3×歳(アラフォー)、奔放。

まる

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本編

家族。

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「東は聖女の補充、北は暫し拘留か」

本丸御殿、高官たちの会議の場は障子も閉めきられた中で執り行われる。
後藤は岩のような巨躯を畳の上に鎮座させ野太い腕を組んだ。

「大陸が目障りだな、そろそろ潰しに行くか」
「カハハ、ルーリー嬢もそろそろ飛び出してしまいそうですなあ」
「ちょろちょろ噛んできやがる。紫庵の野郎も何を企んでいるやらだ」

プラチナブロンドの美貌は柳眉を持ち上げる。一段上がった間で静かに座す光の君を横目に、ルーリーは艶やかな唇を噛みしめた。

「光の君よ、夢登も諸親も戻らん。どうするおつもりか?」
「うむ。紫庵は存ぜぬの一点張りよ、戦は避けたいがやむを得ぬか」
「一度小賢しい頭を潰すべきだ。私はいつでも出れる」
「ふむ」

姿勢良くも座した光の君は逡巡する。
紫庵は少しずつ手を出しながらも、待ちの姿勢を崩さなかった。まるでこちらから、痺れを切らし総攻撃を仕掛けるのを待っているかのように。
広大な大陸は開かれているものの、暗雲立ち込め内部は未だ謎に満ちていた。国は堅固な堀も囲いも持たず、それでも印者という不可解な存在が犇いている。
幾度かの視察も、毎度問題なしとの解。ただ、戻った兵たちは暫く大陸の瘴気に当てられ寝込むくらいだろうか。

互いに干渉せず。そこに均衡が保たれていたが、悠長に構えている時は終わりを迎えたのかもしれない。

「先ずは紫庵の言葉を、視察の戻りを待つ。闇雲に入るは悪手というものであろう」
「もう十分待った。あの野郎、余裕こいて遊んでいるだけだろうが」
「そうか。ルーリーよ、卿は引き続き準備を進めよ」
「御意に。だがいつ出る?」
「時期を待て。卿の強さは大陸を凌ぐ、だがこれは個の戦ではない」
「重々存じている。分かったよ、勝算をいくつも練ってからな」
「うむ。余りに情報が少ない。熟慮を持って、当たる」

渋々と引き下がるルーリーに、後藤は高らかに笑った。
男たちの中、その勇猛さで大将まで駆け上がった女傑は直情的だ。ただ獣を蹴散らすだけとは違うのだと諭す言葉も中々響きにくいが、不遜ながらも光の君には忠実だった。

「そういやフレディのおっさんは?呑気な色男もだ。あいつら何やってんだ」
「旦那なら、勝永に話があると言ってたかな。随分と避けられてたもんなあ」
「ハ、水入らずの戯れか。邪魔しに行ってやろうかな」
「よしてやっておくれやルーリー嬢。面白えから、覗きには行きたい所なんだがなあ」

ニタリと笑うルーリーを、平伏していた真田は渋い顔で見上げた。光の君を前に、誰も彼もが自由だ。毎度の事ながらも腑に落ちない忠臣は、恐れながらと漸く口を開いた。

「こちらから、お耳に入れたい事が一件」
「ふむ」
「例の箱の件ですが、中身は鏡。大陸の紋がございました」
「そうか。紫庵めか」
「は。扉となると。アルフォンスも一枚噛んでいる模様にて」
「雪妃か。何故関わるかあれも吐かぬな」
「研究所へ数名の監視のお許しを頂きたく」
「うむ。任せる」
「は。直ちに」

畳に頭を擦り付けんばかりの真田を、ガラスのような瞳は静かに見下ろした。大股に退室していく若者を見遣って、フッとルーリーは口元を綻ばせた。

「あの猿か、どいつもご執心だな」
「異界の者は何かしら影響を与えると聞くが、大陸はあれを使い何とするか」
「ううむ。跳ねっ返りとはいえ、脅威は見当たりませんがなあ」
「ふむ。念頭に入れるとして、今は大陸よな」
「御意に」

御殿の障子が開かれる。
吹き込む風に光の君は目を細めた。
色のない双眸は、白く抜けるような手元へと落とされた。長きに渡り煩わせてくれる大陸とその主。物思いに耽るいとまもなく、ただ刻々とその時は迫ってきていた。


