1 / 34
01 三人でいるために
しおりを挟む
私の名前は倉田 涼音。歳は三十一歳。下着会社に勤めている。仕事はとても充実している。しかし、プライベートは地味な私だった。彼氏がいたのはもうずっと昔学生の頃。そんな私が、慰安旅行がきっかけで恋人が出来た。
彼氏の名前は、天野 悠司と岡本 聡司。
二人の男性と同時に付き合っている。慰安旅行で社内の一位、二位を争う男性二人と同時に関係を持ってしまったのだ。
こんな三人の関係はどうなのだろう? と、悩んだ事もある。だけど私は素直に自分の気持ちに従う事にした。どちらか一人では駄目。三人でいるから意味がある。
そうして私達は「三人で」の関係を続ける事にした。彼氏なしの私が彼氏が出来るどころか、まさかの三人! だなんて。実は今でも信じられない。
つまりいつも、三『ピィー』状態。コホン、伏せ字になっていなかったわ。ごめんなさい。
そしてこれは「三人」でいる為に、「二人きり」の恋人を演じた時の話。
◇◆◇
季節は短い秋から冬に変わっていた。少ししたら年末がやってくる。一年なんてあっという間に過ぎてしまう。先日のハロウィンなんてもう随分前の事の様だ。私はいつもの様に岡本のマンションを訪れていた。もちろん天野も一緒だ。
私達三人は週末、必ず岡本のマンションで過ごす。岡本のマンションはセキュリティも万全。一人暮らしなのに部屋がいくつもあり集まるには最適の場所だ。
ハイグレードのマンションは岡本がアメリカの大学生の頃に友達と興した会社で、一山当てたお金で購入したと言っていた。詳しくは聞いてはいないが、かなりの儲けらしい。
私と天野より年下の岡本は、実は人生の成功者なのだ。
細身で長身、実は脱いだらしっかり腹筋は割れている岡本。癖のない黒髪に黒縁眼鏡。眼鏡の奥にある瞳は切れ長で鋭い。それなのに、眼鏡を取ると高校生と見間違うほどの童顔だ。
しかしその正体は、五カ国語を操る超エリート。内面も外見も完璧に見える岡本は、引く手数多なのに女性と付き合った事がないとう驚きの人生を送っていた。しかし──経験だけは豊富……つまり体の関係だけは沢山あるという、わけの分からない男だった。そして何故か日本のアダルトビデオが大好き。その影響もあり、日本で就職を決意したのだとか。つまり残念な男なのだ。
残念な男である岡本だが、付き合う様になってから分かった事が一つある。生活する上で金銭面は全く問題ないのに、生活能力はほぼゼロ。掃除・洗濯・料理ほとんど出来ない。今までハウスキーパーさんに頼んでいたと言うけれども……仕事が出来る男なだけに、ますます残念さが増してしまう。
そんな岡本と対照的なのが天野だった。
掃除・洗濯・料理は何故かプロ並み。週末のディナーは私の楽しみの一つだった。そう、天野は家庭的な男性なのだ。
見事な逆三角形の体型。美しい体つきはスーツの上からも想像出来てしまう天野。プロのサーファーを目指していただけに、日焼けした肌は輝いている。くせ毛風のパーマをあてた髪型はいつも程よくルーズだけど品がある。甘いマスクの遊び人風だが、誰にでも優しくて頼りになる男だ。きっとその優しさはプロのサーファーになる為に、世界の海を渡り歩いてきたというハードな生活の中培われたものだろう。精神的に成熟していて頼りになる男。しかし──世界中の女性と付き合ってきたプレイボーイという男だった。天野は残念な事に、付き合っても何故か長続きしない男だった。女性に優しいけれども、天野自身を満たす女性は今まで現れなかったのだろう。
そんな私達三人は、金曜日から日曜日まで何処へ行くのも一緒だ。ハロウィンの時には泊まりで刺激的な仮装パーティーに参加した。あの痴態を思い出すと、体が熱くなってくる。
三人で付き合っている事は秘密だから気をつけなくてはいけない。私達自身は三人で付き合う事に納得しているけれども、公にはさすがに言えない。だからこの関係はずっと秘密にしていかなくてはいけないのだ。
──そう、たとえ家族だとしても。
◇◆◇
「それにしても寒い一日だったわね。お鍋にして大正解ね」
食事が終わり、私はラグの上に座りながら膝掛けを引き上げる。暖まった部屋からベランダへ視線を向ける。
外は静かに雨が降っていた。もしかすると雪に変わるかもしれない。そうなると明日の朝は雪化粧だろうか。そんな事を私は考えていた。
