕は今晩は外で番をするよ」
天幕越しに聞こえる彼の声が掠れている。
「ジスラン、ちゃんと寝ない⋯⋯と」
「僕の体調のことは気にしなくていい。それに、よく考えたら騎士たちは皆、君に心を奪われている。だから今の君を見せないように、此処で番をするのが最善な気がしてきた」
ジスランの声が蜂蜜のように甘く感じて、今すぐに寄り添いたくなるのは媚薬キノコのせい。
「ありがとう、ジスラン⋯⋯」
言葉が続かず涙が溢れてくるのも媚薬キノコのせい。
「もう一度、フェリシアに恋して貰えるように頑張るよ」
強がりのような彼の言葉に涙腺が決壊する。涙が止まらないのは自分がジスランを傷つけた自覚があるから。
私は声を押し殺し涙を流し続けた。ジスランは恋がしたい人。私は恋のような不確かなものはいらない。永遠に続く愛が欲しい。
彼に今後どれだけ惹かれても契約終了後、私は別れを選ぶだろう。ジスランが結婚前夜に見せた姿が、私を遠ざけ新しい女を連れてきた父の姿とどうしても重なってしまう。期待して捨てられる恐怖に勝てる気がしない。
♢♢♢
ドートリッシュ王城に到着すると、皆が私たちを驚いたような表情で迎えた。当初の予定より二ヶ月近く早く帰ったので当然だ。真っ先に出迎えてくれたのは、ブランクモン・ノリッジ公爵。白髪混じりの黒髪に覗く漆黒の瞳の奥にある何かに、一瞬の違和感を感じる男。
「ジスラン王子殿下にブランクモン・ノリッジがお目に掛かります」
彼はこの国において主に外交を担当している。ジスランが彼の娘アメリアと婚約していた。ノリッジ公爵家は今まで何度も王妃を輩出している名門。
「ノリッジ公爵、そなたは僕が予定より随分早く帰ってきたことに驚かないのだな」
ジスランの含みのある物言いに、私は彼が黒幕候補としてブランクモン・ノリッジ公爵を疑っている事に気が付いた。
「何かございましたか?」
ブランクモン・ノリッジの表情管理は完璧。
全く動揺した素振りもないのを私は逆に怪しく感じた。
私たちは二ヶ月くらい早く帰還しただけでなく、十人で出発したのに八人で帰って来ている。二体の遺体が見えない程、目が悪いわけではないはずだ。
「そこにいるビュケ卿から話を聞いてくれ、僕はフェリシアと湯浴みをしたらドリアーヌ王妃に会いに行く」
「ドリアーヌ王妃殿下は、里帰りをしておりまして」
「いつもより随分早い里帰りだな。全く呆れる程に悠々自適な王妃だ」
私は二人の会話にドリアーヌ王妃が毎年冬は祖国バルニエで過ごしているという事を思い出した。一月二十日はジスランの誕生日。皆はドリアーヌ王妃が彼の母親の亡霊に取り憑かれる恐怖で祖国に逃げているとか、少しでも暖かい場所で冬を越そうとしていると噂した。
♢♢♢
久しぶりの入浴をエマに手伝って貰いながら楽しむ。
猫足のバスタブの浴槽には赤い薔薇の花びらが浮いている。
甘く品のある薔薇の香りが私の鼻をくすぐった。
「薔薇の花びらが良い香りだわ」
「フェリシア様にリラックスして欲しくて浮かべてみました」
「ふふっ、ありがとう。実はクタクタだったのよ。ねえ、エマ。ドリアーヌ王妃様について何か知らない?」
「ドリアーヌ王妃殿下ですか? すみません、王妃殿下の侍女とは仲良くなくて⋯⋯」
エマが困ったような表情になる。
「いいのよ。王妃様がいつもより早くバルニエ王国に向かわれたようで気になっただけだから」
「ちょうど二日前です。ドリアーヌ王妃殿下は化粧で隠せないくらいお顔の色が悪く、崩れ落ちそうな程に体調が悪そうでした。王妃殿下はグレイアム王子殿下と何か話された後、ふらふらの体を馬車に押し込みバルニエ王国に発たれました。療養に向かわれたのでしょうか?」
私は唐突にエマから発せられた情報に驚いてしまう。
王族の体調はトップシークレットだ。
「エマ、私の情報は周りに秘密よ」
私は人差し指を口元に当てながらエマに告げる。
「当然です。私はフェリシア様の侍女ですから」
湯浴みを済ませて、エマの手伝いで緑色のドレスに着替える。
エマを下がらせ、部屋でうとうとしていると扉をノックする音がした。
「ジスランですか?」
「当たりだ。良く分かったな」
緑色の礼服を着たジスランが部屋に入ってくる。
「フェリシアと僕の格好はまるで事前に打ち合わせしたかのようにピッタリだな。君は僕の前世からの運命の相手なのかもしれない」
私はジスランの物言いに思わず吹き出してしまった。
先程エマが菫色のドレスを選んだ私に、ジスランから緑色のドレスに誘導するよう言い付けられていると泣きついて来たのだ。
「ふふっ、そうですね」
「笑った顔、本当に可愛いな」
ジスランが私の頬に触れて目を合わせてくる。
私はまた恋に陥りそうな感覚に陥り、目を逸らした。
「⋯⋯実は今からグレイアムに会いに行くんだ。フェリシア、ついて来てくれないか?」
ジスランがそっと手を差し出して来たので、私は自分の右手を彼の手に添えた。するとギュッと力強く手を握られた。
「ジスラン?」
「仲睦まじく見せる為だと思って我慢してくれないか?」
「⋯⋯はい」
私たちは手を繋ぎながら、グレイアム王子の執務室に向かった。
「今のフェリシアの近くにいて、君に手を出さない自信がない。僕は今晩は外で番をするよ」
