鬼上司は間抜けな私がお好きです

第三章

湧き上がる復讐心 ５

　花森は先ほどまで東御との関係を公にできないことを寂しがっていたが、いざ周りに知らせようと言われると不安でたまらない。

「もしもそれで八雲さんが、転勤になったら嫌です……」
「……そうだな」
「私、八雲さんと毎日一緒にいたい……」
「沙穂が思っている以上に、俺はそう思っているよ」

　二人は不安とともにお互いを抱きしめていた。
　休憩室の自動販売機だけがブーンとモーター音を立てている。
　東御は始業時間を過ぎて「そろそろ会議の始まる時間だ」と花森からそっと離れ、花森も「はい」と静かに納得していた。
　外で見張っているらしい松井は仕事に戻らなくて良いのだろうか。

　席に戻れば、近くに三木がいるだろう。
　花森は東御と共にいるのを三木に見られたくなかった。いくら東御が公にするつもりだとしても、三木から変な形で噂が広まるのだけは避けたい。

「私は、松井さんと一緒に戻ります」
「それがいい。一足先に戻る」

　東御は軽く花森に口付けた。
　そっと離れると「オフィスでチュウはダメですよ」と花森に小さく叱られる。

「したかったんだよ。公にするつもりなんだから怒るな」

　東御はそう言って休憩室を出て行った。
　外に出たところで松井に声をかけたらしく、何か話し声がする。

「もう、大丈夫？」

　松井は部屋に入ってきて花森の様子を気にしていた。
　肩から下げられたA4サイズの資料が入る大きめのトートバッグは、使い込まれた赤茶色の革製ものだ。

「はい、本当にありがとうございました」
「ううん。なんか、ほんとに付き合ってるんだなあって思っちゃった。東御、ありゃ相当溺愛だ」
「そうなんです」
「さっきまで泣いてたくせに立ち直っちゃって。花森も相当好きなんだね」
「はい、相当好きなんです」

　松井の前で堂々と気持ちを話すと、花森は清々しさを感じる。
　やはり、自分の好きな人を隠すのは向いていない。
　
「松井さん、私……東御さんへの気持ちに嘘をつかずに、この会社で東御さんと一緒にいることはできないんでしょうか？」
「うーん……そうだねえ……」
「東御さんは、周りに言おうと思っているらしいんです。さっきみたいなことがあったから……」

　松井は顎に手を当てて「うーん」と唸っている。
　やはり、そう簡単ではないのだろう。松井は難しそうな顔をした。

「二人が周りに言いたい気持ちは分かるし、公にして三木が花森に近づけないようにするっていうのは、確かにとも思う。でもね、やっぱり……東御か花森のどっちかは左遷されちゃうよ。そんなのを受け入れるのは止めない？　だってさ、結婚しちゃえば……処分はないんだよ？　付き合ってる段階でさ、あえて暴露してバラバラになることないって」