鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

異変 3

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 花森の用意したぶっかけ丼は、生マグロとイカソーメン、納豆、オクラ、細切りのたくあん、青じそを卵の黄身と共に醤油をかけ、全てをしっかりと混ぜて白飯の上にかける。

「旨い。成功だな、沙穂」
「美味しくなる要素に私は関与していません」
「……素直に喜べ」

 結局褒めたところでこれだったのか、と東御は複雑な顔でスプーンを使ってぶっかけ丼を頬張る。
 オクラと納豆がねばねばとした食感を生み、そこに絡まる卵黄によりとろりとしたのど越しになっていた。

「料理が出来ないのに、こういうレシピを探せるというのはなかなかセンスがあるぞ」
「ああ、実は那由多さんに相談したらレシピ送ってもらえたんです」
「そうか」

 そういうことかと分かると、料理ができない花森がこのレシピをそう簡単に思い浮かべられるわけがなかったなと東御は納得した。今回は那由多に感謝をしておかなければならない。

「八雲さんって、手のここ? 綺麗じゃないですか?」

 花森は自分の指の付け根にある骨の周りをなぞる様にして場所を説明する。

「マニアックなことを言うんだな。虫様筋ちゅうようきんを褒められたのは人生初だ」

 東御は、手の関節の曲げ伸ばしに関わる人差し指から薬指の間に走る4本の筋肉を褒める花森に驚く。
 虫様筋は物をつまむような動きのために使われる、身体の中では小さくて繊細な筋肉だった。
 そんな特徴もあって、意識して鍛えたことはない。

「確かに、花をやる人間にとってはこの筋肉がしっかりとあった方がいいだろうな」
「職業筋ですか?」
「……なんだそれは」
「なんかほら、職業病的な」
「違う」

 華道が何かの筋肉に結び付いているとは思えない。
 虫様筋が発達している方がいけばなには有利に違いないが、そんな話を周りでしているものはいない。

「虫様筋は鍛えていないが、広背筋には自信がある」
「……背中ですか?」
「ああ。身体を逆三角形にするのにいい」
「……たし、かに……」

 東御はそんなことを言うと、ぶっかけ丼をあっという間に食べきった。
 手を合わせて「ご馳走様」と花森に感謝をすると食器を持って早速流しで洗い物をしている。
 その間、花森は静かにひとりで丼と向き合っていた。

「食べ終わったら洗うから食器を持ってこい」

 東御が振り返ると、花森は最後の一口を流し込む。
 そうして食事を終えると、そっと丼とスプーンをシンクまで運んだ。
 東御はそれを水で流しながら洗剤を付けて洗っていく。

「ありがとうございます」

 洗い物をしている東御の後ろから、花森が身体に手を回す。

「広背筋って……」
「ああ、沙穂が顔を当てている場所が広背筋だ」
「すきぃ……」
「……そうか」

 部位を褒められると焼肉にでもされそうな妙な心地がするが、花森に好かれるのなら悪くないと思う。

「そのエプロンは、何のために用意したんだ?」
「本当は料理教室のために買ったんですけど……折角だから家で使うことにします」
「そうか。なんだか新婚みたいだな」
「裸ではつけませんからね」
「何も言ってないだろ。いやらしいやつだな」

 東御は花森の方を向き、そういえば納豆を口にしたんだと一旦踏みとどまる。
 洗い物をして水にさらされたばかりの手をそっと花森の首に当てると、「ぎゃっ」という声に目玉が飛び出そうなほど目を見開いた顔が見られる。

 花森の大袈裟な反応は東御にとって愉快でしかない。
 声を上げて笑った東御を見て花森は片頬を膨らませたが、東御の笑顔がいつになく子どもっぽさを含んだ笑顔になっているのに気付く。
 そんなに面白かったのならまあいいかと、花森は初めて見る無邪気な笑顔に免じて許すことにした。
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