天幕越しに聞こえる彼の声が掠れている。
「ジスラン、ちゃんと寝ない⋯⋯と」
「僕の体調のことは気にしなくていい。それに、よく考えたら騎士たちは皆、君に心を奪われている。だから今の君を見せないように、此処で番をするのが最善な気がしてきた」
ジスランの声が蜂蜜のように甘く感じて、今すぐに寄り添いたくなるのは媚薬キノコのせい。
「ありがとう、ジスラン⋯⋯」
言葉が続かず涙が溢れてくるのも媚薬キノコのせい。
「もう一度、フェリシアに恋して貰えるように頑張るよ」
強がりのような彼の言葉に涙腺が決壊する。涙が止まらないのは自分がジスランを傷つけた自覚があるから。
私は声を押し殺し涙を流し続けた。ジスランは恋がしたい人。私は恋のような不確かなものはいらない。永遠に続く愛が欲しい。
彼に今後どれだけ惹かれても契約終了後、私は別れを選ぶだろう。ジスランが結婚前夜に見せた姿が、私を遠ざけ新しい女を連れてきた父の姿とどうしても重なってしまう。期待して捨てられる恐怖に勝てる気がしない。
♢♢♢
ドートリッシュ王城に到着すると、皆が私たちを驚いたような表情で迎えた。当初の予定より二ヶ月近く早く帰ったので当然だ。真っ先に出迎えてくれたのは、ブランクモン・ノリッジ公爵。白髪混じりの黒髪に覗く漆黒の瞳の奥にある何かに、一瞬の違和感を感じる男。
「ジスラン王子殿下にブランクモン・ノリッジがお目に掛かります」
彼はこの国において主に外交を担当している。ジスランが彼の娘アメリアと婚約していた。ノリッジ公爵家は今まで何度も王妃を輩出している名門。
「ノリッジ公爵、そなたは僕が予定より随分早く帰ってきたことに驚かないのだな」
ジスランの含みのある物言いに、私は彼が黒幕候補としてブランクモン・ノリッジ公爵を疑っている事に気が付いた。
「何かございましたか?」
ブランクモン・ノリッジの表情管理は完璧。
全く動揺した素振りもないのを私は逆に怪しく感じた。
私たちは二ヶ月くらい早く帰還しただけでなく、十人で出発したのに八人で帰って来ている。二体の遺体が見えない程、目が悪いわけではないはずだ。
「そこにいるビュケ卿から話を聞いてくれ、僕はフェリシアと湯浴みをしたらドリアーヌ王妃に会いに行く」
「ドリアーヌ王妃殿下は、里帰りをしておりまして」
「いつもより随分早い里帰りだな。全く呆れる程に悠々自適な王妃だ」
私は二人の会話にドリアーヌ王妃が毎年冬は祖国バルニエで過ごしているという事を思い出した。一月二十日はジスランの誕生日。皆はドリアーヌ王妃が彼の母親の亡霊に取り憑かれる恐怖で祖国に逃げているとか、少しでも暖かい場所で冬を越そうとしていると噂した。
♢♢♢
久しぶりの入浴をエマに手伝って貰いながら楽しむ。
猫足のバスタブの浴槽には赤い薔薇の花びらが浮いている。
甘く品のある薔薇の香りが私の鼻をくすぐった。
「薔薇の花びらが良い香りだわ」
「フェリシア様にリラックスして欲しくて浮かべてみました」
「ふふっ、ありがとう。実はクタクタだったのよ。ねえ、エマ。ドリアーヌ王妃様について何か知らない?」
「ドリアーヌ王妃殿下ですか? すみません、王妃殿下の侍女とは仲良くなくて⋯⋯」
エマが困ったような表情になる。
「いいのよ。王妃様がいつもより早くバルニエ王国に向かわれたようで気になっただけだから」
「ちょうど二日前です。ドリアーヌ王妃殿下は化粧で隠せないくらいお顔の色が悪く、崩れ落ちそうな程に体調が悪そうでした。王妃殿下はグレイアム王子殿下と何か話された後、ふらふらの体を馬車に押し込みバルニエ王国に発たれました。療養に向かわれたのでしょうか?」
私は唐突にエマから発せられた情報に驚いてしまう。
王族の体調はトップシークレットだ。
「エマ、私の情報は周りに秘密よ」
私は人差し指を口元に当てながらエマに告げる。
「当然です。私はフェリシア様の侍女ですから」
湯浴みを済ませて、エマの手伝いで緑色のドレスに着替える。
エマを下がらせ、部屋でうとうとしていると扉をノックする音がした。
「ジスランですか?」
「当たりだ。良く分かったな」
緑色の礼服を着たジスランが部屋に入ってくる。
「フェリシアと僕の格好はまるで事前に打ち合わせしたかのようにピッタリだな。君は僕の前世からの運命の相手なのかもしれない」
私はジスランの物言いに思わず吹き出してしまった。
先程エマが菫色のドレスを選んだ私に、ジスランから緑色のドレスに誘導するよう言い付けられていると泣きついて来たのだ。
「ふふっ、そうですね」
「笑った顔、本当に可愛いな」
ジスランが私の頬に触れて目を合わせてくる。
私はまた恋に陥りそうな感覚に陥り、目を逸らした。
「⋯⋯実は今からグレイアムに会いに行くんだ。フェリシア、ついて来てくれないか?」
ジスランがそっと手を差し出して来たので、私は自分の右手を彼の手に添えた。するとギュッと力強く手を握られた。
「ジスラン?」
「仲睦まじく見せる為だと思って我慢してくれないか?」
「⋯⋯はい」
私たちは手を繋ぎながら、グレイアム王子の執務室に向かった。
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