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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.
2.06.6 ラッカム一味の危機(3)
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「…フランツ!張れた!」
「砲撃準備!いつでもブッ放せるようにしとけ!」
「これやっぱ…無理あんだろっ」
「しのごの言ってっと殺すぞ!」
アジト、北側の入江、コバルト号甲板。
フランツ達は少ない人数ながら手早く出航準備をしていた。武器や弾薬は少なく、食糧など一つも無い。アジトの沖合いが予想通りかもわからず、フランツは内心焦っていた。
(間に合うか?変な風吹きやがって…やっぱ壁から…ダメだ、それじゃ…)
岩壁を奪還し砲撃することも考えたが、リスクが高い。艦船隊が揃っているなら島に残るのも危険だ。天気は敵側なのか朝日も拝めない曇天で、こんな状況で二隻を助け海へ逃げる…なんて案は、レスターの言う通り無理で無茶で、無謀だ。
「顔に出すな、シャキッとしろキャプテン」
帆のロープを張り終えたゼスがニヤりと笑った。こんな時でも笑える古参の彼に、実のところ縋り付きたい気分だ。
「どう思う…?」
「壁から撃ったら集中砲火、こっちが丸焦げだ。お前は間違っちゃいない。あとはやるだけ…なぁに、失敗しても死ぬだけさ」
最後は一際笑ってみせて、ゼスは錨を上げる仲間達を手伝いに行った。
「…そうだな。皆仲良く、死ぬだけ…!」
つられて笑ってしまい、ハッキリと口に出してみる。俗に言う貧乏くじかどうかはまだ決まっておらず、どの道死ぬなら派手に殺ってから、だ。
間もなくして錨が上がり、コバルトは荒れはじめた海へ出て行った。
時は戻り…キースが地図の在り処を白状していた時の、ヘルブラウでは。
「……!」
「バカ、見んな」
裏切り者達を睨み見るネロ、の背後。縛られた手元で何やら感触がし振り返ろうとするが、真横にピッタリとくっ付くスタンが目もくれず囁いたので、慌てて視線を戻す。
感触の正体はナイフ(キースに押し付けられた護身用だ)で、先に自由になったスタンによって少しずつだが縄が切られていく。周りの仲間達も気がつき、見張りに気づかれぬようさり気なく身体で囲い隠す。
ネロの縄が切れ他の仲間も…と思った矢先、
「!…おいおいおいおい」
旗艦から銃声がし何やら騒がしくなり、それがキースの仕業だとわかり思わず眉を寄せる。ヘルブラウからも見えた彼はかなり無謀で、下手をすれば殺されかねない状況だった。
「えぇい!何をしてるッ、捕まえろ!早くしろぉ!!」
不測の事態に旗艦は慌ただしくなり、ソロウが叫び指を差す。示す先は勿論キースと彼に捕まっているビアンカ。
「諦めろ<虎の眼>!逃げ場は無いぞ!」
軍兵達が剣を抜き斬りかかる。オーウェンが声を上げ裏切り者達も加勢する。だがキースは怯むことなく抵抗し、一人から剣を奪うと容赦なく振り、間近に迫った者を斬り伏せた。
「?!な…」「ッ…下がれ!」
ハリソンが異変に気づき、同じく勘づいたジェラルドが怒鳴り前に出る。そこにいるのは本来殺生をしない<虎の眼の盗賊>、ではなく…ビアンカも以前命を奪うことを躊躇わせた彼の変貌に驚いていた。
キースの剣がまた一人捉えるが、怯えた軍兵が放った銃弾が肩に当たり動きが鈍る。さらに数人が銃を構えるがハリソンが止めるよう声を上げ、キースは場違いにも笑いをもらした。
「キースッ!」
止めようとするビアンカを放し脚の革袋を探る。馬鹿共が、碌に調べもしねぇで残してくれて。もう日の出の時間だろうに、今朝は生憎の曇りで空は真っ暗。最高のコンディション…神様、今日だけは感謝します。
「やめて、キース!ねぇッ」
(「仲間は大切にしろよ。背中を預ける相手だ…それに、友達だからな」)
腹括れ、どの道お尋ね者だ。今俺はこいつらが仲間で、仕掛けてきたのはお前らで…だから殺り返す。いいよな……全部なにもかもッ、メチャクチャにしてやるッ!──
「どいつもこいつもよぉざけやがってッ、なぁ!おォいッ!」
ジェラルドがキースの眼前まで迫る。振り上げられた手の中には小さめの弾。また煙幕だと思い、構わず捕まえようと腕を伸ばす。
「言ってやるから!!働けッ'相棒'!!」
「!?ッ」「!!」「!マジか…」
叫びとともに振り落とした弾が弾け──広がったのは黒煙ではなく、眩しいどころではない強烈な光だった。
「!!が、わ"ぁあッ!?!」
「!く…ッ、なんだ?!」
ゼスから貰ったテオディア軍製閃光弾の威力は凄まじく(というか全弾を分量無視で一つに作り直したのだが)、旗艦にいた全員が悲鳴を上げ、顔を背けて痛々しげに目を瞑った。
「まさか…閃光弾!?」
「ッ…?ぁぐ…!」
戦時中に身に覚えがあったハリソンが声をもらす。間近で喰らったジェラルドは完全に視力を奪われその場に膝をついてしまい、聞こえた声に振り返ろうとするが、思いきり蹴っ飛ばされ甲板を転がった。
ヘルブラウにいた者達も眩さに目をやられ、遠くで待機中の船隊も突如現れた光に驚き、騒めいていた。
「っ……やば…」
ビアンカは恐る恐る目を開け辺りを見回した。
オーウェンもソロウも、皆目や顔を押さえ手探り状態で、近くではジェラルドが倒れていて…とにかくヤバいことになった。なにしたの??
