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終章 人生の酸いも苦いも
美味しいコーヒーの愉しみ方 3
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「そんな……」
そこで初めて、ナツさんの努力を見た気がした。
芸術大学を出ているナツさん。実家の環境が漁師だと聞いた今、それが単に才能だけだったとは思えない。
「もうすぐ1年ですけど……利益とかどうなってるんですか?」
「残念ながら、3年で開業準備費の分が黒字になるような推移ではないですね。やっぱりこの業態は回転率が悪いので……」
そこには私も気付いていた。回転率というのは、1日でひとつの客席が何回座られるかという数値。
飲食店では席数×稼働率×客単価×回転数が売上になるから、席がどのくらい埋まって短時間で人が入れ替わるかで売り上げが変わる。
稼働率は高くても100%には絶対にならない。お客さんの入れ替え時間があるし、4人席を3人で座ってもらったり2人席を1人で座ってもらったりするようなことがどうしても起こる。そして回転率を上げる方法は本当に難しい。
定食屋は回転率が良くて、ランチタイムは1時間で2回転することもあった。
でも、コーヒーショップは1人のお客さんが2時間滞在することが当たり前にある。1杯のコーヒー500円で、1席もしくはテーブル席の2席が2時間埋まる。
原価は定食より安いけど、売上が少ない。だから焼き菓子というフードメニューを作ったんだけど……。焼き菓子は売れても単価が低い。
「じゃあ、豆の販売とテイクアウトしかないですね。お昼のテイクアウトはこれ以上伸ばしようもないですが、オフィスニーズにポットの提供も始めた方が良いかも。お店の売上は客単価を上げるしかないですが、これ以上はオペレーション上無理だと思います」
私は現在の営業で豆の販売をどうするか考えてみた。
午後の時間帯は比較的余裕がある。ネット販売や委託販売などをするとしたら、午後の時間帯を使えば何とかなるかもしれない。
「この商店街で、200gの豆を委託販売してくれる場所を探しましょう。今のところ総菜屋の大野さんしか思い浮かびませんが、うちの仕出し弁当にもポットでコーヒーをつけるメニューを出します」
「いや、そんな……」
「私は定食屋しか知りませんが、飲食店のことは分かっているつもりです」
飲食店というのは、本当に厳しい。
利益率は低いし、かといってクオリティは下げられない。大手企業とは価格競争になれば負けるし、回転率を上げたら居心地は悪くなる。
ヒットメニューが出れば簡単に真似されるし、原材料費の高騰や人件費の高騰にも悩まされる。
この難しい業態で生き残るためには、あらゆる工夫が必要だ。
「インターネット販売をするとなったら、ナツさんのスキルが活かせます。お店のムービーを作ったり、サイトのクリエイティブを工夫したり」
「インターネット販売は、発送なんかも大変なんじゃないですか……?」
「今はいろいろありますよ。配送会社もこの町に出入りされている大手さんがありますけど、発送委託なんかも柔軟ですし」
私はインターネット販売に詳しいわけじゃない。
だけど、ナツさんを海にあげるつもりはこれっぽっちもなかった。
実家のご両親には申し訳ないけれど、絶対にこの町に残ってもらう。そのためにできることがあるはずだから。
「祥太にもアイデアもらいましょう。顔広いし、接客業やってるから口コミ流してもらうのにもいいし」
「あ、はい……」
「なんでそんな消極的な感じなんですか!」
「あっ、怒られた」
自分のことなのに諦めの入っているナツさんの考えを改めさせなければ。
まだできることがある。ナツさんには、まだまだ可能性があるから。
「ナツさん、3年でお店をやめるのは本意ではないんですよね?」
「そりゃ、もちろん……」
「じゃあ、これから一緒に駆けずり回りましょう!」
「利津さん……」
ナツさんは、普段のにこやかな顔が作れずに困ったような顔をした。
私は、前にもこんな顔のナツさんを見たことがある。夏祭りの打ち上げで、ナツさんの過去を聞いた時だ。
控え目なナツさんが、溢れる感情をこらえている時の顔。
そんな風に困った顔をするナツさんを見ると、私はなんだってできそうな気がしてくるから不思議だ。
身体の奥から、力のようなものがみなぎる。
怖いものがなくなっていくような感覚がする。
あらゆるものが些細になって、私の優先順位が変わっていく。
