鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第二章

デートらしいデート 4

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 東御と花森は食事を終えて移動すると、ビルの最上階にある展望台に来ていた。

「ビルからの夜景なんかはイメージがあるが、昼間に展望台に来たのは初めてだ」
「なんとなく、そうかなあと思って来ました」
「うちはどこだろうか……」
「高層ビルが多くて隠れていそうですねえ」

 高層ビルの最上階にある展望台は、外に向かう全面がガラス張りになっており、ぐるりと歩くと360度見渡すことができた。 

「富士山は薄っすらだな」
「ホントですね」

 東御には、ここに連れてこられた意図がよく分からなかった。
 誕生日に展望台を選んだ花森が何を見せたかったのか、どうして昼間の景色なのか。

「私、定期的に展望台に来るんです」
「そうなのか。景色を見るのか?」
「この街は、絶えず変化していて色んなものが見えるんです」

 花森は臨海地区の前で真っ直ぐの方向を見ていた。

「あそこにあった商業施設は、前回来たときには営業していました」
「閉館してからそんなに経っていないのに、無くなるのは早いな」

 花森はそのままゆっくり歩いて別の方向を見る。

「あの一番大きな建物がオープンしたのは一年前で、この展望台よりも高い建物になってしまいましたね」
「ずっと工事をしていたが、できてしまうと前からあったように見えるから不思議だな」
「そうなんですよ」

 花森は景色を見ながらうなずいている。

「来るたびに変わるんです。それがなんだか特別な気がして」
「そうか、それで今日ここに来たんだな」
「ビンゴです」

 今ここで見えている景色も、日々、刻一刻と変わっている。
 世界でも類稀な特徴を持つ東京という都市には、とにかく情報量が多い。

「同じ景色は、二度と見られないんです」
「粋な誕生日祝いじゃないか」
「ふふ、お褒めに預かりましたね」

 花森は東御の身体に寄りかかってじっと景色を見ている。
 休みの日の首都高には車もまばらで平日のような混雑は見られない。
 この街は平日と休日でも景色が違う。

「花の世界も、移ろいゆく命を尊む」
「そうなんですね」
「日本人が桜を好むのも、あの表情の移ろいが特に華やかで、遺伝子の中に愛さずにいられないものが組み込まれているんじゃないかと思うんだ」
「桜は、綺麗ですよねえ」
「華道の世界でも、唯一手を加えるのが無粋だと言われているのが桜なんだ」
「それは、どうしてですか?」
「そのままで完成された美を持っているからだ。桜はそれだけ特別な花として扱われる。枝を切って差し方で魅せたりはするが、他の花のように手を加えたりはしない」

 花森は無言でうなずきながら、来年の桜は東御と見ているのだろうかと漠然と思う。

 就職して初めて桜吹雪を浴びながら歩いた道、あの時から繋がっている今にこんな出会いが待っているとは想像もしていなかった。

「私、八雲さんのこと、もっと知りたいです。先生としての姿も」

 花森は、東御を水族館や展望台に連れてきて良かったと思った。そっと東御の腕に頬を寄せる。

「あれ? 花森? えっ?! もしかしてトーミー?!」

 突然声をかけられて花森と東御は後ろを振り向く。
 そこには同じ会社に勤める先輩社員の那由多と恋人の姿があった。
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