(「相棒っつったら目瞑れ」)
先ほど囁かれた言葉。キースにしては珍しい相棒呼びはスタンと決めていた合言葉であり、(半ば強引だったが)決めた張本人も光を回避したようで、ヘルブラウでただ一人動き仲間達を解放していた。
「あっち戻れ、早く!」
「今の、なに!?それにさっきの、」
「いいから行け!」
またキースに引っ張られるが状況に付いていけず喚くビアンカ。キースは構わずに背中を押し、ヘルブラウへ続く橋へ追いやる。殆どがまだ目をやられていて阻む者はいない。
ビアンカが橋を渡ったのを見届け駆ける。向かう先は押さえ付けられたままのラッカムで、両目を瞑り混乱状態の兵達へ体当たりし散らす。同じく目を瞑っていたラッカムはニヤりと笑うと、何事もなかったように目を開けた。
「やるじゃねぇかクソガキ、見直した」
「…そりゃどうも!大海賊ならちょっとは動けるよなぁ?」
このクソジジィ、効いてねぇのか化け物か。つい思ってしまうが笑い返す。
「誰にモノ言ってやがる…!」
手を縛っていた縄を切ってやれば、老いぼれのはずの男はしっかりと立ち上がり、傍で転がったままの兵から剣を奪い取った。
ヘルブラウに戻ったビアンカはスタンを手伝い、仲間達の縄を解いていく。リンが無事か心配になり振り返るが、動けるようになった裏切り者が斬りかかってきて慌てて逃げ出した。
旗艦でも徐々に視力が回復していき、ソロウが何度も首を振り瞬きを繰り返す。やっと見えた目の前にはキースの姿があり、彼は自身の武器を取り戻すと不敵な笑みを浮かべ襲いかかってきた。
「!い"!やゃやめろッ…来るなぁあ!」
ソロウは悲鳴を上げ、あろうことか近くにいた軍兵を引っ張り盾代わりにして、その行動にキースは怒りが込み上げ、軍兵の胸にナイフを突き刺し払い退けると、逃げたソロウへ回転式銃の引き鉄を引いた。
「…ッ、将軍を、連れてけ!」
ジェラルドはフラつきながらも立ち上がり、まだ回復し切っていない目で状況を追いかけた。運良く被弾せずだったソロウ(キース相手に本当に運がいい)はただ邪魔でしかなく、兵達も察したのか取り乱す閣下を引っ張り庇い、船室に押し込めた。
キースはソロウを追うのは止め、軍兵や裏切り者を薙ぎ払い振り返ると、
「おい、デュレーさんよぉ!そんなに地図が欲しいか!?」
高らかに声を上げ、足元を探り腕を掲げてみせる。その手の中には小さく折り畳まれた紙があった。
「!」
「欲しいんだよなぁ!?なら捕まえてみせろよ!木偶の坊ッ!」
そう言って笑い、中指まで立てるキース。凶悪染みた笑顔に苛立ちを通り越し怒りが湧く…直後、ジェラルドが怒鳴り兵達に指示を出す。それは必ず生け捕れというもので、一緒に聞いていたキースは笑みを深めた。
オーウェンはキースとは別の影を追っていた。
正体はラッカムで、杖付きになって長いはずの父親は若返ったように甲板を動き回り、剣を振るい暴れていた。
「や、やダ来るなぁ!…がはッ」
また一人、裏切り者がラッカムに斬られ倒れる。兵達も同様で強い殺気を纏う大海賊に手も足も出ず、慄き退いてしまう。
「んだよ、これは…」
思わず舌打つ。キース、またあいつだ…暗号の時も今日も、何もかも邪魔しやがって…痛ぇじゃねぇか撃つことねぇだろそんなに死にてぇかッテメェらはぁ…ッ!
「オーウェン!どうする!?」
怒りの色が顕になる彼をジュリーが呼ぶ。オーウェンは血が滴る腕を押さえながらほくそ笑んだ。やり直し、もっかい捕まえりゃいい──
「ビアンカだ!!先にあいつ捕まえろ!!」
オーウェンの怒号はヘルブラウにも届き、裏切り者や軍兵がビアンカを追いかける。自由の身となった仲間達が阻み守ろうとするが、一人が抜け駆け彼女を捕まえてしまう。と、
「!リン!」
リンが割り込み相手を斬り伏せる。ビアンカは彼の赤黒く染まった胸元に顔を歪めた。
「リン!動いちゃダメだッ、怪我が、」
「大丈夫、死なねぇよ…親父を助ける、お前はこっちにいろ、いいな!」
心配する声を遮り、手を引き仲間に託す。リンは胸を押さえながら咳き込むが本当に大丈夫そうで、ネロが投げ渡してくれた自身の銃を掴み、天を仰いだ。
「…レイチェルッ、錨上げとけ!ただの時化じゃねぇ、嵐が…それに乗って逃げるぞ!」
そう言うとリンは橋板に上がり、ネロや仲間達と共に旗艦へ行ってしまった。
ビアンカも咄嗟に追いかけようとするが止められて、レイチェルは大混乱の状況に顔を顰めた。
「錨って、ちょっと…!もうッ、こんな状況で…ゎ、や…?!」
ヘルブラウに残る裏切り者達が執拗に襲ってきてキャプスタンまで辿り着けない。躓き倒れてしまった彼女に刃が迫るが…割り込んできたスタンに拳を叩き込まれ伸びてしまう。
「今はやるしかねぇ…!」
スタンはレイチェルと共に錨を上げに行くが、あっという間に白兵戦となった現状に苦虫を噛む。さっきよりはマシだ。けど俺だって旗艦に行きたい…
無茶を通してこの状況を作り出した相棒が、これ以上生き急がないか心配だった──
その頃…
まともな'装甲'があるのは旗艦のみで、より複雑な岩礁地帯に位置する一味アジトには近づけず、只管待機し続けている船隊では。
旗艦や海賊船の異変に気がついたはいいものの、兵達は遠眼鏡片手にまごつくばかりであった。
「どうなってる…??」
「信号弾への応答、ありません」
「失敗したんでしょうか?どうしましょう?」
四隻ある船の指揮官達は皆黙り込み、互いの船を窺う。何の装備も無く岩礁を進むのは困難だし、海図も閣下が持っていてしまい、何より現状が不明瞭だ…
最先端の船であり装備も充実しているが、経験の浅い彼らは指示が無ければどうすることも出来ず。文字通り指を咥えて見ているだけだった。
「はあぁ!!」
「!ぐはッ…」「く、来るなぁ!」
旗艦に乗り込んだリンが剣を振り、威力の高い水平二連銃を放ち、裏切り者を倒していく。軍兵もいて大混戦になってきた中で見間違うはずのない姿を見つけ追いかける。
リンに行手を塞がれたオーウェンはまた舌打ちをもらし、笑ってみせた。
「やっぱ一発じゃ死なねぇか…恐ろしいねぇ'赤毛'」
一番嫌いな言葉を聞きリンの心に火が付く。
「オーウェン…あんたが、どうして…!」
未だに信じられない。だがこれが現実で、兄と慕った男は…彼こそが裏切り者なのだ。
オーウェンが銃を抜こうとするがリンの剣のが早く邪魔をして、まともにやり合う気のないオーウェンは剣先を弾き返し、ラッカムを捕まえるべく甲板を駆けた。
義兄弟が追いかけっこする右舷。その反対側では、一際速い剣撃が続き火花が散っていた。
ぶつかる剣の主はジェラルドとキースで、兵達は加勢するこも出来ず目を見張る。我らが'剣聖'のが押している、が、<虎の眼の盗賊>は彼のスピードに付いてきて…というか、速さは互角なのだと気づき思わず傍観してしまう。
側からそのように見られているなど露知らず、キースは必死にジェラルドの剣を弾き、時折体術を混ぜ、容赦なく迫る刃に対抗していた。ピリピリと肌に伝わってくる気迫、パール基地の一戦など比ではない。こっちは久々の剣でしかも撃たれたってのに…気ぃ抜いたらヤベぇ、殺られる。
「…ぉお"、らあッ!」
沈み込んだと思った次の瞬間、二本になった剣が雷のように襲いかかってきた。
髪を振り乱し、二本目の剣を抜いたジェラルドは本気で、勢いも疾さも増していく。生け捕れとは言ったものの殺気たっぷりにキースへ斬りかかり、小賢しい脚に蹴り返されても強引に一歩踏み出し、もう一本を切り上げる。だがキースも来ると読んでいたのかもう一度蹴りを繰り出し、靴の仕込みナイフが旋風のように上がった剣とぶつかる。
「なに…!?」「…ぢィッ!」
バキン!と音がし破片が飛んだ。折れたのはキースのナイフのほうで、一撃は防げたものの思わず焦る。
(あ、ぶねッヤベ!脚まで持ってかれる…!)