いつもならこんな私の呟きに反応してくれる二人の恋人──天野と岡本だが、二人は空っぽになったお鍋に視線を移したまま大きな溜め息をついた。
「「はぁ~」」
今日は二人とも様子がおかしい。
仕事は問題なくこなしていたが、プライベートの時間になった途端溜め息ばかりだ。あまりにもぼんやりしすぎて、天野と岡本は鍋に得体の知れない食材を入れそうになって、闇鍋になるかと思ったぐらいだ。
「そんなに何度も溜め息をついて。何か悩み事?」
私は首を傾げて尋ねると、天野と岡本は肩をそれぞれピクリと動かした。それから二人は私の顔を見て口を開く。
「悩み事っていうほどのものじゃないんだけどな」
天野がニットの腕をまくりながら、テーブルの上を片付け始める。日焼けした逞しい腕が覗く。節々がはっきりしている大きな手がテーブルの上に散らばったお皿を丁寧に重ねていく。
「少し困った事になっているんですよ」
ネルシャツの腕のボタンを外しまくり上げた岡本は、天野が片付けた後を追いかけてテーブルの上を布巾で拭いていく。シャツの下から、色白でも男性らしい腕が見えた。
「二人とも同じ悩み事なの? 私で良ければ相談に乗るわよ」
私は首を傾げ腰を上げ、空になったお鍋を持つ。
どうやら天野と岡本の悩み事はそれぞれ同じらしい。
私は立ち上がった瞬間、高く結い上げた髪の毛がはらりと一房首の後ろに垂れた。大分伸びた髪の毛だけど、高く結うとどうしても後れ毛が落ちてくる。落ちた髪の毛を見つめながら、天野がぽつりと呟いた。
「実はさ、家族に週末会いたいって言われてるんだわ。だけど週末はいつもここに来ているから、何度か断る事があって。そうした今日メールで『週末いつも家にいないけど、一体何をしているんだ』って怒りはじめてしまって。挙げ句の果てに『恋人が出来たんだろ』って言われて……まー当たってるんだけどよ」
ブラウンの優しい色をした瞳が細くなる。その視線が伏せられて、困っているのが分かった。
「家族って」
週末いつも岡本の家に出かけている事で、天野の生活に違いが出た事に気がついたのだろう。週末いつもいないとなれば、もしかしたら恋人が出来たと考えるだろう。
成人している天野だけど、家族としては気になるだろう。紹介ぐらいして欲しいと思うはずだ。
そんな天野の言葉を聞いて岡本も続ける。
「実は僕もなんです。最近、仕事で頻繁に来日する家族に『週末に会いたい』と言われていて。何回か断ったせいで『何故なのか理由を言え』と怒ってしまって。挙げ句の果てに『そんなに隠さないといけない誰かと付き合い始めたのか?!』と言いす始末で」
黒縁眼鏡の奥で、切れ長の瞳を伏せて肩を下げた。その肩の下がり方からかなり堪えているのが分かった。
それはそうだろう。岡本の家族だって同じ様に紹介して欲しいと思うはず。むしろ隠していると何かあるのかと勘ぐられるだろう。
「駄目じゃないの。会いたいって言ってる家族に会う事を優先しなきゃ。誤解される程断っていたって事なの? 簡単に会えないのに」
私は鍋を持ったまま驚いて声を上げる。
天野の家族は海に近い静かな場所で暮らしていると聞いている。日本に住んでいるけれども、天野が住んでいる中心部からは離れた場所だ。直ぐに会いに行ける距離ではないはずだ。
岡本に限ってはアメリカ育ちなので、家族はアメリカにいる。天野よりもっと遠い距離に住んでいるのだから、そう簡単に会えるわけではない。
そこで私は不安に似た思いがよぎった。
もしかして天野と岡本は、三人で付き合っている事を家族に言いづらいのかもしれない。かたくなに会う事を避けようと、隠そうとしていたのかも……私だって自分の家族に恋人の事を聞かれたら返答に困ると思う。
別に後ろめたいわけじゃないけど──この三人の関係を、理解して貰うには時間がかかると思う。
そんな事を考えて落ち込んだけれども、天野と岡本は首を左右にゆっくりと振る。
「それが違うんだ。俺に関してはそんなに離れていない。近くに住んでいる家族なんだ」
「そうなんですよ。僕の家族も、仕事で日本に長期間滞在しているんです」
身長百八十を超える二人が立ち上がり、私の左右に立つ。私自身背丈は高いが、天野と岡本の二人に挟まれると迫力がある。
私は二人の顔を見上げながら、信じられないと反論する。
「だけど『会いたい』って言うんだから。そこは会うべきでしょ」
何故、会う事を拒否するのか?
