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第一章 定食屋で育って
市場調査 1
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日曜日ーー。
私とナツさんは、とある人気コーヒーショップ前で行列に並んでいる。
列に並ぶほとんどが20代~30代くらいの男女2人組で、デートで来る店なのかなあという感じ。
傍から見て、私とナツさんはどんな風に見えるんだろう。
「1.5時間制かあ……なかなか捌けないと思いません? この人数」
「まあでも、時間としてはそのくらいが妥当でしょうね」
うん、同僚か先輩後輩といった感じだな。
他のカップルに比べて、明らかに私たちの間には距離がある。
私が市場調査に行きたいと告げると、ナツさんは興奮気味に賛成してくれた。どうやら男性一人では行きづらい店もあるようで、そういった店を是非一緒に回りませんかと言われてしまった。
うーん……彼女さんとか、いないのだろうか。
ナツさん、元有名人みたいだし、見た目も悪くないし、優しそうだし。
この間お店に来ていた美人さんとか、親しそうだったけどなあ。
「これ、下手すると1時間程度待ちますかねえ。利津さん、大丈夫ですか?」
「私、普段から立ち仕事なので全然平気です」
ナツさんは「お休みの日にまですいません」と謝りながら、「このお店のプリンが一度食べてみたくて」と付け加えた。
プリン……。まさか、この行列、プリン行列なのだろうか。
にわかには信じがたい。お店でプリンを食べるために、1時間も並ぶのか。
私には、飲食店に並ぶという習慣すらない。
「そういえば、ナツさんのお店ってガトーショコラだけは最初からメニューにあったじゃないですか? どうしてですか?」
「ああ、あのガトーショコラ、簡単なんですけど昔から評判良くて。実は僕、スイーツ男子っていうか、スイーツ作るのが結構得意で」
「待って待って、情報が多い……」
ナツさんは、もともとスイーツ作りが得意だったと。で、お店のガトーショコラは昔から評判が良かったものを出している、と。
「スイーツは、基本的に実験と同じですからね。基本に忠実に、正確にやれば絶対に美味しくできます」
「……実は私、苦手なんです、お菓子作り」
「まあ、料理とはまた勝手が違いますよね」
確かに、料理とお菓子は似ているようで違う。
お菓子は素材の特徴を正確に引き出して化学変化を起こさせるようなところがあるから、ちょっとした分量の違いが致命傷になり得る。料理にはそういう部分は少ない。もちろん、料理だってひとつひとつのコツが科学の結晶ではあるけれども。
「お菓子作りが得意だから、コーヒーショップなんですか?」
「ああ、それだけじゃないんですけど……。でも、食のことをやろうと思った時に料理はダメだし、お菓子も趣味程度だし、と思ったら……コーヒーショップならクリエイティブで挑戦できるって気付いたんですよね」
「なるほど」
理屈が、仕事ができる人のそれだ。自分の長所や能力を熟知している。
……ああなんか、住む世界が違うなあ。
ナツさんは、私が何事も成し遂げられないような人間だと知ったら、何て言うだろう。
あの下町ではかろうじて居場所があるけれど、本当は何もできない。
たまたま隣になった店のよしみで、ナツさんとこうして一緒にいる。
だけど本来、私たちの間には共通点など何もない。
新メニューの市場調査なんて言ったけど、役に立てる自信はなかった。
*
「さて、利津さん……」
「はい……」
「店内のお客さんは、ほぼプリン目当てという感じでしょうか」
「女性は……」
私たちはメニューを睨みながら、時折客席を眺めてコッソリと報告し合う。
2人でキョロキョロしていると、明らかにおかしいのでこうすることに決めたのだ。
「ナツさんの席からは、いかがでしょうか?」
「女性同士の席は、もう撮影大会ですね」
「なるほど、SNS用の……」
これはもう、納得としか言いようがない。
お店のプリンは高台のついた銀色のレトロなデザート皿に盛りつけられ、カラメルの上からぼってりとしたクリーム、そしてその上に苺とミントの葉が乗っていて可愛らしい。
写真を撮らずにいられない見た目をしているし、こうやって撮影をしたものがSNSに上がるから、それを見た新しいお客さんが来るのだろう。
私もナツさんもプリンをひとつずつ、ナツさんはカフェオレを、私はブレンドコーヒーを注文した。
