ハッピーエンドを迎えたら、溺愛王子から逃げたくなりました。

専業プウタ

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14.グレイアム王子の真実

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グレイアム王子の執務室の扉をノックし、ジスランが来訪を告げる。

「グレイアム、僕だ」
「あ、兄上、ここには何のご用事で」

焦ったように扉を開けて顔を出したのは、戸惑った表情を隠せないグレイアム王子だった。

「グレイアム、お前と話したい事があってな」

銀髪に琥珀色の瞳を持った齢十六歳のグレイアム王子。

彼はドートリッシュ王国の紋章がついた緑色の礼服を着ていて、私は兄弟揃ってお揃いのような格好をしている二人が微笑ましくなった。

「グレイアム王子、きちんと挨拶するのは初めてですね。フェリシア・ドートリッシュにございます」

片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を軽く曲げカーテシーで挨拶をする。

「フェリシア様、こちらこそ挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。どうぞ、こちらにお入りください。今、お茶を淹れさせます」

グレイアム王子は明らかにジスランに怯えているようで、チラチラと彼を見ながら私たちを黒革の応接ソファーに案内する。ジスランは殺し屋のような目でグレイアム王子を睨みつけていた。

「お茶は結構だ。やっとの思いで帰って来たのに毒でも入れられたらたまったもんじゃない」

ジスランの信じられない敵意ある一言に、私は思わず彼の足を踏んだ。敵視していれば、相手は自ずと自分の鏡のように敵対してくる。今のジスランの態度は敵かも分からない相手に対して、敵になるように誘導しているようなものだ。

「痛っ」

ジスランがグレイアム王子に敵意を持っているのは分かったが、私はまっさらな気持ちで彼と関わりたいと思っていた。

ジスランと私が座った向かいにグレイアム王子が腰掛ける。

「グレイアム、早速本題に入る。ドリアーヌ王妃が早くも里帰りしたそうじゃないか。一体何を企んでいる」

「兄上、ドリアーヌ王妃殿下は! 兄上は、母上を疑っているんですよね。別荘であった事件についてノリッジ公爵から伺いました」

「随分とノリッジ公爵と仲が良いんだな。僕を引き摺り下ろす算段か? 今度はお前がアメリアと婚約でもするのか?」

「アメリア・ノリッジ公爵令嬢は私より七歳も年上です。流石のノリッジ公爵もそんな年増を私には薦めて来ません。公爵が薦めて来たのは妹のレティシア・ノリッジです」

私はグレイアム王子が二十三歳の乙女を年増呼ばわりする天然っぷりに、彼も普通の十六歳の男の子なのだと安心する。初めて遠目で彼をみた時は、やんごとなきオーラを放っていて遠い存在に感じた。

ジスランが少し考えるような仕草をしていたので、私は話題を変えてグレイアム王子との距離を縮めることにした。

「グレイアム王子は、大変柔らかそうな白魚のような手をしておりますね」

「白魚とはなんだ? フェリシア」

ジスランが小首を傾げながら私に尋ねてくる。

「グレイアム王子のような繊細で儚い美しい手のことを言います。ジスラン、ご自分の手を見てください。ガッチガチの岩みたいになっております。剣を日常的に握るとそのような手になります」

ジスランはグレイアム王子の手と自分の手をまじまじと見比べていた。

グレイアム王子はサッと自分の手を隠すと消え入りそうな声で呟いた。

「⋯⋯私は剣を握ったことがありません⋯⋯」

「王妃の子は優遇されているな。剣も握ってノブレスオブリージュなどと戦場に行かされもせず、安全な場所で本を読んでいれば良いのだから良いご身分だ」

ジスランの返しに、グレイアム王子は只管に震えている。唇の色が抜けて顔面蒼白のグレイアム王子。「剣」というフレーズが出た時の彼の声の震えから察するに、何らかのトラウマを抱えている可能性が高い。私は意を決して尋ねてみることにした。