それは『三人で付き合う事を言えないから』よね──そう言おうと思ったけど、何となく出来なかった。
彼氏の名前は、天野 悠司と岡本 聡司。
二人の男性と同時に付き合っている。慰安旅行で社内の一位、二位を争う男性二人と同時に関係を持ってしまったのだ。
こんな三人の関係はどうなのだろう? と、悩んだ事もある。だけど私は素直に自分の気持ちに従う事にした。どちらか一人では駄目。三人でいるから意味がある。
そうして私達は「三人で」の関係を続ける事にした。彼氏なしの私が彼氏が出来るどころか、まさかの三人! だなんて。実は今でも信じられない。
つまりいつも、三『ピィー』状態。コホン、伏せ字になっていなかったわ。ごめんなさい。
そしてこれは「三人」でいる為に、「二人きり」の恋人を演じた時の話。
◇◆◇
季節は短い秋から冬に変わっていた。少ししたら年末がやってくる。一年なんてあっという間に過ぎてしまう。先日のハロウィンなんてもう随分前の事の様だ。私はいつもの様に岡本のマンションを訪れていた。もちろん天野も一緒だ。
私達三人は週末、必ず岡本のマンションで過ごす。岡本のマンションはセキュリティも万全。一人暮らしなのに部屋がいくつもあり集まるには最適の場所だ。
ハイグレードのマンションは岡本がアメリカの大学生の頃に友達と興した会社で、一山当てたお金で購入したと言っていた。詳しくは聞いてはいないが、かなりの儲けらしい。
私と天野より年下の岡本は、実は人生の成功者なのだ。
細身で長身、実は脱いだらしっかり腹筋は割れている岡本。癖のない黒髪に黒縁眼鏡。眼鏡の奥にある瞳は切れ長で鋭い。それなのに、眼鏡を取ると高校生と見間違うほどの童顔だ。
しかしその正体は、五カ国語を操る超エリート。内面も外見も完璧に見える岡本は、引く手数多なのに女性と付き合った事がないとう驚きの人生を送っていた。しかし──経験だけは豊富……つまり体の関係だけは沢山あるという、わけの分からない男だった。そして何故か日本のアダルトビデオが大好き。その影響もあり、日本で就職を決意したのだとか。つまり残念な男なのだ。
残念な男である岡本だが、付き合う様になってから分かった事が一つある。生活する上で金銭面は全く問題ないのに、生活能力はほぼゼロ。掃除・洗濯・料理ほとんど出来ない。今までハウスキーパーさんに頼んでいたと言うけれども……仕事が出来る男なだけに、ますます残念さが増してしまう。
そんな岡本と対照的なのが天野だった。
掃除・洗濯・料理は何故かプロ並み。週末のディナーは私の楽しみの一つだった。そう、天野は家庭的な男性なのだ。
見事な逆三角形の体型。美しい体つきはスーツの上からも想像出来てしまう天野。プロのサーファーを目指していただけに、日焼けした肌は輝いている。くせ毛風のパーマをあてた髪型はいつも程よくルーズだけど品がある。甘いマスクの遊び人風だが、誰にでも優しくて頼りになる男だ。きっとその優しさはプロのサーファーになる為に、世界の海を渡り歩いてきたというハードな生活の中培われたものだろう。精神的に成熟していて頼りになる男。しかし──世界中の女性と付き合ってきたプレイボーイという男だった。天野は残念な事に、付き合っても何故か長続きしない男だった。女性に優しいけれども、天野自身を満たす女性は今まで現れなかったのだろう。
そんな私達三人は、金曜日から日曜日まで何処へ行くのも一緒だ。ハロウィンの時には泊まりで刺激的な仮装パーティーに参加した。あの痴態を思い出すと、体が熱くなってくる。
三人で付き合っている事は秘密だから気をつけなくてはいけない。私達自身は三人で付き合う事に納得しているけれども、公にはさすがに言えない。だからこの関係はずっと秘密にしていかなくてはいけないのだ。
──そう、たとえ家族だとしても。
◇◆◇
「それにしても寒い一日だったわね。お鍋にして大正解ね」
食事が終わり、私はラグの上に座りながら膝掛けを引き上げる。暖まった部屋からベランダへ視線を向ける。
外は静かに雨が降っていた。もしかすると雪に変わるかもしれない。そうなると明日の朝は雪化粧だろうか。そんな事を私は考えていた。
いつもならこんな私の呟きに反応してくれる二人の恋人──天野と岡本だが、二人は空っぽになったお鍋に視線を移したまま大きな溜め息をついた。
「「はぁ~」」
今日は二人とも様子がおかしい。