思わず冷や汗をかき、反動でよろけながらも間合いを取り、また剣を構えるが、
「キースッ!…テメェがデュレーか!?」
丁度開いた二人の間にネロが割り込む。
オーウェンが呼んでいたこいつの名前。裏切りに対する怒りだけではなく、兄の仇を見つけネロの憎悪が増す。
「次から次へと、雑魚が…!!」
突如現れ斬りかかってきたネロにジェラルドは額に青筋立て、迎え撃ちながらも先ほどより殺気に満ちた剣を繰り出した。
「ネロ!やめろ、待てッ」
「ジェラルド!!」
マズい、ダメだ…自身は生捕りでもネロは違うと思い、止めるべく飛び込む。同じくハリソンが兵達を掻き分け前に出て銃を構える。剣先を躱したネロをキースが庇い、ジェラルドのもう一撃を受け止めた瞬間、ハリソンが三発連続で銃を放った。
「い"ッ、ぁ…!」「!う"ぐ…ッ」
二人に一発ずつ弾が当たり、互いに声を上げる。脇腹に当たったキースがよろめき後退り、右腕に当たったジェラルドもだらんと剣を下ろしてしまう……が、
ジェラルドの手がキースを捕まえ引き寄せ、まるで箒のように乱暴に扱い、彼ごと積荷やランプを薙ぎ払った。派手な音を立ててランプが割れ、ジェラルドは床に移った火目掛けキースを押し倒し、押さえ付けた彼の左腕のバンダナが燃え、火の勢いが増す。
「ん"!?う"ぅあぁッ!!」
絶叫するキース。熱さよりも痛みのが強く、暴れてもジェラルドの手は振り払えず、左腕はそのまま焼かれ焦げ臭さに余計顔が歪む。
「キース!!クソ…邪魔だ退けッ、キースッ!」
ネロが助けようとするが、ハリソンや軍兵に阻まれてしまう。
キースは漸くジェラルドから逃れ、無惨に焼かれた左腕を押さえ睨みつけた。
「こ、の"…テメェ…!」「……」
ジェラルドは黙ったまま甲板で燻る火を踏み消し、また剣を取る。今度こそキースを捕まえようとするが…船の揺れが大きくなり、軋音がしたほうへ目を向けると、
「!船が…逃げる気か?!」
真横のヘルブラウの錨が上がっていき、橋板を架けたまま動き出していた。さらに甲高い音とともに大きな揺れが旗艦を襲う。
「船首被弾!敵影です!」
軍兵の一人が声を上げる。指差された方角を見遣れば、島の北側から現れた船、コバルトがまた一発撃ち間近で水柱が上がった。
「あいつら!しくじりやがったなッ」
船尾でオーウェンが声をもらす。苛立ちが増し頭に血が上るが、斬りかかってきた'ごっこ'を返り討ちにし、怒鳴る。
「お宅らいんだからッ、後でどうにでも出来る!!こいつら先に捕まえろ!!」
それを聞いたジェラルドは眉間の皺を増やしたが…目の前で逃げようとしているヘルブラウに背を向け、いつの間にか姿を消したキースを追った。
キースは怪我を庇いながら剣とナイフを振り、時折銃を放ち逃げ回っていた。
反対側の舷からヘルブラウが離れて行き、橋板が音を立ててずれ海に落ちる。願ったりな状況だが頭は相変わらず煩く。さっきのでぶつけたのか鼻血まで出やがる。
(どうするどうする!?どうすんだ?!この状況ッ…間に合わねぇ!)
逃げるなら全員、こっちにいる奴ら皆。
そんなことを考えながら最後の一発を放ち薬莢屑を捨て、甲板を横断しネロを捕まえ、二人でマストまで走る。
「キースッ、怪我は、」
「先戻れ!リン達連れてく!」
「!な…ダメだ!っつかどうすんだ!?」
「なんとかする…ッ、行けって!!」
「キース!っ…クソ…!」
互いに剣を振りながらの会話。迫ってきた軍兵を思い切り蹴っ飛ばし、キースは飛び道具で宙に舞った。空を飛んだ友に驚き困惑する…なんで助けてくれる?何度も、怪我までして…
ネロは奥歯を噛み締め、ロープを掴むと反対側の留め具を壊し、巻き取られていくロープとともにメイントップまで上った。甲板の騒乱が遠くなる。キースが戦いながらリンとラッカムへ向かっていくのが見えた。
「ネロ!!急げ!!」
自身のようにマストへ上がった仲間に呼ばれる。此処に残ったらダメだ、生き残らなければ…生きなきゃ何も出来ない。
ネロは細いヤードを駆け、ヘルブラウに向かって思い切り跳んだ。
「わ"っ、や!や"めろぉ!」
裏切り者の一人をまた撃ち殺し道を切り開く。
リンはラッカムと共に戦っていた。オーウェンは他の奴が気を引いてる、今の内に親父を逃がさねぇと。板が外れちまった、早く上に、
「リン、お前先に行け」
「は…なに言ってんだッ!?親父も戻んだよ!一緒に!」
思いがけない言葉に振り返ればラッカムは笑っていて、鋭い眼に想いを込め訴えかけてきて…
「っ…その顔やめろよ!何考えて、ッ」
ラッカムの背後でオーウェンが銃を構え、咄嗟に引っ張り二人で屈み避ける。追撃すべく駆け寄るオーウェンだったが、キースに飛びかかられ甲板を転がってしまう。
「!キース……おい?おい、ちょ、なに、」
「暴れんなよお兄ちゃん…!」
助けてくれたキースについ顔が綻ぶが、彼は何故かリンに抱き付き、腰に何かを巻いて、
「??な、え…ッ、のぉあぁああ!?!」
ヘルブラウのマストへ向け飛び道具を発射させると、つられて飛んだのはリンの身体で、キャプテンである彼は見事旗艦を脱出した。
初めて飛び道具を見たラッカムは暢気に笑い、だが振り返りキースを睨み、
「お前もだ。この、」
「平気だ!マジで、これでいい!」
「……」
「貸しだぞ、覚えとけッ」
何やら察したラッカムはまた笑って、ぼそりと呟き剣を振った…ありがとだぁ?大海賊らしくねぇ台詞!このジジィは端から残る気で、それを汲んでもやったが、気に入らねぇ。
キースは顰め面で手早く弾込めし、また引き鉄を引いた。
「東に寄り過ぎるなよ、ぶつかる!」
「わかってるッ」
コバルトは荒れる波を進み、南東へ針路を取っていた。天気はどうやら時化以上のようで降り出した雨粒は大きく、中々言うことを利かない舵と格闘しながら、頭の海図を頼りに減速もせず岩礁地帯を突っ切っていく。
「このまま突っ込むぞ、前切り開く!」
