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第一章 定食屋で育って
bitterness 1
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私とナツさんは、人がひとりくらい間に入れそうな距離を取りながら歩いた。一緒に歩いているようにも見えるけど、他人同士が歩いているようにも見える。
相変わらず会話はなくて、言葉を交わさないまま店に到着した。
商店街は日曜定休のお店が多く、誰かに声をかけられることもなく済んだのは良かった気がする。
私は店の入り口を開けると、電気を点けてナツさんを中に案内した。
お店の席に座ってもらい、私はすぐにキッチンに入る。
「ナツさんは、いつもご飯どうされているんですか?」
キッチンでエプロンを付けて手を洗いながら、向こうにいるナツさんに声をかける。さっきまで無言だったけど、このまま夕食に突入するのは微妙だ。
「ああ、実はお店に泊まっちゃうことも何度かあって、その時はお総菜屋さんのお弁当を買って食べてました」
「お店に……? あのお店、寝られるところありましたっけ?」
「はは、店内の椅子に座って、テーブルに突っ伏して寝ますよ」
耳を疑った。なんて疲れの取れない睡眠方法を。
いくら忙しいからって、そんなことをやっていたら身体を壊す。
「なんですか、それ。そんなんじゃ日中きつくなりませんか?」
「まあ……」
「まあじゃないです!」
「僕、前職もそんな感じだったから」
当たり前のように無理をするクセがついているらしい。
「待ってください、ナツさん。前職はサラリーマンでナツさんに何かあったら誰かが助けてくれたりサポートに回ってくれる人がいたかもしれませんが、今は店長さんでオーナーさんでただひとりの店員さんですよ?」
「ほんと、そうですね。でも、僕が1日店を閉めたところでそこまで社会に影響もないですが……」
とんでもないことを言い始めるナツさんに、私は焦ってキッチンを出た。
ナツさんの顔を見ると、いつも通りの顔をしている。
「なんてことを言うんですか?」
「……?」
「お店をやる人間が、そんなことを言わないでください」
私の真剣な口調に、困ったような顔を浮かべて「ああ」と頷くナツさん。
「もちろん、お店をやる人間にだって事情はありますし、突然休まなければならないことも起きます。でも、体調管理は最低限してください。やむを得ない事情以外でお店を閉めるのは賛成できません」
「……まあ、そうですよね」
私はナツさんの座った席の前に着く。
なんだか、居てもたってもいられない。
このままだと、ナツさんは無理をして目の前からいなくなってしまいそうな気がした。
「あの……差し支えなければ、なんで前の仕事を辞めてコーヒーショップを開いたのか、教えていただけませんか?」
私はずっと聞きたかったことを、しっかり聞こうと思った。
今聞いておかなければ、今後ナツさんに向き合う時に戸惑いそうだ。
「ああ……差し支え……は、ないですけど……」
ナツさんは言いづらそうな顔をして、観念したようにこちらを見た。
「別に、いい話じゃないですよ?」
「私だって、いい話じゃないことを聞いていただいたので」
ナツさんはまた「ああ」と呟いて、小さく頷く。
私だって過去の話をしたばかりなわけで、お隣さん同士の間柄で事情を知っておくのも、大切だと思うんだ。
「僕の前の仕事は、お客さんである企業にクリエイティブ……それは時にホームページ制作の内容だったり、会報誌だったり、ポスターだったり、映像だったり……を作る仕事だったんです」
「はい」
「それで、あるお客さんの仕事で、有名俳優を起用したWebムービーを作るっていう企画を立ち上げたんです。最初から最後まで、僕が責任者で全部の制作を統括していて」
「そうやって聞くと、ナツさんって本当にすごい人だったんですね」
まるで、別世界の人みたいだ。そりゃ、あれだけインタビューされているような人だ。みんなにとって憧れだったりするんだろう。
私の知らないナツさんは、とても華やかな世界の住人なんだ。
「すごい人なんかじゃないですよ。僕はお客さんがやりたいことをやるためにどうしたら良いかを考えるだけで」
「私には、思いつきません」
私の感覚とナツさんの感覚は根本的に違う。
考えるだけと言うけれど、その考えられることが私とは違う。
何かを産みだせる人は、それだけでこの世の多くの人とは違うんじゃないかな。
資格を取って稼ぐのとは全然違う世界の話。
頭で考えたことだけで人の心を動かす人が、目の前にいるなんて不思議だ。
