パリ15区の恋人

碧井夢夏

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花の都 3

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 私たちは地下鉄に乗り、モンパルナス駅まで一緒に行った。
 彼がTGVという高速鉄道の切符を買っている間、本当に今日は別行動なんだなという実感が湧いてくる。

 提案したのは私なのに、一緒に行けばよかったかなと、いまさら後悔をしている自分に気付いた。彼の向かうロンシャン礼拝堂のことは全く分からないから、付いて行っても感動できないのだろうけど。

「じゃあ、後で。アパルトマンで会おう」
「うん、気を付けて」
「そっちも」

 ホコリなのか、黒く薄汚れたTGVがホームに並んでいる。グレーの車体に青のラインが入っているそのデザインを見て、高速鉄道は日本の新幹線の方がかっこいいかも、と私は思った。

 電車に向かう前に、彼は私を抱きしめてキスをする。パリの恋人たちがしているように、ごく当たり前に舌を絡め、そして名残惜しそうに離れた。

 普段は、あんなことを自分からしてくる人じゃない。
 どちらかというと無口だし、スキンシップは皆無だし、淡白で、愛情表現が乏しい人だった。
 私は彼が電車に乗って見えなくなるまで、その姿を見送る。

 この場に、私たち以外の日本人はいなかった。
 当たり前だけど、今、私は異国人としてパリにいる。

  *

 別行動を提案してから、私は一人でどこに行こうかと延々と悩んだ。
 パリという街が特別過ぎて、正直分からなくなってしまったのだ。

 アレクサンドル・デュマが書いた『三銃士』とヴィクトル・ユーゴーが書いた『レ・ミゼラブル』の舞台は、ここ、パリだ。
 20世紀最大の傑作と呼ばれる『失われた時を求めて』を書いたマルセル・プルーストは生涯をパリで過ごし、小説の舞台もパリだった。

 他も挙げればきりがない。
 要するに、パリは様々なドラマの舞台であり、歴史であり、文化であり、芸術の象徴だった。
 私はそのパリの中にいて、1日あればどこにでも行ける。

 オルセー美術館に行けば印象派の有名な作品を観ることができるし、ルーブル美術館に行けば本物の『モナ・リザ』がある。
 ルーブル美術館の作品を全て見ようと思ったら時間がいくらあっても足りないけれど、それだけの作品を備えているのは世界中でルーブル美術館くらいだ。

 彼と明日行く約束をしているヴェルサイユ宮殿は置いておくとしても、今の私には選択肢があまりに多い。
 要するに、決めきれなかった。

 色々と思惑を巡らせた結果、パリ6区のサンジェルマン=デ=プレに向かうことにした。
 ここには、老舗のカフェ、『ドゥ・マゴ・パリ』と『カフェ・ド・フロール』がある。

 二つのカフェは、言わずと知れた文学カフェだ。
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