ヘルブラウが動き出したとわかり、フランツが舵を切りながら声を上げる。目指すは動く気配のない船隊で、数では負けても地の利はこちらにあり、ヘルブラウの為にも強行突破を仕掛けようとしていた。
ヴァンが次の砲撃準備をするが、荒波の揺れで体勢を崩し、抱え持つ弾ごと転びそうになる。床板に打ちつけられそうになる寸前、誰かが支えてくれ、
「…レスター!」
「無駄にすんなよ、皆死んじまう…!」
それはレスターで、そのまま一緒に弾込めする。徐々に近づく船隊が砲撃してきて、波とは別の揺れが船を襲う。レスターはもう泣き言は言わず、導火線に火を点けた。
弾数は少ない、だが誤爆もなくしっかり役目を果たす弾は優秀上等…あの新入りはいい仕事をする。
こんな命懸けの航海は久々で、生きてまた家族に会えるかは自分達次第。この後ヘルブラウが援護してくれことを祈り、二人は砲撃を続けた。
旗艦から離れ行くヘルブラウへ、乗り込んだ仲間達が戻って来る。だが道を阻まれ殺られてしまったり、距離が足りず海に落ちる者もいて、止まることも助けることも出来ない状況にビアンカは顔を歪めた。
不意に目の前に人が降ってきて…盛大に甲板を転がったリンに皆が駆け寄る。
「大丈夫!?」「今のなんだ!?」
痛そうに顔を顰める彼の身体、巻き付いたままの飛び道具を見てスタンは顔色を変える。
「キースは!?なんでお前がこれを!」
「…親父は?どうしたんだ!?」
「…まだあっちに、残りやがった…!」
ビアンカやネロも事態を察する。リンは悔しそうな表情で、ただ首を振るしか出来なかった。
「冗談じゃねぇぞおい…おいッ、キース!なにしてんだ戻れ!!キースッ!!」
スタンが甲板を駆け船縁から身を乗り出し叫ぶ。離れた旗艦の甲板には彼の姿があり、何度呼ぼうとも届かずで。
「間に合わない!もう行くしかないよ!」
レイチェルがスタンを捕まえ、煙幕代わりの砲弾が放たれ旗艦が大きく揺れる。さらに針路の先のコバルトが砲撃し、待ち構える船隊が逃げるように道を開けていく。
「コバルト…誰が…!?」
「わかんねぇ、けど味方だ…!」
ネロは驚くリンを手伝い舵を切り、肩越しに旗艦を振り返り見て…お人好しな友の名を呟いた。
砲撃に遭い揺れる旗艦ではキースが暴れ続けていた。
剣を盗っては牽制し、銃弾代わりにナイフを投げ、隙を見て弾込めし引き鉄を引く。回転式銃は撃つ度に軋んで、しっかり狙っても照準がずれてしまい舌打ちをもらす。旗艦で戦っているのはもう自身とラッカムだけ…まだだ、もっと引き付けねぇと、
「止まれッエフライム!!」
「ッ"?!」
真横からハリソンが斬りかかってきて、咄嗟に銃身で受け止めてしまう。放った弾がハリソンの頭を掠め、剣は弾き返し、銃も無事…かと思いきや。
ヤベぇ──壊れた、完全に。
暴発はしてない、だが解る、わかっちまう、銃把がおかしい、割れた、やっちまった…
「まだッ!まだだぁ!!」
考えるより先に手が動き、持ち替え銃身を振りかぶりハリソンへ投げつける。
予想外の飛来物を彼はなんとか躱すが、続いて飛びかかってきたキースと一緒に甲板に倒れ、思いきり顔を殴られてしまう。
「万年・負け犬・マヌケやろッ!」
「!な、」
「テメェは一生!俺のケツ追いかけてなッ!」
おまけに侮蔑の言葉を吐かれ頭に血が上り、逃げたキースを追う。
キースは傷だらけの身体に鞭打ち、船尾へ向かった。
「…大したもんだな」
「捕縛しろ…!」
ジェラルドがラッカムを追い詰め剣を弾き飛ばす。手ぶらになってしまった大海賊は大人しく両手を挙げ、兵達に捕まった。
辺りを見回しもう一人を探す。逃げずに残ったキースは船尾でハリソンと剣を交えていて…狙いが解り焦る。
「ハリソン待て!」
呼び声が聞こえたがハリソンは構わずにキースを追い詰めていく。以前より速さが増したハリソンの剣筋をキースは捌くか避けるか防戦一方で、悪足掻きも時間の問題だった。
キースの背が何かにぶつかり身体が止まる。殺さぬ程度に…そう思いながら剣を振り上げるが、
「!?かじ、」
「こっちだアホ!」
キースがタイミングよく屈み、空を切った剣が背後の操舵輪を捉え深く食い込んでしまう。キースは滑るようにハリソンをすり抜け、彼が振り返った時には遅く懐に強烈な一打が入り、そのまま突き倒されてしまう。
「やめろ!!」「っ、ま"て!」
駆けつけたジェラルドとハリソンの声が重なる。止まるか馬鹿め、お前らの負けだ…
食い込んだ剣を蹴り体重で押し込める。舵から嫌な音がした。さらに持っていた剣も思い切り振りかぶり、
「くたばれックソがぁあッ!!」
フルスイングの一刀が舵輪を斬り砕き、勢いで折れた二本の刃が跳ね散る。
舵輪は縦と横二つの衝撃で割れ、半壊してしまった──
体当たりしてきたジェラルドに押さえ付けられ、満身創痍のキースは遂に捕まった。
離れ行く海賊船からの砲撃は止み、しかし死傷者は多く甲板のあちこちから呻き声が聞こえる。それでも旗艦の騒乱は漸く収束を迎えた……はずだった。
「………く、ふ…ははっ。あははははは!」
笑い声の主はキースで、彼は息を乱しながら笑っていた。
「何がおかしい…!?」
「ふ……て、メっ…テメェだよ!副指揮官、どのッ!」
間近に迫ったジェラルドの顔は眉間の皺がかなり深くなっていて、最高、面白い…キースは大粒の雨に打たれながら笑い続けた。
「この、アホが!っぅ"…引っかかったなテメェ!はぁ"、ッバカみてぇに…追い回してよぉ、あはっ、あははははッ!」
咳き込み血痰を吐きながら種明かし。
ジェラルドはまだわからないようだったが、勘づいたハリソンがキースの身体を探る。ポケットから出てきた紙を広げてみると、それは地図ではなく──キースとスタンが作った裏切り者候補のリストだった。
「…なんだこれは…地図は?!何処に、」
「お、まえらがッ、逃してくれた!!あの船だっバぁあアカ!!」
胸倉を掴んだハリソンへ怒鳴り返し、不機嫌顔を嘲笑う。あんたもよく引っかかってくれたな、ざまぁみろ…!
