パリ15区の恋人

碧井夢夏

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2軒の文学カフェ 1

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 パリ6区にあるサンジェルマン=デ=プレというエリアは、サンジェルマン=デ=プレ教会を中心にしたエリア一帯の区画を指す。

 ここにある『カフェ・ド・フロール』と『ドゥ・マゴ・パリ』は向かい合って並ぶ老舗カフェ。
 多くの文人が集い、多くの文学を生んだ文学カフェとして名高い。
 フランスには「フロール賞」と「ドゥ・マゴ賞」という文学賞があるくらいなのだ。

 私ははじめ、『ドゥ・マゴ・パリ』の店内をちらりとのぞき、続いて『カフェ・ド・フロール』をのぞいた。
 どちらも席は満席で、待たなければ入れないらしい。

 並ぶのは苦手だけど、後にのぞいた『カフェ・ド・フロール』で、そのまま席が空くのを待つことにした。

 この老舗カフェは、席と席の間が狭い。
 ぎゅうぎゅうに詰められるように人が入り、その合間を白いシャツに黒いベスト、白いサロンエプロンを付けた男性給仕のギャルソンが忙しなく行き来している。

 このカフェのギャルソンはパリの中でも実力者が集まるらしいので、きっとあのお爺さんもおじさんも、飲食業界ではすごい人なのだろう。

 そんなことをぼーっと考えながら活気のある店内を眺めていたら、私の番が来て、奥まった席に案内された。

 隣にはフランス人らしき年配男性が、仕立ての良い白シャツにベージュのチェック柄のベストという格好でサラダを食べている。
 目が合ってしまったので軽く会釈をしたら、自然にウインクを返されてしまった。
 フランス人ってみんなこうなのだろうか。

 おじさん、という雰囲気のギャルソンが本の形をしたメニューを渡してくれる。
 まだお昼には早かったけれど、なんだかこの場所でゆっくりしたくてコーヒーだけではなくクロックマダムを注文した。

 隣でサラダを食べている年配男性は、あっという間にサラダを平らげて、また私の方を見てにこりと笑った。

「ボンジュー、マドモアゼル?」
「Ah,Hi...?」

 私はフランス語は全くダメだ。英語ならできるけれど。

「日本人の方ですか?」(英語)

 急に、英語で尋ねられた。

「はい、日本から来ました」(英語)

 このパリジャンはアジア人の区別がつくらしい。
 私が英語を話せるのは、英会話をずっと習ってきたお陰だった。フランス人の英語は、とても聞き取りやすい。

「旅行でこちらに来たのですか?」(英語)
「はい、人生経験のためです」(英語)

 私がexperienceという単語を使うと、隣の席の年配男性が「ブラーヴォ」と言って笑う。
 ブラボー? 素晴らしいって言われたのかな。

「メルシー(Merci)」

 私がお礼を言うと、隣の男性のもとにグラタン皿に入った食べ物が置かれた。

「イタダキマス」

 そういって男性はフォークを持つ。日本のことを知っているのだろうか。

「ボナペティ(たくさん召し上がれ)」

 私がそう言うと、通りがかったギャルソンがびっくりした顔を浮かべ、「それは私の仕事ですね」(英語)とおどけた。
 つい、笑ってしまう。隣の年配男性も肩をすくめて笑う。

 ここが、あの『カフェ・ド・フロール』。
 多くの知識人が通い、様々な構想を話し、様々な文化を生んだ場所だ。
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