***


雪妃は本丸の御殿の奥、光の君の居住区近くの一室で身を竦ませていた。
他の畳の部屋とは違い、木の床に黒い背表紙の本が沢山詰められた本棚や、重厚な広い机が置かれている。
座り心地の良さそうな大きな椅子に堂々と座るのはこの部屋の主、フレディ・ガルシア元帥だった。

(びょええ、おっかねえなあ…)

押し黙り守ノ内を見据えるフレディは、迫力のある美貌を静かにそこに佇ませている。
困ったように微笑んで、守ノ内はひとつ息を吐き噤んでいた口を開いた。

「お話しがあると聞き来たんです、何とか言ってくれませんかね」

威厳の塊を前にしても、いつもの調子の守ノ内に、こちらがハラハラしてしまう。何故自分もこの場に居るのか、混乱も混ざって雪妃は嫌な汗をかいてしまった。

「用がないなら戻りますよ」
「…待て、カツ」

上背のある守ノ内よりも更に高くフレディは立ち上がる。うへえと仰ぎ見て、雪妃はごつりと背の扉にぶつかった。

「用がないと来ないのか、おまえは」
「当然です、用があってもあまり来たくはないんですから」
「何て事を言うんだカツ、パパは泣いちゃうぞ」

はへえ?と雪妃は思わず口に出してしまった。じろりと見られ、妙な声を発した口を手で抑え込む。
苦笑して守ノ内は狼狽える威厳の塊を見上げた。

「勝手に泣いててください、戻りますよ」
「待て。話はおまえがあるはずだ」
「ありませんよ、失礼します」
「待て待て、ほら、おまえの好きなコーヒーを入れてやろう。青ラベル、わざわざ取り寄せたのだぞ」

いそいそと棚からコーヒー豆の袋を取り翳してみせる。ミルで丁寧に挽く後ろ姿は不思議と滑稽にも見えて、雪妃はぽかんと守ノ内を見上げた。

「パパ?勝永の?元帥さんが…?」
「先の戦争で拾われただけです。名ばかりの保護者ですよ」
「ははあ、そうなのか」
「飲んだら帰りますからね、その間に話とやらをしてくださいよ」

珍しくどこか刺のある雰囲気だった。
腕を引かれて硬いソファに共に腰かける。
フレディは布フィルターを濡らし絞り、器具をセットしていく。アルコールランプに火をつけてフラスコに湯を沸かせ、手慣れた手付きで粉を竹べらで攪拌し、砂時計をひっくり返す。
サイフォン式だあ、と滅多にお目にかかれない実験器具のようなそれを雪妃は感心したように眺めた。

「パパなのに、何でそんなツンケンしてるのさ」
「おや。してませんよ、普通です」
「そう?まさかのパパだったけど」
「昔から少し苦手なんです、殆ど顔も合わせてませんし」

苦い顔で手を握ってくる守ノ内は、そう仲の良くない父親を前にする年相応の若者らしくも見えて、何となくおかしくなってしまった。

(照れ臭いのもあるのかな、面白い)

繊細な装飾のコーヒーカップに香り高い液体が注がれていく。
威厳もどこかに飛んだフレディは得意げにもソーサーを置いて、期待に輝く目で素っ気ない義理の息子へと視線を向けた。

「どうだ、カツの為に特訓したのだぞ」
「こんなのに時間を割いてないで、仕事をして欲しいですね」
「こんなのとは何だ。おまえの喜ぶ顔を見たいぞ」
「そうですか。それで、話とは何です」

しゅんと縮こまるフレディはまるで小型犬のようだった。素知らぬ顔でカップに口を付ける守ノ内の横で、雪妃は顔を顰めてソーサーに戻す。高級品なのだろうが、最早ただの酷く苦い、良い香りのするお湯でしかなかった。

「話はおまえだカツ。婚約者だと?何故私に紹介しないのだ」
「あなたには関係がないからですよ」
「関係ありまくりだ。おまえが選んだ人に誤りはないだろうが、パパも挨拶したいぞ」
「不要です。式には一応呼んであげますから、それで満足しててくださいよ」
「ああ、おまえが婚姻とは。もうそんな年頃か、早いものだ」