ジェラルドが慌てて船縁へ走る。それと同時に船隊の様子を窺っていた軍兵が声を上げ、
「後方、一隻炎上…うちです!やられてます!」
「ダメだ止められないッ…海賊船二隻、逃げます…!」
軍兵達が狼狽え、裏切り者達も顔色を変え声を荒げ、騒めきが起こる。
ブチりと、ジェラルドの中で音がした。この時ばかりは感情を顕にし、それだけでは収まらずハリソンを押し退け、指の骨を鳴らし握った拳をキースの顔に叩き込んだ。
「!がぁ"…」「ジェラルドッ、止せ!」
渾身の一撃は頭にまで響き、寝転がっているのに目の前がグラグラして…キースはそのまま意識を失った。
一足先に捕縛され甲板を引っ張られていたラッカムは、船尾でのやり取りを眺め喉を鳴らし笑い、振り返り、
「面白かったぜ、大頭」
「…テメェ、あとで覚えとけよ…!」
オーウェンは忌々しげに返し、父親の背中を蹴りつけた。
嵐の中、コバルト号とヘルブラウ号は船隊の間を抜け、見事逃げ果せる。ヘルブラウの怪我人は多く、生きて残ってしまった裏切り者や軍兵は荒れる海へ落とされた。
忙しない甲板でビアンカは一人動けず、遠く離れた旗艦を眺め…自身のポケットを探った。丁度お尻の位置にあるそれは、先ほど場違いにもキースが触った箇所で…
近くにいたスタンが彼女の持つ物を覗き見て、眉を寄せる。
ビアンカの掌には──ぐしゃぐしゃになった'アルムガルド王国領地図'と、それに包まれていた赤い石があった。
「砲撃準備!いつでもブッ放せるようにしとけ!」
「これやっぱ…無理あんだろっ」
「しのごの言ってっと殺すぞ!」
アジト、北側の入江、コバルト号甲板。
フランツ達は少ない人数ながら手早く出航準備をしていた。武器や弾薬は少なく、食糧など一つも無い。アジトの沖合いが予想通りかもわからず、フランツは内心焦っていた。
(間に合うか?変な風吹きやがって…やっぱ壁から…ダメだ、それじゃ…)
岩壁を奪還し砲撃することも考えたが、リスクが高い。艦船隊が揃っているなら島に残るのも危険だ。天気は敵側なのか朝日も拝めない曇天で、こんな状況で二隻を助け海へ逃げる…なんて案は、レスターの言う通り無理で無茶で、無謀だ。
「顔に出すな、シャキッとしろキャプテン」
帆のロープを張り終えたゼスがニヤりと笑った。こんな時でも笑える古参の彼に、実のところ縋り付きたい気分だ。
「どう思う…?」
「壁から撃ったら集中砲火、こっちが丸焦げだ。お前は間違っちゃいない。あとはやるだけ…なぁに、失敗しても死ぬだけさ」
最後は一際笑ってみせて、ゼスは錨を上げる仲間達を手伝いに行った。
「…そうだな。皆仲良く、死ぬだけ…!」
つられて笑ってしまい、ハッキリと口に出してみる。俗に言う貧乏くじかどうかはまだ決まっておらず、どの道死ぬなら派手に殺ってから、だ。
間もなくして錨が上がり、コバルトは荒れはじめた海へ出て行った。
時は戻り…キースが地図の在り処を白状していた時の、ヘルブラウでは。
「……!」
「バカ、見んな」
裏切り者達を睨み見るネロ、の背後。縛られた手元で何やら感触がし振り返ろうとするが、真横にピッタリとくっ付くスタンが目もくれず囁いたので、慌てて視線を戻す。
感触の正体はナイフ(キースに押し付けられた護身用だ)で、先に自由になったスタンによって少しずつだが縄が切られていく。周りの仲間達も気がつき、見張りに気づかれぬようさり気なく身体で囲い隠す。
ネロの縄が切れ他の仲間も…と思った矢先、
「!…おいおいおいおい」
旗艦から銃声がし何やら騒がしくなり、それがキースの仕業だとわかり思わず眉を寄せる。ヘルブラウからも見えた彼はかなり無謀で、下手をすれば殺されかねない状況だった。
「えぇい!何をしてるッ、捕まえろ!早くしろぉ!!」
不測の事態に旗艦は慌ただしくなり、ソロウが叫び指を差す。示す先は勿論キースと彼に捕まっているビアンカ。
「諦めろ<虎の眼>!逃げ場は無いぞ!」
軍兵達が剣を抜き斬りかかる。オーウェンが声を上げ裏切り者達も加勢する。だがキースは怯むことなく抵抗し、一人から剣を奪うと容赦なく振り、間近に迫った者を斬り伏せた。
「?!な…」「ッ…下がれ!」
ハリソンが異変に気づき、同じく勘づいたジェラルドが怒鳴り前に出る。そこにいるのは本来殺生をしない<虎の眼の盗賊>、ではなく…ビアンカも以前命を奪うことを躊躇わせた彼の変貌に驚いていた。
キースの剣がまた一人捉えるが、怯えた軍兵が放った銃弾が肩に当たり動きが鈍る。さらに数人が銃を構えるがハリソンが止めるよう声を上げ、キースは場違いにも笑いをもらした。
「キースッ!」
止めようとするビアンカを放し脚の革袋を探る。馬鹿共が、碌に調べもしねぇで残してくれて。もう日の出の時間だろうに、今朝は生憎の曇りで空は真っ暗。最高のコンディション…神様、今日だけは感謝します。
「やめて、キース!ねぇッ」
(「仲間は大切にしろよ。背中を預ける相手だ…それに、友達だからな」)
腹括れ、どの道お尋ね者だ。今俺はこいつらが仲間で、仕掛けてきたのはお前らで…だから殺り返す。いいよな……全部なにもかもッ、メチャクチャにしてやるッ!──
「どいつもこいつもよぉざけやがってッ、なぁ!おォいッ!」
ジェラルドがキースの眼前まで迫る。振り上げられた手の中には小さめの弾。また煙幕だと思い、構わず捕まえようと腕を伸ばす。
「言ってやるから!!働けッ'相棒'!!」
「!?ッ」「!!」「!マジか…」
叫びとともに振り落とした弾が弾け──広がったのは黒煙ではなく、眩しいどころではない強烈な光だった。
「!!が、わ"ぁあッ!?!」
「!く…ッ、なんだ?!」
ゼスから貰ったテオディア軍製閃光弾の威力は凄まじく(というか全弾を分量無視で一つに作り直したのだが)、旗艦にいた全員が悲鳴を上げ、顔を背けて痛々しげに目を瞑った。
「まさか…閃光弾!?」
「ッ…?ぁぐ…!」
戦時中に身に覚えがあったハリソンが声をもらす。間近で喰らったジェラルドは完全に視力を奪われその場に膝をついてしまい、聞こえた声に振り返ろうとするが、思いきり蹴っ飛ばされ甲板を転がった。
ヘルブラウにいた者達も眩さに目をやられ、遠くで待機中の船隊も突如現れた光に驚き、騒めいていた。
「っ……やば…」
ビアンカは恐る恐る目を開け辺りを見回した。
オーウェンもソロウも、皆目や顔を押さえ手探り状態で、近くではジェラルドが倒れていて…とにかくヤバいことになった。なにしたの??
