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エピローグ
コーヒーを愛する全ての人へ 1
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コーヒーが持つ魔力については、その存在を歴史が証明している。
もともとイスラム教の飲み物だったトルコのコーヒーが、ヨーロッパに広まってキリスト教の飲み物になった。
異教の文化を受け入れる器のなかった当時の事情からして、結局のところ敬虔なキリスト教徒もコーヒーの魅力には敵わなかったのだろうという結論になっている。※諸説あり
日本はヨーロッパを経由してコーヒー文化を知り、いまや世界有数のコーヒー消費国になった。
人の味覚は年齢とともに衰えると言われているけれど、苦味に関して言えば年齢を重ねてからでも許容量が増える。美味しく感じることができるようになる。
私たちは生きていく中でどんどんコーヒーを美味しく感じるようになるかもしれないし、魅力を再発見することだってできるかもしれない。
それは、つらいことが多い人生を、より楽しく生きるためにも必要なことだったりするんじゃないだろうかーー。
***
オープン前のお店の中。今はもうすぐ年度が変わる3月末。
外に出ると桜が満開で、桜の木の近くに花吹雪が舞っている。
ナツさんのお店は、あと1か月ちょっとで3年目に入るところだ。
「ナツさん、今日はネット販売だけでも春色ブレンド200gが30件の受注です」
「うわあ。利津さん、ロースター稼働行けそうですか??」
「やるしかないですね」
私は春色ブレンドの配合を考えて、なるべく効率的に焙煎機を回す計算をする。このブレンドは豆ごとに微妙に焙煎度合いを変えているから、一度に焙煎を終わらせることができない。
「利津さんの春色ブレンド、今年も人気ですね」
「春の華やかさと開放感を意識したんですけど、草餅とか桜餅なんかと相性がいいって言ってもらえます」
「さすがです」
ナツさんはそう言って私を褒めるけれど、それ以上にお店のホームページが素敵なのとパッケージに貼られた桜色ステッカーのお陰なんじゃないかとも思う。
ギフトにぴったりの可愛らしいコーヒーを贈りたい人だっているだろう。春は別れや進展の季節だから。
コーヒーは直感で選ぶことも多いから、ナツさんのクリエイティブセンスとの相性がいい。
いつも思う。
ナツさんはどうして当たり前のように素敵なものをどんどん生み出していくのだろう。ナツさんにかかるとすべてのものに魔法が掛かるみたいだ。
ホームページに載せたナツさんのコーヒームービーが商店街の人たちの目に留まり、ナツさんが携帯電話のカメラで撮影したものなんですよと言った途端に「うちの商店街もああいうのを作ろう」ということになった。
ナツさんは、商店街のムービーならちゃんと観光誘致になっていれば補助金の申請もできるかもと言って、文化庁と経産省の窓口に問い合わせをしている。申請が通らなくても、私たちはやるべきだと思っているけれど。
ナツさんが商店街を今までとは違う方向で盛り上げてくれる日も近い。
「真樹さんの勤める飲食店、コーヒーが評判だって聞きました?」
「祥太くんには一生頭が上がりませんね」
真樹さんは、アパレル販売員から異動になって飲食店の本部で働いている。
最近アパレルショップが飲食店事業をやるケースが増えていて、真樹さんの会社はお洒落な飲食店を次々とオープンさせていた。
そこで提供するコーヒーを仕入れてくれている。
なるべく安い豆を選んでコストを抑え、一般受けするブレンドコーヒー。メニューの構成を見ながら私が作ったものが採用された。
「それにしても、祥太くんがバイヤーさんと友達だなんて、一体どんなところに縁があるか分からないですね」
「祥太、人付き合い良いから……」
祥太の学生時代のバイト仲間らしいけれど、真樹さんの勤めるアパレル会社のバイヤーさんが仕入れを決めてくれた。
これがものすごく売上として大きくて、店舗の売上が霞むくらいの割合になっている。
ナツさんは焼き菓子の仕込みをしている最中だった。
じっと様子を見ながらオーブンの温度を確認している。焼き加減にこだわっていて、焼き上げるまでに温度を何度か変えていた。
ナツさんは最近、マドレーヌ以外にもクッキーを焼く。
クッキーは猫や犬など動物を模していて、動物の顔も手描きで仕上げる。
アラザンやアイシングを使って信じられないくらいメルヘンなクッキーを完成させていて、このクッキーだけで雑誌に取り上げられたこともあった。
「ナツさん……」
「はい?」
「もう、実家には帰らずに済みそうですか?」
「……お陰様で。実家は実家で、僕以外の人間に仕事を任せられるように動いています」
「良かった……」
これでもう、ナツさんは実家に帰って漁師をしなくてもいいんだ。
いくら実家の事業だとしても、ナツさんの適正とかけ離れた仕事に就かせてしまうのが心配だった。
もう、人生を諦めて過ごすナツさんを見たくなかったから。
この1年、私はお店の売上づくりに奔走した。