ナツさんの作る世界を守ってみせる。
私が絶対、なくさせないーー。
そこで初めて、ナツさんの努力を見た気がした。
芸術大学を出ているナツさん。実家の環境が漁師だと聞いた今、それが単に才能だけだったとは思えない。
「もうすぐ1年ですけど……利益とかどうなってるんですか?」
「残念ながら、3年で開業準備費の分が黒字になるような推移ではないですね。やっぱりこの業態は回転率が悪いので……」
そこには私も気付いていた。回転率というのは、1日でひとつの客席が何回座られるかという数値。
飲食店では席数×稼働率×客単価×回転数が売上になるから、席がどのくらい埋まって短時間で人が入れ替わるかで売り上げが変わる。
稼働率は高くても100%には絶対にならない。お客さんの入れ替え時間があるし、4人席を3人で座ってもらったり2人席を1人で座ってもらったりするようなことがどうしても起こる。そして回転率を上げる方法は本当に難しい。
定食屋は回転率が良くて、ランチタイムは1時間で2回転することもあった。
でも、コーヒーショップは1人のお客さんが2時間滞在することが当たり前にある。1杯のコーヒー500円で、1席もしくはテーブル席の2席が2時間埋まる。
原価は定食より安いけど、売上が少ない。だから焼き菓子というフードメニューを作ったんだけど……。焼き菓子は売れても単価が低い。
「じゃあ、豆の販売とテイクアウトしかないですね。お昼のテイクアウトはこれ以上伸ばしようもないですが、オフィスニーズにポットの提供も始めた方が良いかも。お店の売上は客単価を上げるしかないですが、これ以上はオペレーション上無理だと思います」
私は現在の営業で豆の販売をどうするか考えてみた。
午後の時間帯は比較的余裕がある。ネット販売や委託販売などをするとしたら、午後の時間帯を使えば何とかなるかもしれない。
「この商店街で、200gの豆を委託販売してくれる場所を探しましょう。今のところ総菜屋の大野さんしか思い浮かびませんが、うちの仕出し弁当にもポットでコーヒーをつけるメニューを出します」
「いや、そんな……」
「私は定食屋しか知りませんが、飲食店のことは分かっているつもりです」
飲食店というのは、本当に厳しい。
利益率は低いし、かといってクオリティは下げられない。大手企業とは価格競争になれば負けるし、回転率を上げたら居心地は悪くなる。
ヒットメニューが出れば簡単に真似されるし、原材料費の高騰や人件費の高騰にも悩まされる。
この難しい業態で生き残るためには、あらゆる工夫が必要だ。
「インターネット販売をするとなったら、ナツさんのスキルが活かせます。お店のムービーを作ったり、サイトのクリエイティブを工夫したり」
「インターネット販売は、発送なんかも大変なんじゃないですか……?」
「今はいろいろありますよ。配送会社もこの町に出入りされている大手さんがありますけど、発送委託なんかも柔軟ですし」
私はインターネット販売に詳しいわけじゃない。
だけど、ナツさんを海にあげるつもりはこれっぽっちもなかった。
実家のご両親には申し訳ないけれど、絶対にこの町に残ってもらう。そのためにできることがあるはずだから。
「祥太にもアイデアもらいましょう。顔広いし、接客業やってるから口コミ流してもらうのにもいいし」
「あ、はい……」
「なんでそんな消極的な感じなんですか!」
「あっ、怒られた」
自分のことなのに諦めの入っているナツさんの考えを改めさせなければ。
まだできることがある。ナツさんには、まだまだ可能性があるから。
「ナツさん、3年でお店をやめるのは本意ではないんですよね?」
「そりゃ、もちろん……」
「じゃあ、これから一緒に駆けずり回りましょう!」
「利津さん……」
ナツさんは、普段のにこやかな顔が作れずに困ったような顔をした。
私は、前にもこんな顔のナツさんを見たことがある。夏祭りの打ち上げで、ナツさんの過去を聞いた時だ。
控え目なナツさんが、溢れる感情をこらえている時の顔。
そんな風に困った顔をするナツさんを見ると、私はなんだってできそうな気がしてくるから不思議だ。
身体の奥から、力のようなものがみなぎる。
怖いものがなくなっていくような感覚がする。
あらゆるものが些細になって、私の優先順位が変わっていく。
ナツさんの作る世界を守ってみせる。
私が絶対、なくさせないーー。
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