(「相棒っつったら目瞑れ」)
先ほど囁かれた言葉。キースにしては珍しい相棒呼びはスタンと決めていた合言葉であり、(半ば強引だったが)決めた張本人も光を回避したようで、ヘルブラウでただ一人動き仲間達を解放していた。
「あっち戻れ、早く!」
「今の、なに!?それにさっきの、」
「いいから行け!」
またキースに引っ張られるが状況に付いていけず喚くビアンカ。キースは構わずに背中を押し、ヘルブラウへ続く橋へ追いやる。殆どがまだ目をやられていて阻む者はいない。
ビアンカが橋を渡ったのを見届け駆ける。向かう先は押さえ付けられたままのラッカムで、両目を瞑り混乱状態の兵達へ体当たりし散らす。同じく目を瞑っていたラッカムはニヤりと笑うと、何事もなかったように目を開けた。
「やるじゃねぇかクソガキ、見直した」
「…そりゃどうも!大海賊ならちょっとは動けるよなぁ?」
このクソジジィ、効いてねぇのか化け物か。つい思ってしまうが笑い返す。
「誰にモノ言ってやがる…!」
手を縛っていた縄を切ってやれば、老いぼれのはずの男はしっかりと立ち上がり、傍で転がったままの兵から剣を奪い取った。
ヘルブラウに戻ったビアンカはスタンを手伝い、仲間達の縄を解いていく。リンが無事か心配になり振り返るが、動けるようになった裏切り者が斬りかかってきて慌てて逃げ出した。
旗艦でも徐々に視力が回復していき、ソロウが何度も首を振り瞬きを繰り返す。やっと見えた目の前にはキースの姿があり、彼は自身の武器を取り戻すと不敵な笑みを浮かべ襲いかかってきた。
「!い"!やゃやめろッ…来るなぁあ!」
ソロウは悲鳴を上げ、あろうことか近くにいた軍兵を引っ張り盾代わりにして、その行動にキースは怒りが込み上げ、軍兵の胸にナイフを突き刺し払い退けると、逃げたソロウへ回転式銃の引き鉄を引いた。
「…ッ、将軍を、連れてけ!」
ジェラルドはフラつきながらも立ち上がり、まだ回復し切っていない目で状況を追いかけた。運良く被弾せずだったソロウ(キース相手に本当に運がいい)はただ邪魔でしかなく、兵達も察したのか取り乱す閣下を引っ張り庇い、船室に押し込めた。
キースはソロウを追うのは止め、軍兵や裏切り者を薙ぎ払い振り返ると、
「おい、デュレーさんよぉ!そんなに地図が欲しいか!?」
高らかに声を上げ、足元を探り腕を掲げてみせる。その手の中には小さく折り畳まれた紙があった。
「!」
「欲しいんだよなぁ!?なら捕まえてみせろよ!木偶の坊ッ!」
そう言って笑い、中指まで立てるキース。凶悪染みた笑顔に苛立ちを通り越し怒りが湧く…直後、ジェラルドが怒鳴り兵達に指示を出す。それは必ず生け捕れというもので、一緒に聞いていたキースは笑みを深めた。
オーウェンはキースとは別の影を追っていた。
正体はラッカムで、杖付きになって長いはずの父親は若返ったように甲板を動き回り、剣を振るい暴れていた。
「や、やダ来るなぁ!…がはッ」
また一人、裏切り者がラッカムに斬られ倒れる。兵達も同様で強い殺気を纏う大海賊に手も足も出ず、慄き退いてしまう。
「んだよ、これは…」
思わず舌打つ。キース、またあいつだ…暗号の時も今日も、何もかも邪魔しやがって…痛ぇじゃねぇか撃つことねぇだろそんなに死にてぇかッテメェらはぁ…ッ!
「オーウェン!どうする!?」
怒りの色が顕になる彼をジュリーが呼ぶ。オーウェンは血が滴る腕を押さえながらほくそ笑んだ。やり直し、もっかい捕まえりゃいい──
「ビアンカだ!!先にあいつ捕まえろ!!」
オーウェンの怒号はヘルブラウにも届き、裏切り者や軍兵がビアンカを追いかける。自由の身となった仲間達が阻み守ろうとするが、一人が抜け駆け彼女を捕まえてしまう。と、
「!リン!」
リンが割り込み相手を斬り伏せる。ビアンカは彼の赤黒く染まった胸元に顔を歪めた。
「リン!動いちゃダメだッ、怪我が、」
「大丈夫、死なねぇよ…親父を助ける、お前はこっちにいろ、いいな!」
心配する声を遮り、手を引き仲間に託す。リンは胸を押さえながら咳き込むが本当に大丈夫そうで、ネロが投げ渡してくれた自身の銃を掴み、天を仰いだ。
「…レイチェルッ、錨上げとけ!ただの時化じゃねぇ、嵐が…それに乗って逃げるぞ!」
そう言うとリンは橋板に上がり、ネロや仲間達と共に旗艦へ行ってしまった。
ビアンカも咄嗟に追いかけようとするが止められて、レイチェルは大混乱の状況に顔を顰めた。
「錨って、ちょっと…!もうッ、こんな状況で…ゎ、や…?!」
ヘルブラウに残る裏切り者達が執拗に襲ってきてキャプスタンまで辿り着けない。躓き倒れてしまった彼女に刃が迫るが…割り込んできたスタンに拳を叩き込まれ伸びてしまう。
「今はやるしかねぇ…!」
スタンはレイチェルと共に錨を上げに行くが、あっという間に白兵戦となった現状に苦虫を噛む。さっきよりはマシだ。けど俺だって旗艦に行きたい…
無茶を通してこの状況を作り出した相棒が、これ以上生き急がないか心配だった──
その頃…
まともな'装甲'があるのは旗艦のみで、より複雑な岩礁地帯に位置する一味アジトには近づけず、只管待機し続けている船隊では。
旗艦や海賊船の異変に気がついたはいいものの、兵達は遠眼鏡片手にまごつくばかりであった。
「どうなってる…??」
「信号弾への応答、ありません」
「失敗したんでしょうか?どうしましょう?」
四隻ある船の指揮官達は皆黙り込み、互いの船を窺う。何の装備も無く岩礁を進むのは困難だし、海図も閣下が持っていてしまい、何より現状が不明瞭だ…
最先端の船であり装備も充実しているが、経験の浅い彼らは指示が無ければどうすることも出来ず。文字通り指を咥えて見ているだけだった。
「はあぁ!!」
「!ぐはッ…」「く、来るなぁ!」
旗艦に乗り込んだリンが剣を振り、威力の高い水平二連銃を放ち、裏切り者を倒していく。軍兵もいて大混戦になってきた中で見間違うはずのない姿を見つけ追いかける。
リンに行手を塞がれたオーウェンはまた舌打ちをもらし、笑ってみせた。
「やっぱ一発じゃ死なねぇか…恐ろしいねぇ'赤毛'」
一番嫌いな言葉を聞きリンの心に火が付く。
「オーウェン…あんたが、どうして…!」
未だに信じられない。だがこれが現実で、兄と慕った男は…彼こそが裏切り者なのだ。
オーウェンが銃を抜こうとするがリンの剣のが早く邪魔をして、まともにやり合う気のないオーウェンは剣先を弾き返し、ラッカムを捕まえるべく甲板を駆けた。
義兄弟が追いかけっこする右舷。その反対側では、一際速い剣撃が続き火花が散っていた。
ぶつかる剣の主はジェラルドとキースで、兵達は加勢するこも出来ず目を見張る。我らが'剣聖'のが押している、が、<虎の眼の盗賊>は彼のスピードに付いてきて…というか、速さは互角なのだと気づき思わず傍観してしまう。
側からそのように見られているなど露知らず、キースは必死にジェラルドの剣を弾き、時折体術を混ぜ、容赦なく迫る刃に対抗していた。ピリピリと肌に伝わってくる気迫、パール基地の一戦など比ではない。こっちは久々の剣でしかも撃たれたってのに…気ぃ抜いたらヤベぇ、殺られる。
「…ぉお"、らあッ!」
沈み込んだと思った次の瞬間、二本になった剣が雷のように襲いかかってきた。
髪を振り乱し、二本目の剣を抜いたジェラルドは本気で、勢いも疾さも増していく。生け捕れとは言ったものの殺気たっぷりにキースへ斬りかかり、小賢しい脚に蹴り返されても強引に一歩踏み出し、もう一本を切り上げる。だがキースも来ると読んでいたのかもう一度蹴りを繰り出し、靴の仕込みナイフが旋風のように上がった剣とぶつかる。
「なに…!?」「…ぢィッ!」
バキン!と音がし破片が飛んだ。折れたのはキースのナイフのほうで、一撃は防げたものの思わず焦る。
(あ、ぶねッヤベ!脚まで持ってかれる…!)
