美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏

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第二章 夢なんかみなくても

江の島 1

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 朝になって、真樹ちゃんが起き上がる。

「うう……ん。体勢おかしかったのか、ちょっと身体の感じが変……」

 布団から身体を起こして顔を歪めている女の子は、夜よりも瞼が重かった。
 伸びをしているのをじっと見てしまい、慌てて目を逸らす。なんだか付き合いたての彼女を見ている気分だ。

「今日は、仕事?」
「あー……行きたくないなあ、仕事」

 真樹ちゃんはがっくりとしていた。そういう気分の時ってあるよね。

「休もう休もう。精神的な不調も、体調不良みたいなもんだよ」
「祥太さんは? 一緒に休んでくれるなら休む」

 じろっと真樹ちゃんに聞かれて、俺は側にある自分の携帯電話を掴む。
 母さんに電話をした。

『何? 朝から電話してきて。家帰って来てないけど』
「いやーちょっと友達と飲みすぎちゃって。今日有給取っていい?」
『ったく、社会人なんだから飲み過ぎとか気を付けなさいよ。あんた指名のお客さんは?』
「今日は幸い、いませーん」
『指名客が少なくて助かったわね』
「そういうことを言わないでくれるかな」
『じゃ、二日酔いお大事に』
「はーい」

 携帯電話を切って、ポカンとしている真樹ちゃんを見る。

「休んだ」
「ゆっる! 実家の家業ゆるっ!」

 君のために休んだのにその言い分はなんだ、と俺は瞼の重い真樹ちゃんにクレームを入れる。真樹ちゃんは嬉しそうに歯を見せて笑うと、同じように職場に連絡を入れた。

「わあい! 休みサイコー!」

 無邪気に喜んでいる顔を初めて見た。こんなに子どもっぽく、目が無くなる笑い方をするんだな。

「よし! 朝飯食ったら江の島だ!」
「なんで??」
「小田急線沿線じゃん、ここ」
「は?」
「俺、久しぶりに江の島行きたいーー」
「いや、沿線だけど遠いよ? 軽く旅行じゃん。それに祥太さん、服は?」

  *

 俺たちは江の島に向かう前に途中駅で下車して、町田に来ている。
 真樹ちゃんの勤めるブランドの系列店があるから、そこで服を買ってからデートというわけだ。要するに、1日着た服で私の横を歩かないでと言われた。厳しいです。

「どれも30パーオフで買えるよ? 新作とか見たら?」
「新作はさー季節先取りしちゃうからなー」

 俺は久しぶりのお洒落に気分が高揚している。なんだかんだ、ファッションも大好きだ。上質の布だなと分かるお高めの服を触りながら、普段からこういう服を売ってるからかみんな意識が高そうだなと店員さんを眺める。

 隣にいる真樹ちゃんの髪は俺がセットした。ゆるいパーマに似合うハーフアップで、我ながら素晴らしい出来になっている。真樹ちゃんは自分の髪型を見て「美容師と同居とかいいかも」と怖いことを口走っていた。今も、割とご機嫌な様子だ。

「あ、祥太さんこれ似合いそう」
「販売員さんに言われちゃ、ちょっと試着したくなっちゃうなあ」
「ノリがいいね」

 はしゃぎながら、俺は自分をモデルにファッションショーさながら色んな服を着た。トップスを着替えると何か思いついたように店内を走って行き、真樹ちゃんは「それ、このボトムスとか合わせたらいい!」と息巻く。

「さすがですね、お客様!」と俺が興奮すると、「店員だわ!」と突っ込んでくれた。真樹ちゃんもノリがいい。

 買った服を着用したまま店を出て一緒にまた小田急線に乗る。真樹ちゃんと隣同士で席に座りながら、窓の外に映る何気ない景色を見て会話を続けた。

 片瀬江ノ島駅に着くと、ぐっと観光地の雰囲気が増す。
 江の島は平日だけど観光客がいる。この駅は竜宮城を模していて、駅だというのに異世界感がする。日常と離れた感覚がして気分がいい。

「えーうそー! 駅から見えてるの、あれ、海ー!?」
「いや、残念ながらそれは川だね」

 すぐそこに海水浴場があるけど、駅から見えているのは川だ。
 真樹ちゃんは「ちえ」と面白くなさそうに俺を見て、すぐに気持ちを切り替えたのか腕を組んでくる。

「どこ行く? なに見る?」
「江の島大橋を渡ります」
「歩いて?」
「海の上を渡れるよ」

 真樹ちゃんは嬉しそうに、足取り軽く歩いていた。
 俺も真樹ちゃんも立ち仕事だからか、歩くのは苦にならない。

「ちょっとヒールついてるけど、平気?」と尋ねても、「5㎝にしたから平気。ヒールは全く無いのよりもこの位あった方がかえって楽」と言っていた。
 そういや、最後に付き合った子はちょっと歩いたら休憩を何度も取らないとダメな子だったっけ。歩くスピードやペースを気にしないで一緒にいられるって、ストレスが少ない。

 江の島大橋は、江の島と繋がる唯一の道だ。
 橋の距離はそこそこあるけど、海風に吹かれながら空に浮かぶ雲と一緒に歩いているような、そんな感覚になれて気持ちがいい。

「なにこれーー! 風つよっ!!」

 腕にしがみついたままの真樹ちゃんが、風になびく髪を押さえている。
 もうヘアセットどころじゃない髪になっているのを笑いながら、「また直してあげるから大丈夫だって」と声をかけると嬉しそうに前を向いた。

 向かい風も追い風も一緒になって吹いているような、そんな訳の分からない風の中を歩く。江の島がどんどん目の前に迫って来た。

「よし、江の島に上陸だ!」
「なになに? 江の島って何があるの?」
「まあまあ」

 そんな話をしながら、江の島に着く。真っ先に江島(えのしま)神社に向かった。

「江島神社ってさ、弁才天をまつってるんだけど。厳島神社(いつくしまじんじゃ)と都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)に並ぶ日本三大弁天なんだって」
「弁才天って、何の神様だっけ?」
「この辺では、音楽や芸事の神様として有名かなあ」

 鳥居をくぐって最初に、片瀬江ノ島駅の竜宮城のような門がある。
 カップルの姿も多く、くっついて歩いている俺と真樹ちゃんはどう見てもデートだ。

 一緒にお参りをして、江の島内を歩いた。恋人同士が鐘を鳴らすところとか南京錠を付けるスポットもあったけど、カップルでもない俺たちは参加せずに展望台に向かう。
 白くて存在感のある展望台の螺旋階段を上ると、海が一望できた。

「うわあああ! 綺麗! 水平線が見えるよ!」

 うん、そりゃ見えるだろうねと思ったけど、あまりにもかわいいので「ほんとだね」と合わせた。
 今日の真樹ちゃんはテンションが高い。
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