鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

湧き上がる復讐心 1

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 東御は花森を抱きしめてその寝息を聞きながら、暗い寝室でその日に起きたことを思い出していた。

 父の東御源愈げんそうに対しては、東御流の生徒を増やしたりイメージアップのために尽くしてきたつもりだ。

 それでもなお、自分に東御流の子息としての責任を望んでいる。

 東御八雲の兄は既に結婚しており、父の望むレールの上に乗っていた。
 義姉は大企業のオーナー社長の令嬢で、コネで仕事がもらえているらしい。
 大企業の社長というのは付き合いが広いため、一般家庭よりも花を飾ったり贈ったりする機会に恵まれ、紹介も多かった。

 だが、そんな兄よりもずっと東御流のPRになる活動をして、自身の実力だけで認められ東御流を盛り上げてきたのは八雲だった。
 父親にとってはそんな不確定要素は取るに足らないものらしい。

 兄のように血のつながりで東御流を強くしろ、と父親が望むのは、それだけ東御流に対する危機感や華道を守る使命感によるのかもしれない。

 実際のところ、そんなものは実の子からすればどうでもいい。
 息子である自分は望むものが父親とは違うのだ。
 兄がその使命を果たしているのだから、自分は別の道で役に立っている。それは分かってもらえない。

「沙穂」

 暗い寝室で名前を呼ぶ。花森はすやすやと眠っていた。

「沙」は砂のこと。「穂」とは稲の花序かじょ、つまり花のことを指す。

 花森を花の森だと捉えると、花森沙穂とは名前のほとんどが花で出来ていた。

 新卒入社として配属された花森の名を見た時に、東御は随分と花のような女だなと思った。
 その時にはもう、運命じみたものを感じていたのかもしれない。

「最初から俺の気を惹く名だった。名は体を表すのだろうか。花はそこに在るだけで潔い」

 自分が生きていられたのは花の道があったお陰だ。
 花に固執する父と兄に、花によって自分の実力を見せつけることを、東御家への復讐を誓った。

 今は、花以上に目の前の女性に救われている。
 花のような名前をした、才能も名声も家柄もない間抜けな女性だ。

「そちらがその気なら、こっちにだって考えがないわけではない……」

 花森を否定した……既に彼女に恐怖を与えるようなやり方をした父親を、許すつもりはない。
 暗い寝室の中、東御の目が鋭く光る。
 自分が虐げられるのなら耐えればよかった。だが、花森に手を出そうとするのなら話は別だ。

 自分のしたことがどれだけ愚かだったのか、教えてやらねばならない時が来たのだろう。

 もう、父親だからと容赦はしない。

 東御は、花森を狙った父親を絶対に後悔させてやるつもりだった。
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