仕事は問題なくこなしていたが、プライベートの時間になった途端溜め息ばかりだ。あまりにもぼんやりしすぎて、天野と岡本は鍋に得体の知れない食材を入れそうになって、闇鍋になるかと思ったぐらいだ。
「そんなに何度も溜め息をついて。何か悩み事?」
私は首を傾げて尋ねると、天野と岡本は肩をそれぞれピクリと動かした。それから二人は私の顔を見て口を開く。
「悩み事っていうほどのものじゃないんだけどな」
天野がニットの腕をまくりながら、テーブルの上を片付け始める。日焼けした逞しい腕が覗く。節々がはっきりしている大きな手がテーブルの上に散らばったお皿を丁寧に重ねていく。
「少し困った事になっているんですよ」
ネルシャツの腕のボタンを外しまくり上げた岡本は、天野が片付けた後を追いかけてテーブルの上を布巾で拭いていく。シャツの下から、色白でも男性らしい腕が見えた。
「二人とも同じ悩み事なの? 私で良ければ相談に乗るわよ」
私は首を傾げ腰を上げ、空になったお鍋を持つ。
どうやら天野と岡本の悩み事はそれぞれ同じらしい。
私は立ち上がった瞬間、高く結い上げた髪の毛がはらりと一房首の後ろに垂れた。大分伸びた髪の毛だけど、高く結うとどうしても後れ毛が落ちてくる。落ちた髪の毛を見つめながら、天野がぽつりと呟いた。
「実はさ、家族に週末会いたいって言われてるんだわ。だけど週末はいつもここに来ているから、何度か断る事があって。そうした今日メールで『週末いつも家にいないけど、一体何をしているんだ』って怒りはじめてしまって。挙げ句の果てに『恋人が出来たんだろ』って言われて……まー当たってるんだけどよ」
ブラウンの優しい色をした瞳が細くなる。その視線が伏せられて、困っているのが分かった。
「家族って」
週末いつも岡本の家に出かけている事で、天野の生活に違いが出た事に気がついたのだろう。週末いつもいないとなれば、もしかしたら恋人が出来たと考えるだろう。
成人している天野だけど、家族としては気になるだろう。紹介ぐらいして欲しいと思うはずだ。
そんな天野の言葉を聞いて岡本も続ける。
「実は僕もなんです。最近、仕事で頻繁に来日する家族に『週末に会いたい』と言われていて。何回か断ったせいで『何故なのか理由を言え』と怒ってしまって。挙げ句の果てに『そんなに隠さないといけない誰かと付き合い始めたのか?!』と言いす始末で」
黒縁眼鏡の奥で、切れ長の瞳を伏せて肩を下げた。その肩の下がり方からかなり堪えているのが分かった。
それはそうだろう。岡本の家族だって同じ様に紹介して欲しいと思うはず。むしろ隠していると何かあるのかと勘ぐられるだろう。
「駄目じゃないの。会いたいって言ってる家族に会う事を優先しなきゃ。誤解される程断っていたって事なの? 簡単に会えないのに」
私は鍋を持ったまま驚いて声を上げる。
天野の家族は海に近い静かな場所で暮らしていると聞いている。日本に住んでいるけれども、天野が住んでいる中心部からは離れた場所だ。直ぐに会いに行ける距離ではないはずだ。
岡本に限ってはアメリカ育ちなので、家族はアメリカにいる。天野よりもっと遠い距離に住んでいるのだから、そう簡単に会えるわけではない。
そこで私は不安に似た思いがよぎった。
もしかして天野と岡本は、三人で付き合っている事を家族に言いづらいのかもしれない。かたくなに会う事を避けようと、隠そうとしていたのかも……私だって自分の家族に恋人の事を聞かれたら返答に困ると思う。
別に後ろめたいわけじゃないけど──この三人の関係を、理解して貰うには時間がかかると思う。
そんな事を考えて落ち込んだけれども、天野と岡本は首を左右にゆっくりと振る。
「それが違うんだ。俺に関してはそんなに離れていない。近くに住んでいる家族なんだ」
「そうなんですよ。僕の家族も、仕事で日本に長期間滞在しているんです」
身長百八十を超える二人が立ち上がり、私の左右に立つ。私自身背丈は高いが、天野と岡本の二人に挟まれると迫力がある。
私は二人の顔を見上げながら、信じられないと反論する。
「だけど『会いたい』って言うんだから。そこは会うべきでしょ」
何故、会う事を拒否するのか?
それは『三人で付き合う事を言えないから』よね──そう言おうと思ったけど、何となく出来なかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
373
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる