鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

文字の大きさ
103 / 187
第三章

水柿サユリという女 5

しおりを挟む
「嵐のような女性ですね……」
「そうなんだ。昔からな」
「でも、付き合ってたんですよね?」
「……俺の中では付き合っていたとカウントするのも微妙だ」

 花森はそれを聞いて難しい顔をした。
 あんな美人と関係を持っただけでも許しがたい。無意識のうちでも比べられているのかもしれないと思うと面白くはなかった。

「過去だと分かっていても、時間が経っていても、嫌なものは嫌ですね」
「嫌な気分にさせてすまなかった。本当は、サユリと会わせる気はなかった」
「でも、幼馴染ってことは今後も会うわけですよね?」
「沙穂が嫌なら会わない」

 花森はそこで頭を抱える。
 単なる元恋人であれば縁を切れと言いたいところだが、水柿みながきサユリと言えば女性誌でモデルも務め、心に刺さるエッセイを書くような憧れの存在だった。
 あの「水柿サユリ」が彼氏の幼馴染だという事実はそれなりに嬉しい。

「実は……八雲さんとそういう関係だったと聞くまではサユリさんと二人で飲んでて楽しくて、やっぱり素敵な人だったんです」
「……サユリは、人間力が高いと思う」
「分かります。ああいう人が友達にいたら自慢だなあっていうか……私、サユリさんのことはすぐに好きになったというか」
「学生時代も、同性から人気だった」

 東御はベッド脇に腰を下ろすと、隣に花森を座らせる。

「沙穂の望むようにする。沙穂だけでサユリに会いたいと言うのなら、その方法も考えよう」
「でも、酔っぱらったら危険そうですね」
「……頭が痛いな」
「やっぱり、サユリさんと会う時は八雲さんも一緒にいてください」

 東御は花森の頭を撫でると、額に口付けようと近づく。

「ダメです!!」

 そこで花森が額を手でガードした。東御は避けられた事実に怪訝な表情を浮かべている。

「こ、ここはさっきサユリさんがチュウしたところだから……間接キスになってしまいます」
「あいつ……。他に何かされたりはしなかったか?」
「大丈夫です、おでこだけ。八雲さんが来てくれたので」
「じゃあ、口は大丈夫だな?」
「はい、大丈夫ですよ」

 花森は相変わらずおでこを手のひらでガードしている。
 触れると間接キスになるからと防いでいるのかもしれないが、東御にとってそんなことはあまり関係ない。

 そっと花森の唇に唇で触れると、そのまま身体を包み込むように抱きしめた。

「一日の終わりに、沙穂に触れられないのは寂しい」
「サユリさんと立てこもるように寝室に入ってしまってごめんなさい」

 花森は東御の腕に包まれながら、悲しそうに謝っている。

「そんなに嫌がられると思わなかった」
「私と出逢う前に八雲さんと愛し合った人なんて、嫌です」
「サユリと愛し合ったことはない。人生で愛し合ったのは沙穂が初めてだ」
「それってどういう……」

 東御は花森の背中をさすりながら、この華奢な身体に触れられなかっただけでこうも不安定になるのだと思い知る。

「生まれて初めて愛したのが、花森沙穂だ」
「……ほんとです?」
「こんなに本気なのにひどいな」
「信じますよ? 騙したら許しませんよ?」
「沙穂に嘘はつかない」

 花森は東御を見上げる。いつも通りの熱い目がこちらを見て柔らかく微笑んでいるのが分かった。
 この目と表情を知っているのは、花森だけなのかもしれない。
 会社に入って知った東御八雲という課長は、ポーカーフェイスで有名だった。

「じゃあ、私が初めての女ですね」

 誰も知らない東御を自分だけが知っているのだと分かると、花森は俄然機嫌が良くなる。
 東御と共にベッドに潜り込んで、包まれるように横になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...