「グレイアム王子、失礼ですが剣を握った事がないのではなく、剣を握れないご事情があるのではないのですか?」

「フェリシア様のいう通りです。僕は剣を見ると震えてしまって、実は剣が握れません」

グレイアム王子が掠れた声で伝えてくる。

「何かあったのですか? グレイアム王子が剣を握れなくなる原因があったはずです。刃物が怖いのですよね。それは別に悪いことではありませんわ」

私はジスランに似たグレイアム王子の琥珀色の瞳をじっと見つめ、続きを話してくれるように促した。

彼は震える右手で肩を抑えながら、苦しそうに何かを伝えようと口を開くも唇が震えるだけで音になっていない。

「暗殺者に肩を切られたのですか?」

完全な憶測に過ぎない質問に、グレイアム王子は静かに頷いた。

「まだ傷が残っているのか? 見せてみろ」

ジスランが半ば強引に、グレイアム王子の服を脱がそうとする。

「ジスラン、乱暴はやめてください」

私が止めるよりも早く、グレイアム王子の背中が晒された。

そこには命を繋ぎ止めたことが奇跡と思えるような、肩から背中にかけて切り落とそうとしたであろう深い傷跡があった。

「どうして、お前の命を狙う人間がいるんだよ。グレイアム、お前は世界一大切にされる王妃の子なんじゃないのかよ」

ジスランの声が震えている。
彼はきっと弟の苦しみを知らず、辛く当たってきたことを悔いているのだろう。

「⋯⋯私は五歳の時に暗殺者に命を狙われて以来、剣が握れません。その事実を覆い隠すように兄上ばかりが戦場に出向かされた事を申し訳なく思っています」

絞り出すように告げられた真実は酷く苦いものだった。グレイアム王子はずっと本当のことを、兄であるジスランに伝えたかったのだろう。

「兄上、フェリシア様、そのような顔をしないでください。もう、十一年も前のことです」

グレイアム王子が無理に微笑もうとしているのが痛々しい。十一年も前のことと言いながらも、彼がそのことでずっとトラウマを負って傷ついているのは明白だ。

「暗殺者の正体は明らかになってないのだろう! 当然、僕を疑っているだろうが、お前がそのような目にあったことがあるなど初めて聞いた」

ジスランが怒りを抑えながら声を絞り出している。

「兄上、私は兄上が自分を殺そうとしたなどと疑っておりません。ただ、皆がゆっくり眠れるような日々がくればと思っています。私を殺すことで得をする人がいます。そのような人間が存在することが憎いです。兄上、今日初めて私たちは向かい合って話をしていますね。私はずっと兄上と話をしたいと思っておりました」

ジスランがずっと敵対心を持ち、グレイアム王子の苦しみに気がつかなったことに私は気味悪さを感じていた。二人共、他者を思い遣る心を持っている。誰かが二人を対立させるように誘導したとしか思えない。

「グレイアム、すまなかった。僕はお前の境遇を羨むばかりだった。僕も争いのない世を目指している。そして、そのような世を創るのは僕一人では到底無理だ。グレイアム、お前はとても優秀らしいな。これからは僕に力を貸して欲しい」

ジスランが立ち上がりグレイアム王子の前に手を差し出す。

目上の者が目下の者に謝るのは難しい。
それでもジスランは自分の非を認めて謝った。
この二人の王子の関係はこれから良くなっていくだろう。

グレイアム王子も立ち上がり、差し出された手を両手で確かめるように握りしめた。

「もちろんです。兄上の手助けをしてドートリッシュ王国をより良いものにしていくことこそ私の願いです。私のことを信じて頂けますか?」

「もちろんだ。フェリシアに出会う前ならお前の言葉の裏を考えていた。でも、今の僕はまずお前を信じてみようと思う」

ジスランが私のことを横目で愛おしそうに見つめてくる。

その視線の優しさに思わず私は目を逸らした。私はジスランに日々惹かれつつも、全く彼を信用できていない。

「まずは信じる。疑うのは最終手段」だと頭では分かっていても、私が一番実行できていなかった。

ジスランの手を握りながら、グレイアム王子は意を決したように口を開く。

「兄上、私の母ドリアーヌ王妃殿下について、これだけは信じてください。母上はロランス様を殺していません。母上にとってロランス様は唯一心を許せる親友でした。毎年のように彼女の命日にお墓参りに行っています」

「⋯⋯」

ジスランは斜め下を見て、考え込むような仕草を見せた。

「今年、早めに里帰りされたのはドリアーヌ王妃様の体調の関係ですか?」

私の言葉にグレイアム王子が目を見開く。

「どこからか母上の健康状態が漏れてしまっていたのですね。母上は先が長くありません。最期にもう一度ロランス様にに挨拶に行くと言って、私が止めるのも聞かずにバルニエ王国に旅立ってしまいました」

グレイアム王子の目が潤み出す。涙が今にも溢れ落ちそうだ。

「泣くなよ。お前はドートリッシュ王国の王子なんだぞ」

ジスランが困ったような顔をしている。

私はグレイアム王子にレースのハンカチを差し出しながら囁いた。

「思いっきり泣いてください。ここには私たちしかいません。ここでグレイアム王子がいくら泣いても家族間の秘密です」

私の言葉にグレイアム王子は涙腺が決壊したように声を上げて泣き出す。ジスランもグレイアム王子も心のある優しい人で、彼らの家族になれる人は幸せだろう。
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