ひしりと守ノ内を抱きしめるフレディは、怪訝とする顔にも構わずはらはらと涙を溢していた。

「離れてくださいよ、暑苦しいな」
「立派な男に育ってくれてパパは嬉しいぞ、カツ。大事に見守った甲斐もあった」
「私は、あなたの世話にはなってませんよ」
「何を言うか。不自由のないようどれだけ心を砕いたと思っているのだ」
「知りませんよ、そんなの」

ふうと息を吐いて守ノ内はコーヒーを飲み干した。

「話とはそれだけですかね。行きますよお嬢さん」
「お、おう。でも」
「良いんです。こうなるから会いたくなかったんですよ」
「カツ、待て。私から贈り物もあるぞ。揃って誕生日だっただろう」
「不要です。毎年毎年、邪魔になるでかいものを届けないでくださいよ」
「フッフ。そう言うと思って今年は控えた。どうだ、おまえたちの写真を元に家族の絵を描かせたぞ。良い記念になる」
「そうですか。荷物になるので、後で家にでも届けてください」

にこりとした守ノ内は無下もなく立ち上がり、目を瞬かせる雪妃の腕を引く。
他所様の事情に口を挟む訳にもいかず、雪妃は困惑しながら、悲しそうに眉を垂れたフレディへと会釈をした。

「カツ…」
「そんな顔されても困ります。では失礼しますよ」

急かすような腕が引っ張ってくる。
雪妃はむむと唸って逆に引っ張り返してやった。

「カツよ、そう冷たくしないで。パパなんでしょ」
「良いんです。大して世話にもなってないんです」
「でもさあ…」
「行きますよ」

力で勝てる訳もなく、雪妃は強引に抱え込まれて部屋を出た。閉まる扉の向こう、あれ程まで震えてしまった屈強な元帥の面影もなく、フレディの小型犬のような潤んだ瞳を認めた。

「怖いのかと思ったら、優しい人じゃないか」
「そうですかね。ベタベタと暑苦しいんですよ」
「冷たくあしらわれるよりは良いと思うけどなあ。何でそんな態度なの?」
「苦手なんです。漣さんならまだしも、あれに父親面される筋合いはありませんからね」
「おうおう、寂しい事言うでないよ」

向けられる微笑みもどこか浅く、雪妃は溜息を吐きながら手を握り返した。自分の兄も、夫も息子も、父親とはわりと親しく過ごしている姿しか知らないので、こうも壁を作るこの男の心境はまるで読めなかった。

(何かあったのかなあ…?でもほいほいと聞けるものでもないし)

ちらと元帥の執務室を振り返り、雪妃は肩を竦めるしかなかった。フレディは悲しそうに見えたし、お節介にならない程度には手を貸したいな、と思う。呑気だが頑固な面もあるこの男がどれだけ了承してくれるか、それは分からないけれども。

「余計な事は言えないけどさ。仲良くというか、いつも通りにしたら良いのに」
「そうですか。お嬢さんがそう言うなら、善処はしてみます」
「うむ…わたしも、勝永のパパなら仲良くしたいと思うよ」
「ふふ。パパですか、そうですね。戸籍上は家族になりますもんね」
「あ、いや、そういうのじゃなくてだね」
「お嬢さん、お気遣いありがとう。そんな所も愛してますよ」

微笑む顔に色々と濁された気もして、雪妃はそうですかいと渋面で答える。
廊下を行った先、障子の開いた謁見の間は既に空で、静かに風が吹き抜けていた。

「何の話だったのかな、祐は例の鏡の件を伝えたんでしょうが」
「ね、次の視察の話かな?」
「南東北と済んで、あとひとつですね。聖教会のある場所だと」
「ふむふむ。全部で五ヶ所なんだっけ」
「ええ。お嬢さんの居た西の、もう少し大陸寄りの地ですね。ほぼ大陸みたいなものですが」