思わず冷や汗をかき、反動でよろけながらも間合いを取り、また剣を構えるが、
「キースッ!…テメェがデュレーか!?」
丁度開いた二人の間にネロが割り込む。
オーウェンが呼んでいたこいつの名前。裏切りに対する怒りだけではなく、兄の仇を見つけネロの憎悪が増す。
「次から次へと、雑魚が…!!」
突如現れ斬りかかってきたネロにジェラルドは額に青筋立て、迎え撃ちながらも先ほどより殺気に満ちた剣を繰り出した。
「ネロ!やめろ、待てッ」
「ジェラルド!!」
マズい、ダメだ…自身は生捕りでもネロは違うと思い、止めるべく飛び込む。同じくハリソンが兵達を掻き分け前に出て銃を構える。剣先を躱したネロをキースが庇い、ジェラルドのもう一撃を受け止めた瞬間、ハリソンが三発連続で銃を放った。
「い"ッ、ぁ…!」「!う"ぐ…ッ」
二人に一発ずつ弾が当たり、互いに声を上げる。脇腹に当たったキースがよろめき後退り、右腕に当たったジェラルドもだらんと剣を下ろしてしまう……が、
ジェラルドの手がキースを捕まえ引き寄せ、まるで箒のように乱暴に扱い、彼ごと積荷やランプを薙ぎ払った。派手な音を立ててランプが割れ、ジェラルドは床に移った火目掛けキースを押し倒し、押さえ付けた彼の左腕のバンダナが燃え、火の勢いが増す。
「ん"!?う"ぅあぁッ!!」
絶叫するキース。熱さよりも痛みのが強く、暴れてもジェラルドの手は振り払えず、左腕はそのまま焼かれ焦げ臭さに余計顔が歪む。
「キース!!クソ…邪魔だ退けッ、キースッ!」
ネロが助けようとするが、ハリソンや軍兵に阻まれてしまう。
キースは漸くジェラルドから逃れ、無惨に焼かれた左腕を押さえ睨みつけた。
「こ、の"…テメェ…!」「……」
ジェラルドは黙ったまま甲板で燻る火を踏み消し、また剣を取る。今度こそキースを捕まえようとするが…船の揺れが大きくなり、軋音がしたほうへ目を向けると、
「!船が…逃げる気か?!」
真横のヘルブラウの錨が上がっていき、橋板を架けたまま動き出していた。さらに甲高い音とともに大きな揺れが旗艦を襲う。
「船首被弾!敵影です!」
軍兵の一人が声を上げる。指差された方角を見遣れば、島の北側から現れた船、コバルトがまた一発撃ち間近で水柱が上がった。
「あいつら!しくじりやがったなッ」
船尾でオーウェンが声をもらす。苛立ちが増し頭に血が上るが、斬りかかってきた'ごっこ'を返り討ちにし、怒鳴る。
「お宅らいんだからッ、後でどうにでも出来る!!こいつら先に捕まえろ!!」
それを聞いたジェラルドは眉間の皺を増やしたが…目の前で逃げようとしているヘルブラウに背を向け、いつの間にか姿を消したキースを追った。
キースは怪我を庇いながら剣とナイフを振り、時折銃を放ち逃げ回っていた。
反対側の舷からヘルブラウが離れて行き、橋板が音を立ててずれ海に落ちる。願ったりな状況だが頭は相変わらず煩く。さっきのでぶつけたのか鼻血まで出やがる。
(どうするどうする!?どうすんだ?!この状況ッ…間に合わねぇ!)
逃げるなら全員、こっちにいる奴ら皆。
そんなことを考えながら最後の一発を放ち薬莢屑を捨て、甲板を横断しネロを捕まえ、二人でマストまで走る。
「キースッ、怪我は、」
「先戻れ!リン達連れてく!」
「!な…ダメだ!っつかどうすんだ!?」
「なんとかする…ッ、行けって!!」
「キース!っ…クソ…!」
互いに剣を振りながらの会話。迫ってきた軍兵を思い切り蹴っ飛ばし、キースは飛び道具で宙に舞った。空を飛んだ友に驚き困惑する…なんで助けてくれる?何度も、怪我までして…
ネロは奥歯を噛み締め、ロープを掴むと反対側の留め具を壊し、巻き取られていくロープとともにメイントップまで上った。甲板の騒乱が遠くなる。キースが戦いながらリンとラッカムへ向かっていくのが見えた。
「ネロ!!急げ!!」
自身のようにマストへ上がった仲間に呼ばれる。此処に残ったらダメだ、生き残らなければ…生きなきゃ何も出来ない。
ネロは細いヤードを駆け、ヘルブラウに向かって思い切り跳んだ。
「わ"っ、や!や"めろぉ!」
裏切り者の一人をまた撃ち殺し道を切り開く。
リンはラッカムと共に戦っていた。オーウェンは他の奴が気を引いてる、今の内に親父を逃がさねぇと。板が外れちまった、早く上に、
「リン、お前先に行け」
「は…なに言ってんだッ!?親父も戻んだよ!一緒に!」
思いがけない言葉に振り返ればラッカムは笑っていて、鋭い眼に想いを込め訴えかけてきて…
「っ…その顔やめろよ!何考えて、ッ」
ラッカムの背後でオーウェンが銃を構え、咄嗟に引っ張り二人で屈み避ける。追撃すべく駆け寄るオーウェンだったが、キースに飛びかかられ甲板を転がってしまう。
「!キース……おい?おい、ちょ、なに、」
「暴れんなよお兄ちゃん…!」
助けてくれたキースについ顔が綻ぶが、彼は何故かリンに抱き付き、腰に何かを巻いて、
「??な、え…ッ、のぉあぁああ!?!」
ヘルブラウのマストへ向け飛び道具を発射させると、つられて飛んだのはリンの身体で、キャプテンである彼は見事旗艦を脱出した。
初めて飛び道具を見たラッカムは暢気に笑い、だが振り返りキースを睨み、
「お前もだ。この、」
「平気だ!マジで、これでいい!」
「……」
「貸しだぞ、覚えとけッ」
何やら察したラッカムはまた笑って、ぼそりと呟き剣を振った…ありがとだぁ?大海賊らしくねぇ台詞!このジジィは端から残る気で、それを汲んでもやったが、気に入らねぇ。
キースは顰め面で手早く弾込めし、また引き鉄を引いた。
「東に寄り過ぎるなよ、ぶつかる!」
「わかってるッ」
コバルトは荒れる波を進み、南東へ針路を取っていた。天気はどうやら時化以上のようで降り出した雨粒は大きく、中々言うことを利かない舵と格闘しながら、頭の海図を頼りに減速もせず岩礁地帯を突っ切っていく。
「このまま突っ込むぞ、前切り開く!」
ヘルブラウが動き出したとわかり、フランツが舵を切りながら声を上げる。目指すは動く気配のない船隊で、数では負けても地の利はこちらにあり、ヘルブラウの為にも強行突破を仕掛けようとしていた。
ヴァンが次の砲撃準備をするが、荒波の揺れで体勢を崩し、抱え持つ弾ごと転びそうになる。床板に打ちつけられそうになる寸前、誰かが支えてくれ、
「…レスター!」
「無駄にすんなよ、皆死んじまう…!」
それはレスターで、そのまま一緒に弾込めする。徐々に近づく船隊が砲撃してきて、波とは別の揺れが船を襲う。レスターはもう泣き言は言わず、導火線に火を点けた。
弾数は少ない、だが誤爆もなくしっかり役目を果たす弾は優秀上等…あの新入りはいい仕事をする。
こんな命懸けの航海は久々で、生きてまた家族に会えるかは自分達次第。この後ヘルブラウが援護してくれことを祈り、二人は砲撃を続けた。
