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第二章
間抜けの夕食どき 2
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花森が冷凍ドリアを食べていると、外でドタドタと騒がしい足音がして家の鍵を開ける音が続く。
「沙穂!!」
大声で叫んで家の中を騒がしく走って来た東御は、スーツ姿で息を切らしていた。
「……はい?」
「怪我を、怪我を見せろっ……」
「めっちゃハアハア言ってますけど……」
肩で息をしている東御が、果たしてどこから走って来たのか分からない上に分かりたくもないが、会社から家に帰ってくる時間としては早すぎるだけでなく、途中で絆創膏も買ってきたのであれば尚更早すぎる。
「はあ……」
花森は左手を東御に見せる。既に血は出なくなっていた。
「傷が残らないと良いんだが……こんな場所に刃物で傷を作りやがって……」
「切れたわけじゃありません。刃物が当たっただけです」
「いい加減なことを言うな、切れてるだろ。それを食べたら消毒するぞ」
「えっ……痛いの嫌です」
「子どもか」
東御は着替えるために寝室に向かった。
花森を見るまでは安心できなかったが、病院に行くまでもない怪我だと分かってようやく落ち着く。
寝室でスーツを着替えて部屋着になると、東御はキッチンに向かった。
扉を開けると花森は既に食事を終えている。
まな板にトマトがまるまると残っているのを見て、怪我の理由はこれかと分かった。確かにトマトの表面は滑る。
「トマト、今から切ったら食べるか?」
「あー……はい」
「分かった」
東御はその場にあるトマトに包丁を入れてスライストマトを作ると平皿にのせてテーブルに置いた。
花森のカトラリーがスプーンしかないのを見ると、箸を出して花森に渡す。
「何かかけるか? トマト」
「そのままでいいです。ありがとうございます」
東御は自分の食べるものを探そうと冷凍のご飯を出して鮭缶をキッチン脇に設置された小さなパントリーから出してきた。
「先に、沙穂の手当てからしておこうか」
「えっ?」
東御は帰ってきて花森を見た時に、薬局で買ってきた消毒液とウォータープルーフタイプの創傷パッドをテーブルに置いていた。それを袋から取り出して花森の隣に座る。
「ほら、左手」
「はひ……」
花森は渋々左手を出す。実は血を拭くくらいの処置しかしていなかった。
消毒をされるというのは痛みが伴いそうで花森はビクビクしている。
東御が勢いよく消毒液を花森の左手にかけたので花森は震え上がった。
「傷口周辺を一気に消毒しておく。痛むか?」
「ちょっとだけ……」
思ったよりも沁みなかった。花森がホッとしていると、それを見て東御は不満げな表情を浮かべる。
「沙穂のドジなところは嫌いじゃないが、こうやって自分に傷がつくのはいただけないな」
「私、生傷絶えませんよ?」
「……」
東御は絶句した。生きているだけで怪我をする生き物がこの世にいるらしい。
およそ理解が及ばないが、これまでの花森を見ていればそれが真実であることくらいは分かる。
「すまなかった。俺はほとんど怪我をしないからな……家に絆創膏や救急セットくらいは置くようにしよう」
「怪我しない人なんているんですね」
「いる、ここに。きっと皮が厚いんだろう」
「でしょうね。それだけではないと思いますが」
「なんで『でしょうね』なんだ」
「厚そうですからね」
嬉しくないぞ、と東御は複雑だ。花森に大判の創傷パッドを貼り付けると、自分の食事の準備を始めた。
「あの、八雲さん。今日、那由多さんと松井さんに話しました」
「話したっていうのは……」
「私たちのこと……」
東御は息を呑む。いよいよ自分の支社行きも確定してしまうのかもしれない。
「沙穂!!」
大声で叫んで家の中を騒がしく走って来た東御は、スーツ姿で息を切らしていた。
「……はい?」
「怪我を、怪我を見せろっ……」
「めっちゃハアハア言ってますけど……」
肩で息をしている東御が、果たしてどこから走って来たのか分からない上に分かりたくもないが、会社から家に帰ってくる時間としては早すぎるだけでなく、途中で絆創膏も買ってきたのであれば尚更早すぎる。
「はあ……」
花森は左手を東御に見せる。既に血は出なくなっていた。
「傷が残らないと良いんだが……こんな場所に刃物で傷を作りやがって……」
「切れたわけじゃありません。刃物が当たっただけです」
「いい加減なことを言うな、切れてるだろ。それを食べたら消毒するぞ」
「えっ……痛いの嫌です」
「子どもか」
東御は着替えるために寝室に向かった。
花森を見るまでは安心できなかったが、病院に行くまでもない怪我だと分かってようやく落ち着く。
寝室でスーツを着替えて部屋着になると、東御はキッチンに向かった。
扉を開けると花森は既に食事を終えている。
まな板にトマトがまるまると残っているのを見て、怪我の理由はこれかと分かった。確かにトマトの表面は滑る。
「トマト、今から切ったら食べるか?」
「あー……はい」
「分かった」
東御はその場にあるトマトに包丁を入れてスライストマトを作ると平皿にのせてテーブルに置いた。
花森のカトラリーがスプーンしかないのを見ると、箸を出して花森に渡す。
「何かかけるか? トマト」
「そのままでいいです。ありがとうございます」
東御は自分の食べるものを探そうと冷凍のご飯を出して鮭缶をキッチン脇に設置された小さなパントリーから出してきた。
「先に、沙穂の手当てからしておこうか」
「えっ?」
東御は帰ってきて花森を見た時に、薬局で買ってきた消毒液とウォータープルーフタイプの創傷パッドをテーブルに置いていた。それを袋から取り出して花森の隣に座る。
「ほら、左手」
「はひ……」
花森は渋々左手を出す。実は血を拭くくらいの処置しかしていなかった。
消毒をされるというのは痛みが伴いそうで花森はビクビクしている。
東御が勢いよく消毒液を花森の左手にかけたので花森は震え上がった。
「傷口周辺を一気に消毒しておく。痛むか?」
「ちょっとだけ……」
思ったよりも沁みなかった。花森がホッとしていると、それを見て東御は不満げな表情を浮かべる。
「沙穂のドジなところは嫌いじゃないが、こうやって自分に傷がつくのはいただけないな」
「私、生傷絶えませんよ?」
「……」
東御は絶句した。生きているだけで怪我をする生き物がこの世にいるらしい。
およそ理解が及ばないが、これまでの花森を見ていればそれが真実であることくらいは分かる。
「すまなかった。俺はほとんど怪我をしないからな……家に絆創膏や救急セットくらいは置くようにしよう」
「怪我しない人なんているんですね」
「いる、ここに。きっと皮が厚いんだろう」
「でしょうね。それだけではないと思いますが」
「なんで『でしょうね』なんだ」
「厚そうですからね」
嬉しくないぞ、と東御は複雑だ。花森に大判の創傷パッドを貼り付けると、自分の食事の準備を始めた。
「あの、八雲さん。今日、那由多さんと松井さんに話しました」
「話したっていうのは……」
「私たちのこと……」
東御は息を呑む。いよいよ自分の支社行きも確定してしまうのかもしれない。
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