「研究のため、ブレンドコーヒーにしましたよ」
「プロ意識。僕は、このお店のカフェオレが気になっていて」
そんな話をしながら待っていると、比較的すぐに注文した品物が運ばれてきた。
「うわわわー。可愛いプリンですね!」
私の中の、残りかけの乙女心がくすぐられる。
何度も周りの人の席で見たというのに、目の前に現れたのを見て不覚にもときめいてしまった。
「すいません、撮影しても大丈夫ですか?」
ナツさんは、店員さんに撮影許可を取っている。「どうぞ、SNSに上げていただいても構いませんので」と笑顔で答えてくれた。
「周りの人が堂々と写真を撮っているのに、許可を取るんですね?」
「一応、礼儀ですからね。無言で撮影されるのって、お店側からするとちょっと『ん?』って思う事があるんですよ。意外に」
「うちのお店はそういうお客さんがほとんど来ないからなあ……」
「音も立ちますしね。でも、ひとことでも声をかけられるだけで、自然と気にならなくなるもので。だから、僕もそうしています」
ナツさんはそう言って携帯電話のカメラ機能でプリンとカフェオレを撮影した。
気になっていたというカフェオレは、まるでワイングラスのような形をしたグラスに、温かいカフェオレが2層になって入っている。
ミルクの層とコーヒーの層が混ざっていない。
「やっぱり、演出の巧いお店ですね」
ナツさんは2層になっているカフェオレを混ぜながら、その色が薄茶色になって行くのを眺めていた。
私は、そちらを少し気にしながらもブレンドコーヒーを飲む。
「ん。ブラジルベースで、無難な味です」
「無難って」
吹き出しているナツさんと目が合って、「じゃあ、プリンをいただいてみますか」と声をかけられる。
そうだそうだ、市場調査……。「じゃあ」と返事をする。
銀色のアイスクリームスプーンが置かれていたから、それを使ってプリンをすくおうとしたところ……。
「……」
「……硬い」
プリンにしては手ごたえがありすぎて、ナツさんと私は同じ感想に笑った。
口に含んだプリンは甘さが控え目で、クリームと一緒に食べるとようやく甘みを感じる。
「なんか卵感がすごくないですか?」
「茶わん蒸しより卵ーって感じですね」
私たちはそう言ってくすくすと笑っている。
途中から何が面白いのか分からなくなりながら、ナツさんと私は店を出るまでの間で何度も笑ってしまっていた。
私とナツさんは、とある人気コーヒーショップ前で行列に並んでいる。
列に並ぶほとんどが20代~30代くらいの男女2人組で、デートで来る店なのかなあという感じ。
傍から見て、私とナツさんはどんな風に見えるんだろう。
「1.5時間制かあ……なかなか捌けないと思いません? この人数」
「まあでも、時間としてはそのくらいが妥当でしょうね」
うん、同僚か先輩後輩といった感じだな。
他のカップルに比べて、明らかに私たちの間には距離がある。
私が市場調査に行きたいと告げると、ナツさんは興奮気味に賛成してくれた。どうやら男性一人では行きづらい店もあるようで、そういった店を是非一緒に回りませんかと言われてしまった。
うーん……彼女さんとか、いないのだろうか。
ナツさん、元有名人みたいだし、見た目も悪くないし、優しそうだし。
この間お店に来ていた美人さんとか、親しそうだったけどなあ。
「これ、下手すると1時間程度待ちますかねえ。利津さん、大丈夫ですか?」
「私、普段から立ち仕事なので全然平気です」
ナツさんは「お休みの日にまですいません」と謝りながら、「このお店のプリンが一度食べてみたくて」と付け加えた。
プリン……。まさか、この行列、プリン行列なのだろうか。
にわかには信じがたい。お店でプリンを食べるために、1時間も並ぶのか。
私には、飲食店に並ぶという習慣すらない。
「そういえば、ナツさんのお店ってガトーショコラだけは最初からメニューにあったじゃないですか? どうしてですか?」
「ああ、あのガトーショコラ、簡単なんですけど昔から評判良くて。実は僕、スイーツ男子っていうか、スイーツ作るのが結構得意で」
「待って待って、情報が多い……」
ナツさんは、もともとスイーツ作りが得意だったと。で、お店のガトーショコラは昔から評判が良かったものを出している、と。
「スイーツは、基本的に実験と同じですからね。基本に忠実に、正確にやれば絶対に美味しくできます」
「……実は私、苦手なんです、お菓子作り」
「まあ、料理とはまた勝手が違いますよね」
確かに、料理とお菓子は似ているようで違う。