ネット販売でどうやればコーヒー豆が売れるのかと考えて、コーヒーの淹れ方やコーヒー豆の選び方動画を投稿した。
ナツさんの作った動画のクオリティが異様に高くてちょっとだけSNSで話題になってネット販売のリピーターがついた。
仕出し弁当屋では、初回限定サービスとしてコーヒーを格安で提供している。近所のママさんサークルの集まりでポット提供が注文されたりするから、これも侮れない。
実は茜さんが宣伝してくれていて、色んなサークルから発注がもらえている。料理の専門家である茜さんの言葉は説得力があって、仕出し弁当もコーヒーも茜さんがいなかったらどうなっていたことか……とたまに思うけれど。
色々やった甲斐があった。これでもう、ナツさんはコーヒーショップの店長としてここにいてくれる。
この店が、これからもこの町で営業し続けてくれる。
「利津さんも、この商店街で育っただけあって本当にお節介ですね」
「まあ、否定はしません。黙ってるなんて性に合わないですし」
私は、ナツさんと働きたかったからここまで頑張れた。
確かにお節介な気質はあるけれど、何のためかというより誰のためかが大きい。
私はナツさんの傍が心地いい。
たったそれだけのことを失いたくなくて、この一年間必死に働いていた。
オープン前のお店の時間。
ナツさんが焼き菓子を焼き、私は豆の焙煎で始まる。特に会話を交わさないことも多いけれど、この時間がすごく好きだ。
その時、扉に下がっているカウベルが鳴った。
「こんにちはー」
入口で声がしたので、まだオープン前ですと言おうと駆け付ける。
そこには商店街のお花屋さん、私にとっては近所の奥さんが大きな花束を持っていた。
「お届け物です。真鍋利津さんあてだって」
「えっ?」
私は驚いて、ピンクと白の花で彩られた華やかなブーケを受け取る。
花束を注文したこともなければ、私がお花をもらう理由もない。
驚いて、花束に刺さっていたカードを手に取る。
「じゃあ、届けましたので」
お花屋さんの奥さんがそう言って嬉しそうにお店を出て行った。
私は戸惑いながらカードに目を落とす。
『いつも、ありがとう』
いつも??
私はカードの裏を見た。
『夏木裕太郎』
「ナツさん??」
驚いてカウンターで仕込み中のナツさんを見ると、全然こっちを見てくれない。
「ちょっとこれ、どういう……」
「利津さん、そういうところありますよね……」
そういうところって、どういうところ??
私は混乱しながら、でも花束をもらったんだからきっとお礼を言わなければいけないんだと焦る。
「あ、ありがとうございます??」
「なんで疑問形……」
ナツさんは苦笑していた。私はナツさんからお花をもらうなんて思わなくて、とりあえずどうしたらいいのかわからない。
もともとイスラム教の飲み物だったトルコのコーヒーが、ヨーロッパに広まってキリスト教の飲み物になった。
異教の文化を受け入れる器のなかった当時の事情からして、結局のところ敬虔なキリスト教徒もコーヒーの魅力には敵わなかったのだろうという結論になっている。※諸説あり
日本はヨーロッパを経由してコーヒー文化を知り、いまや世界有数のコーヒー消費国になった。
人の味覚は年齢とともに衰えると言われているけれど、苦味に関して言えば年齢を重ねてからでも許容量が増える。美味しく感じることができるようになる。
私たちは生きていく中でどんどんコーヒーを美味しく感じるようになるかもしれないし、魅力を再発見することだってできるかもしれない。
それは、つらいことが多い人生を、より楽しく生きるためにも必要なことだったりするんじゃないだろうかーー。
***
オープン前のお店の中。今はもうすぐ年度が変わる3月末。
外に出ると桜が満開で、桜の木の近くに花吹雪が舞っている。
ナツさんのお店は、あと1か月ちょっとで3年目に入るところだ。
「ナツさん、今日はネット販売だけでも春色ブレンド200gが30件の受注です」
「うわあ。利津さん、ロースター稼働行けそうですか??」
「やるしかないですね」
私は春色ブレンドの配合を考えて、なるべく効率的に焙煎機を回す計算をする。このブレンドは豆ごとに微妙に焙煎度合いを変えているから、一度に焙煎を終わらせることができない。
「利津さんの春色ブレンド、今年も人気ですね」
「春の華やかさと開放感を意識したんですけど、草餅とか桜餅なんかと相性がいいって言ってもらえます」
「さすがです」
ナツさんはそう言って私を褒めるけれど、それ以上にお店のホームページが素敵なのとパッケージに貼られた桜色ステッカーのお陰なんじゃないかとも思う。
ギフトにぴったりの可愛らしいコーヒーを贈りたい人だっているだろう。春は別れや進展の季節だから。
コーヒーは直感で選ぶことも多いから、ナツさんのクリエイティブセンスとの相性がいい。
いつも思う。
ナツさんはどうして当たり前のように素敵なものをどんどん生み出していくのだろう。ナツさんにかかるとすべてのものに魔法が掛かるみたいだ。