番所の白服からの敬礼に微笑みを返し、守ノ内は空色の髪を靡かせた。
鳳凰門を潜ると厳めしい顔が待つ。
首を傾げながら歩み寄り、真田も並んで砂を蹴った。

「把握次第で、戦になる」

照りつける陽を睨みあげながら真田は呟いた。
戦か、と雪妃は息を飲んだ。学生時代の授業やニュース等でしか知らないそれは、あまりにも現実味がなかった。

「戦って、中枢の人と大陸の人がぶつかるって事だよね?」
「ああ。おまえは流石に留守番だぞ」
「そりゃあもう、何の役にも立たないでございましょうし」
「私も中枢に残ろうかな、お嬢さんとは離れられませんし」
「あのな、おまえは要なんだぞ」
「王様も残るでしょうし、ついでにそちらの守りにつきますよ」
「ついでと言うな、そっちがメインだ」

ごすりと肩を殴ってくる逞しい腕に、守ノ内は苦笑を返した。

「まあ、直ぐにではないでしょうし。先に視察ですかね」
「まあな。安羅石少将は兎も角、諸親の奴もどうしてやがるのか」
「もっちさんなら楽しくやってそうですよ。お土産持ってそのうち戻るでしょう」
「だと良いんだがな。あいつも毎度面倒抱えて戻るだろ」
「そうですね。女性関係ならまだしも、爆弾を抱えて来ないと良いんですが」

眉間にシワを刻む真田を微笑みが見遣る。困ったもんだね、と雪妃も渋く笑んでおいた。
二の丸をぐるっと回って佐官の居住区まで汗を滲ませ歩いた。またね、と手を振る雪妃を思い出したかのように真田は引き止める。

「おりょ、どしたのこれ」

一度玄関に引っ込んだ真田が無造作に放った束を、雪妃は目を丸くして受け取った。

「誕生日なんだろ、もらっとけ」
「おお…こりゃあどうも」

リボンのかけられた花束に、思わず苦笑してしまった。赤とピンクの薔薇が十七本どころか、もっと大量に纏められている。

「何だよ、食い物の方が良かったか」
「いえいえ、ありがとう。大事に飾るね」
「おう。それで、本当はいくつになるんだ」
「ホホ…うら若き十七よ、十七」
「喧しいわ、精々長生きでもしろ」
「おや祐、私にはないんです?」
「知らん。また酒を呑ましてやる」

じゃあなと屋敷に入ってしまう真田を微笑んで守ノ内は見送った。烟るような香りに包まれつつ、凄いねえと雪妃は花束を抱きしめた。

「案外マメだよね、祐くんは」
「ふふ。薔薇の花束とは、やってくれますね」
「ね。どんな顔して包んでもらったんだろね」

花屋で仁王立ちする厳めしい顔を想像して笑みも溢れた。
飾れる器があったかなあ、と嬉しそうに玄関に入る雪妃を、嘆息混じりに守ノ内は見下ろした。

「もう。薔薇を包んでもらうなんて、花屋に何と告げ頼んだのかな」
「おん?どしたの勝永」
「いえ。お嬢さん、花が好きですか」
「うん?そりゃあ好きですとも」
「そうですか。では私、毎日買ってきますね」
「いやいや、おうちがお花屋さんになってまうだよ」

苦笑して雪妃は守ノ内を振り返る。
いつものように微笑んだ顔は少し眉を寄せて、大事に抱え込んだ花束を奪い取った。

「お嬢さんは私のですよ」
「うむうむ。ほら、勝永にはさ、色んなものいっぱいもらってるんだから。気にせんでよかろうや」

返したまえよ、と手を差し伸べる雪妃に守ノ内は目を瞬かせた。相変わらずジリジリと鳴く虫の声が煩く耳朶を叩く。
ポイと玄関に花束を放って、守ノ内はうべえと声を上げる雪妃を抱きしめた。

「成る程、そうですよね」
「おおい、君ね。最近、力の込め具合が容赦なくない?」
「私のお嬢さんへの想い、しかと届いてましたか」
「へ?いや、想いというか物をね、色々と頂いておりますからね」
「ええ。安心しました。このまま惜しみなく愛を注ぎましょう」
「馬鹿者、やめんか。折れる、ワシの背骨ちゃんが」

ベシベシと背を叩いてもベアハッグ状態は緩まない。機嫌良く耳元で笑みを溢す、分かりやすくも不可解な空色の男の気が済むまで。雪妃は諦念に至る事にした。






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