旗艦から離れ行くヘルブラウへ、乗り込んだ仲間達が戻って来る。だが道を阻まれ殺られてしまったり、距離が足りず海に落ちる者もいて、止まることも助けることも出来ない状況にビアンカは顔を歪めた。
不意に目の前に人が降ってきて…盛大に甲板を転がったリンに皆が駆け寄る。
「大丈夫!?」「今のなんだ!?」
痛そうに顔を顰める彼の身体、巻き付いたままの飛び道具を見てスタンは顔色を変える。
「キースは!?なんでお前がこれを!」
「…親父は?どうしたんだ!?」
「…まだあっちに、残りやがった…!」
ビアンカやネロも事態を察する。リンは悔しそうな表情で、ただ首を振るしか出来なかった。
「冗談じゃねぇぞおい…おいッ、キース!なにしてんだ戻れ!!キースッ!!」
スタンが甲板を駆け船縁から身を乗り出し叫ぶ。離れた旗艦の甲板には彼の姿があり、何度呼ぼうとも届かずで。
「間に合わない!もう行くしかないよ!」
レイチェルがスタンを捕まえ、煙幕代わりの砲弾が放たれ旗艦が大きく揺れる。さらに針路の先のコバルトが砲撃し、待ち構える船隊が逃げるように道を開けていく。
「コバルト…誰が…!?」
「わかんねぇ、けど味方だ…!」
ネロは驚くリンを手伝い舵を切り、肩越しに旗艦を振り返り見て…お人好しな友の名を呟いた。
砲撃に遭い揺れる旗艦ではキースが暴れ続けていた。
剣を盗っては牽制し、銃弾代わりにナイフを投げ、隙を見て弾込めし引き鉄を引く。回転式銃は撃つ度に軋んで、しっかり狙っても照準がずれてしまい舌打ちをもらす。旗艦で戦っているのはもう自身とラッカムだけ…まだだ、もっと引き付けねぇと、
「止まれッエフライム!!」
「ッ"?!」
真横からハリソンが斬りかかってきて、咄嗟に銃身で受け止めてしまう。放った弾がハリソンの頭を掠め、剣は弾き返し、銃も無事…かと思いきや。
ヤベぇ──壊れた、完全に。
暴発はしてない、だが解る、わかっちまう、銃把がおかしい、割れた、やっちまった…
「まだッ!まだだぁ!!」
考えるより先に手が動き、持ち替え銃身を振りかぶりハリソンへ投げつける。
予想外の飛来物を彼はなんとか躱すが、続いて飛びかかってきたキースと一緒に甲板に倒れ、思いきり顔を殴られてしまう。
「万年・負け犬・マヌケやろッ!」
「!な、」
「テメェは一生!俺のケツ追いかけてなッ!」
おまけに侮蔑の言葉を吐かれ頭に血が上り、逃げたキースを追う。
キースは傷だらけの身体に鞭打ち、船尾へ向かった。
「…大したもんだな」
「捕縛しろ…!」
ジェラルドがラッカムを追い詰め剣を弾き飛ばす。手ぶらになってしまった大海賊は大人しく両手を挙げ、兵達に捕まった。
辺りを見回しもう一人を探す。逃げずに残ったキースは船尾でハリソンと剣を交えていて…狙いが解り焦る。
「ハリソン待て!」
呼び声が聞こえたがハリソンは構わずにキースを追い詰めていく。以前より速さが増したハリソンの剣筋をキースは捌くか避けるか防戦一方で、悪足掻きも時間の問題だった。
キースの背が何かにぶつかり身体が止まる。殺さぬ程度に…そう思いながら剣を振り上げるが、
「!?かじ、」
「こっちだアホ!」
キースがタイミングよく屈み、空を切った剣が背後の操舵輪を捉え深く食い込んでしまう。キースは滑るようにハリソンをすり抜け、彼が振り返った時には遅く懐に強烈な一打が入り、そのまま突き倒されてしまう。
「やめろ!!」「っ、ま"て!」
駆けつけたジェラルドとハリソンの声が重なる。止まるか馬鹿め、お前らの負けだ…
食い込んだ剣を蹴り体重で押し込める。舵から嫌な音がした。さらに持っていた剣も思い切り振りかぶり、
「くたばれックソがぁあッ!!」
フルスイングの一刀が舵輪を斬り砕き、勢いで折れた二本の刃が跳ね散る。
舵輪は縦と横二つの衝撃で割れ、半壊してしまった──
体当たりしてきたジェラルドに押さえ付けられ、満身創痍のキースは遂に捕まった。
離れ行く海賊船からの砲撃は止み、しかし死傷者は多く甲板のあちこちから呻き声が聞こえる。それでも旗艦の騒乱は漸く収束を迎えた……はずだった。
「………く、ふ…ははっ。あははははは!」
笑い声の主はキースで、彼は息を乱しながら笑っていた。
「何がおかしい…!?」
「ふ……て、メっ…テメェだよ!副指揮官、どのッ!」
間近に迫ったジェラルドの顔は眉間の皺がかなり深くなっていて、最高、面白い…キースは大粒の雨に打たれながら笑い続けた。
「この、アホが!っぅ"…引っかかったなテメェ!はぁ"、ッバカみてぇに…追い回してよぉ、あはっ、あははははッ!」
咳き込み血痰を吐きながら種明かし。
ジェラルドはまだわからないようだったが、勘づいたハリソンがキースの身体を探る。ポケットから出てきた紙を広げてみると、それは地図ではなく──キースとスタンが作った裏切り者候補のリストだった。
「…なんだこれは…地図は?!何処に、」
「お、まえらがッ、逃してくれた!!あの船だっバぁあアカ!!」
胸倉を掴んだハリソンへ怒鳴り返し、不機嫌顔を嘲笑う。あんたもよく引っかかってくれたな、ざまぁみろ…!
ジェラルドが慌てて船縁へ走る。それと同時に船隊の様子を窺っていた軍兵が声を上げ、
「後方、一隻炎上…うちです!やられてます!」
「ダメだ止められないッ…海賊船二隻、逃げます…!」
軍兵達が狼狽え、裏切り者達も顔色を変え声を荒げ、騒めきが起こる。
ブチりと、ジェラルドの中で音がした。この時ばかりは感情を顕にし、それだけでは収まらずハリソンを押し退け、指の骨を鳴らし握った拳をキースの顔に叩き込んだ。
「!がぁ"…」「ジェラルドッ、止せ!」
渾身の一撃は頭にまで響き、寝転がっているのに目の前がグラグラして…キースはそのまま意識を失った。
一足先に捕縛され甲板を引っ張られていたラッカムは、船尾でのやり取りを眺め喉を鳴らし笑い、振り返り、
「面白かったぜ、大頭」
「…テメェ、あとで覚えとけよ…!」
オーウェンは忌々しげに返し、父親の背中を蹴りつけた。
嵐の中、コバルト号とヘルブラウ号は船隊の間を抜け、見事逃げ果せる。ヘルブラウの怪我人は多く、生きて残ってしまった裏切り者や軍兵は荒れる海へ落とされた。
忙しない甲板でビアンカは一人動けず、遠く離れた旗艦を眺め…自身のポケットを探った。丁度お尻の位置にあるそれは、先ほど場違いにもキースが触った箇所で…
近くにいたスタンが彼女の持つ物を覗き見て、眉を寄せる。
ビアンカの掌には──ぐしゃぐしゃになった'アルムガルド王国領地図'と、それに包まれていた赤い石があった。
応援ありがとうございます!
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