ホームページに載せたナツさんのコーヒームービーが商店街の人たちの目に留まり、ナツさんが携帯電話のカメラで撮影したものなんですよと言った途端に「うちの商店街もああいうのを作ろう」ということになった。
ナツさんは、商店街のムービーならちゃんと観光誘致になっていれば補助金の申請もできるかもと言って、文化庁と経産省の窓口に問い合わせをしている。申請が通らなくても、私たちはやるべきだと思っているけれど。
ナツさんが商店街を今までとは違う方向で盛り上げてくれる日も近い。
「真樹さんの勤める飲食店、コーヒーが評判だって聞きました?」
「祥太くんには一生頭が上がりませんね」
真樹さんは、アパレル販売員から異動になって飲食店の本部で働いている。
最近アパレルショップが飲食店事業をやるケースが増えていて、真樹さんの会社はお洒落な飲食店を次々とオープンさせていた。
そこで提供するコーヒーを仕入れてくれている。
なるべく安い豆を選んでコストを抑え、一般受けするブレンドコーヒー。メニューの構成を見ながら私が作ったものが採用された。
「それにしても、祥太くんがバイヤーさんと友達だなんて、一体どんなところに縁があるか分からないですね」
「祥太、人付き合い良いから……」
祥太の学生時代のバイト仲間らしいけれど、真樹さんの勤めるアパレル会社のバイヤーさんが仕入れを決めてくれた。
これがものすごく売上として大きくて、店舗の売上が霞むくらいの割合になっている。
ナツさんは焼き菓子の仕込みをしている最中だった。
じっと様子を見ながらオーブンの温度を確認している。焼き加減にこだわっていて、焼き上げるまでに温度を何度か変えていた。
ナツさんは最近、マドレーヌ以外にもクッキーを焼く。
クッキーは猫や犬など動物を模していて、動物の顔も手描きで仕上げる。
アラザンやアイシングを使って信じられないくらいメルヘンなクッキーを完成させていて、このクッキーだけで雑誌に取り上げられたこともあった。
「ナツさん……」
「はい?」
「もう、実家には帰らずに済みそうですか?」
「……お陰様で。実家は実家で、僕以外の人間に仕事を任せられるように動いています」
「良かった……」
これでもう、ナツさんは実家に帰って漁師をしなくてもいいんだ。
いくら実家の事業だとしても、ナツさんの適正とかけ離れた仕事に就かせてしまうのが心配だった。
もう、人生を諦めて過ごすナツさんを見たくなかったから。
この1年、私はお店の売上づくりに奔走した。
ネット販売でどうやればコーヒー豆が売れるのかと考えて、コーヒーの淹れ方やコーヒー豆の選び方動画を投稿した。
ナツさんの作った動画のクオリティが異様に高くてちょっとだけSNSで話題になってネット販売のリピーターがついた。
仕出し弁当屋では、初回限定サービスとしてコーヒーを格安で提供している。近所のママさんサークルの集まりでポット提供が注文されたりするから、これも侮れない。
実は茜さんが宣伝してくれていて、色んなサークルから発注がもらえている。料理の専門家である茜さんの言葉は説得力があって、仕出し弁当もコーヒーも茜さんがいなかったらどうなっていたことか……とたまに思うけれど。
色々やった甲斐があった。これでもう、ナツさんはコーヒーショップの店長としてここにいてくれる。
この店が、これからもこの町で営業し続けてくれる。
「利津さんも、この商店街で育っただけあって本当にお節介ですね」
「まあ、否定はしません。黙ってるなんて性に合わないですし」
私は、ナツさんと働きたかったからここまで頑張れた。
確かにお節介な気質はあるけれど、何のためかというより誰のためかが大きい。
私はナツさんの傍が心地いい。
たったそれだけのことを失いたくなくて、この一年間必死に働いていた。
オープン前のお店の時間。
ナツさんが焼き菓子を焼き、私は豆の焙煎で始まる。特に会話を交わさないことも多いけれど、この時間がすごく好きだ。
その時、扉に下がっているカウベルが鳴った。
「こんにちはー」
入口で声がしたので、まだオープン前ですと言おうと駆け付ける。
そこには商店街のお花屋さん、私にとっては近所の奥さんが大きな花束を持っていた。
「お届け物です。真鍋利津さんあてだって」
「えっ?」
私は驚いて、ピンクと白の花で彩られた華やかなブーケを受け取る。
花束を注文したこともなければ、私がお花をもらう理由もない。
驚いて、花束に刺さっていたカードを手に取る。
「じゃあ、届けましたので」
お花屋さんの奥さんがそう言って嬉しそうにお店を出て行った。
私は戸惑いながらカードに目を落とす。
『いつも、ありがとう』
いつも??
私はカードの裏を見た。
『夏木裕太郎』
「ナツさん??」
驚いてカウンターで仕込み中のナツさんを見ると、全然こっちを見てくれない。
「ちょっとこれ、どういう……」
「利津さん、そういうところありますよね……」
そういうところって、どういうところ??
私は混乱しながら、でも花束をもらったんだからきっとお礼を言わなければいけないんだと焦る。
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