「これまで僕は、そうやって仕事をしてきて何も疑問を持っていなかったんです。喜んでもらえるのが、いつの間にか当たり前になっていて」
それが当たり前だと思えるくらいに、仕事ができたんだろう。きっとナツさんの頭の中から生まれたアイデアが、人の心を動かしていたんだ。
それに比べて社会人1年目ですら越えられなかった私。助けて下さいすら言葉にできなかった。
ナツさんは、いろんな会社から助けて下さいと言われて結果を出してきた人で、だから私がナツさんに何か言えることも支えになれることも何もないのかもしれない。
相変わらず会話はなくて、言葉を交わさないまま店に到着した。
商店街は日曜定休のお店が多く、誰かに声をかけられることもなく済んだのは良かった気がする。
私は店の入り口を開けると、電気を点けてナツさんを中に案内した。
お店の席に座ってもらい、私はすぐにキッチンに入る。
「ナツさんは、いつもご飯どうされているんですか?」
キッチンでエプロンを付けて手を洗いながら、向こうにいるナツさんに声をかける。さっきまで無言だったけど、このまま夕食に突入するのは微妙だ。
「ああ、実はお店に泊まっちゃうことも何度かあって、その時はお総菜屋さんのお弁当を買って食べてました」
「お店に……? あのお店、寝られるところありましたっけ?」
「はは、店内の椅子に座って、テーブルに突っ伏して寝ますよ」
耳を疑った。なんて疲れの取れない睡眠方法を。
いくら忙しいからって、そんなことをやっていたら身体を壊す。
「なんですか、それ。そんなんじゃ日中きつくなりませんか?」
「まあ……」
「まあじゃないです!」
「僕、前職もそんな感じだったから」
当たり前のように無理をするクセがついているらしい。
「待ってください、ナツさん。前職はサラリーマンでナツさんに何かあったら誰かが助けてくれたりサポートに回ってくれる人がいたかもしれませんが、今は店長さんでオーナーさんでただひとりの店員さんですよ?」
「ほんと、そうですね。でも、僕が1日店を閉めたところでそこまで社会に影響もないですが……」
とんでもないことを言い始めるナツさんに、私は焦ってキッチンを出た。
ナツさんの顔を見ると、いつも通りの顔をしている。
「なんてことを言うんですか?」
「……?」
「お店をやる人間が、そんなことを言わないでください」
私の真剣な口調に、困ったような顔を浮かべて「ああ」と頷くナツさん。
「もちろん、お店をやる人間にだって事情はありますし、突然休まなければならないことも起きます。でも、体調管理は最低限してください。やむを得ない事情以外でお店を閉めるのは賛成できません」
「……まあ、そうですよね」
私はナツさんの座った席の前に着く。
なんだか、居てもたってもいられない。
このままだと、ナツさんは無理をして目の前からいなくなってしまいそうな気がした。
「あの……差し支えなければ、なんで前の仕事を辞めてコーヒーショップを開いたのか、教えていただけませんか?」
私はずっと聞きたかったことを、しっかり聞こうと思った。
今聞いておかなければ、今後ナツさんに向き合う時に戸惑いそうだ。
「ああ……差し支え……は、ないですけど……」
ナツさんは言いづらそうな顔をして、観念したようにこちらを見た。
「別に、いい話じゃないですよ?」
「私だって、いい話じゃないことを聞いていただいたので」
ナツさんはまた「ああ」と呟いて、小さく頷く。
私だって過去の話をしたばかりなわけで、お隣さん同士の間柄で事情を知っておくのも、大切だと思うんだ。
「僕の前の仕事は、お客さんである企業にクリエイティブ……それは時にホームページ制作の内容だったり、会報誌だったり、ポスターだったり、映像だったり……を作る仕事だったんです」
「はい」
「それで、あるお客さんの仕事で、有名俳優を起用したWebムービーを作るっていう企画を立ち上げたんです。最初から最後まで、僕が責任者で全部の制作を統括していて」
「そうやって聞くと、ナツさんって本当にすごい人だったんですね」
まるで、別世界の人みたいだ。そりゃ、あれだけインタビューされているような人だ。みんなにとって憧れだったりするんだろう。
私の知らないナツさんは、とても華やかな世界の住人なんだ。
「すごい人なんかじゃないですよ。僕はお客さんがやりたいことをやるためにどうしたら良いかを考えるだけで」
「私には、思いつきません」
私の感覚とナツさんの感覚は根本的に違う。
考えるだけと言うけれど、その考えられることが私とは違う。
何かを産みだせる人は、それだけでこの世の多くの人とは違うんじゃないかな。
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