鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第一章

鬼上司、好感度を知る

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 東御八雲が初めて知った事実。

 好意を抱いた相手に同じ血の通った人間だと思われていない。好意をはっきり伝えていたつもりだが、どうやら伝わっていないようだ。

 この状況、相手が直属の部下となると挽回するのは至難の業だ。

「ほら、俺だって人間だろう?」などといって赤い血を見せたところで怯えさせるだけに違いないし、今まで十二分に優しくしてきたつもりだった東御には、もっと優しくするなどという芸当は不可能に近い。

 つまり、行き詰まっているらしい。

 本当の気持ちを外に出して「どうしようもなく間抜けで無能なところが愛おしい。ただただ好きだ」などと言おうものなら、あの花森は激怒するだろう。

 昨日ドレス姿の花森を褒めてアプローチをかけたことすら恐らくなかったことのようにされている。

 褒めても届かない。洒落た店に連れて行ったのに、ムードすら感じてもらえていなかったのだろう。

 歯がゆいを通り越して笑止千万だ。

 これまで、東御は女性に振り回されたことなどない。
 そもそも恋愛体質ではなかった東御は、押しに負けて好きでもない女性と付き合った経験しかない。好きでもない相手のために譲歩することなど一切できない東御が、そんな女性とうまくいかなくなるのは自然な流れだった。

 東御に振り回された女性は勝手に失望して去っていくのだから、女性の気持ちを推し量る機会になど恵まれるはずもなく……。

 要するに、複雑な女性の感情機微の類に関して東御は全くと言っていいほど経験がない。

 どうすれば花森の好感を得られるのか。考えれば考えるほど、仕事に比べて難問だ。

 好意を示すくらいならできるかもしれない。問題は、それがセクハラに該当せずにできるかどうか。

 あの花森沙穂に限って言うと、セクハラやパワハラに対してはかなり敏感なタイプで一歩間違えると人事部に告発される可能性が高い。

「高価なドレスを贈っても響かない部下に、一体何をすれば喜ばれるのか……」

 人生においてどんなことでもこなしてきた東御八雲は最大のピンチに陥っていた。

 恋愛というのは、勉強や仕事以上にままならない。


 休憩室から戻り、席で売上高をまとめていた花森は、どこからか異様な視線が注がれている気がして視線をPCから周囲に移してみた。

 目の据わった東御がこちらを見ている。

 よし、見なかったことにしよう。

 花森はそう決めてまたPCに向かった。
 出張前にやれと言われている資料作成に集中しなければ、また無能だと言われて気分が悪くなる。

 あんな上司、いないと思えば大した問題ではない。

「時に、花森」

 無視を決め込んでいたのに。斜め向かい、3席ほど離れた場所から声をかけられてしまった。嫌な予感しかしない。

「はい」

 花森はPCから目線を離さず、単調な口調で返す。忙しいですよオーラを極力出してみた。

 基本的に負けず嫌いな花森は、見下してくるような態度をとる東御に対して優しさや気遣いを見せようとは思っていない。

 毎日、いつか見てろよと思いながら心を落ち着けるべく般若心経を頭の中で唱えているし、東御に小さな不幸が連続して起きてくれるように神社で祈願もした。


 昨日強引にプレゼントされた赤いドレスは、自分には不釣り合いでクリーニング代も高い。
維持するだけでもお金のかかる洋服を無理矢理与えられた気がして、苛立つことこの上ない。

 相手の事情を考慮せずにプレゼントを贈るというのは、厚意ではなく押し付けだと思う。

「なんでそんなに嫌そうな顔をしている?」
「うふふ、これが普通の顔ですが、何か?」
「ただ上司が声をかけただけで、そんなに眉間に皺を寄せるやつがいるか?」

 全くもって口の減らない上司だ。
 分かっているなら放っておいてくれたらいい。そこまで嫌がられたら普通は遠慮する。普通は。

「そう見えておりましたら大変失礼しました。なにぶん、無能ですので」
「……相当根に持っているんだな」

 感心したような口調で驚いている東御。憎たらしさが増量した。

 花森は心の中で「禿げろ」と唱えてみる。誰のせいでこんなに資料を急いで作りながら業務終了後にスーツを買いに行かなくちゃなんて思わされているのか。

 土日の混雑した街で買い物をするモチベーションなどない花森は、平日に買い物も済ませてしまいたい。

 というか、明日にでも新しいスーツで出社して、東御にスーツのことをこれ以上言わせたくない。
 また強引に店に連れて行かれて「自分の選んだ服を着せているというのは気分が良い」などと吐かれようものなら負けた気がするからだ。

 東御自身が純粋な好意で服を贈ったことに、花森はまだ気づいていない。
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