お菓子は素材の特徴を正確に引き出して化学変化を起こさせるようなところがあるから、ちょっとした分量の違いが致命傷になり得る。料理にはそういう部分は少ない。もちろん、料理だってひとつひとつのコツが科学の結晶ではあるけれども。
「お菓子作りが得意だから、コーヒーショップなんですか?」
「ああ、それだけじゃないんですけど……。でも、食のことをやろうと思った時に料理はダメだし、お菓子も趣味程度だし、と思ったら……コーヒーショップならクリエイティブで挑戦できるって気付いたんですよね」
「なるほど」
理屈が、仕事ができる人のそれだ。自分の長所や能力を熟知している。
……ああなんか、住む世界が違うなあ。
ナツさんは、私が何事も成し遂げられないような人間だと知ったら、何て言うだろう。
あの下町ではかろうじて居場所があるけれど、本当は何もできない。
たまたま隣になった店のよしみで、ナツさんとこうして一緒にいる。
だけど本来、私たちの間には共通点など何もない。
新メニューの市場調査なんて言ったけど、役に立てる自信はなかった。
*
「さて、利津さん……」
「はい……」
「店内のお客さんは、ほぼプリン目当てという感じでしょうか」
「女性は……」
私たちはメニューを睨みながら、時折客席を眺めてコッソリと報告し合う。
2人でキョロキョロしていると、明らかにおかしいのでこうすることに決めたのだ。
「ナツさんの席からは、いかがでしょうか?」
「女性同士の席は、もう撮影大会ですね」
「なるほど、SNS用の……」
これはもう、納得としか言いようがない。
お店のプリンは高台のついた銀色のレトロなデザート皿に盛りつけられ、カラメルの上からぼってりとしたクリーム、そしてその上に苺とミントの葉が乗っていて可愛らしい。
写真を撮らずにいられない見た目をしているし、こうやって撮影をしたものがSNSに上がるから、それを見た新しいお客さんが来るのだろう。
私もナツさんもプリンをひとつずつ、ナツさんはカフェオレを、私はブレンドコーヒーを注文した。
「研究のため、ブレンドコーヒーにしましたよ」
「プロ意識。僕は、このお店のカフェオレが気になっていて」
そんな話をしながら待っていると、比較的すぐに注文した品物が運ばれてきた。
「うわわわー。可愛いプリンですね!」
私の中の、残りかけの乙女心がくすぐられる。
何度も周りの人の席で見たというのに、目の前に現れたのを見て不覚にもときめいてしまった。
「すいません、撮影しても大丈夫ですか?」
ナツさんは、店員さんに撮影許可を取っている。「どうぞ、SNSに上げていただいても構いませんので」と笑顔で答えてくれた。
「周りの人が堂々と写真を撮っているのに、許可を取るんですね?」
「一応、礼儀ですからね。無言で撮影されるのって、お店側からするとちょっと『ん?』って思う事があるんですよ。意外に」
「うちのお店はそういうお客さんがほとんど来ないからなあ……」
「音も立ちますしね。でも、ひとことでも声をかけられるだけで、自然と気にならなくなるもので。だから、僕もそうしています」
ナツさんはそう言って携帯電話のカメラ機能でプリンとカフェオレを撮影した。
気になっていたというカフェオレは、まるでワイングラスのような形をしたグラスに、温かいカフェオレが2層になって入っている。
ミルクの層とコーヒーの層が混ざっていない。
「やっぱり、演出の巧いお店ですね」
ナツさんは2層になっているカフェオレを混ぜながら、その色が薄茶色になって行くのを眺めていた。
私は、そちらを少し気にしながらもブレンドコーヒーを飲む。
「ん。ブラジルベースで、無難な味です」
「無難って」
吹き出しているナツさんと目が合って、「じゃあ、プリンをいただいてみますか」と声をかけられる。
そうだそうだ、市場調査……。「じゃあ」と返事をする。
銀色のアイスクリームスプーンが置かれていたから、それを使ってプリンをすくおうとしたところ……。
「……」
「……硬い」
プリンにしては手ごたえがありすぎて、ナツさんと私は同じ感想に笑った。
口に含んだプリンは甘さが控え目で、クリームと一緒に食べるとようやく甘みを感じる。
「なんか卵感がすごくないですか?」
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私たちはそう言ってくすくすと笑っている。
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