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第三章
湧き上がる復讐心 6
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時折詰まりながら訥々と語る松井は、明らかに残念そうな顔を浮かべている花森を見ていた。
「なんで、結婚はいいのに付き合っているのはダメなんですか? 付き合わないで結婚する人っているんですか?」
「うーん……付き合うのがダメって言うより、業務に支障が出たり、周りに迷惑かけるのがダメって感じかなあ」
「じゃあ、こそこそしていればいいんですか?」
「そうね、周りが気付かないくらい配慮して業務に支障をきたさなきゃいいんだと思う」
花森はその感覚がよく分からなかった。
悪いことではなかったとしても、周りに気付かれるのは業務に支障をきたすらしい。
学生だった頃の感覚が残る花森には、恋愛と仕事は両立できるはずだと思っていた。
「花森、私たちがやってるのはビジネスだよ。仕事の人間関係に恋愛が入っちゃうのは微妙なところだと思う。上司と部下なんかは、特にね」
そこで松井は花森を連れて休憩室を出た。
「あのね、公にするってことは、東御が責任を取るって言ってるんだよ」
「責任……ですか?」
「部下にそういう感情を持って業務が普通にできません、って上に報告するってこと」
「そんなの、おかしいです」
「そう思うでしょ? 思うんならやっぱり公になんかしちゃダメだよ。東御ともよく話し合っておいた方が良いと思う」
松井はそう言ってエレベーターを呼び、営業部のフロアに向かう。
花森はあらゆることが納得できず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
*
業務終了後、花森は会社のある駅から一駅ほど離れた喫茶店で東御を待っている。
ここは昼間であれば社会人が仕事をしている姿で溢れるような、各席にコンセントが完備された喫茶店だった。
いくつかの席では仕事をしているらしい男女と、学生の姿がある。
オフィス街にある喫茶店は朝早くから夜遅くまで開いており、眠らない雰囲気がした。
東御は夕方に入っている会議を終えたら、その後の仕事は自宅で行うと言っていた。
花森は一日を振り返りながら喫茶店でレモンスカッシュをストローで吸い込む。
三木とは朝以降に接触はなかったが一日中緊張が取れなかった。
あんな思いはもうたくさんだ。
なかなか東御の仕事が終わらないので、花森は鞄の中から文庫本を出した。
会議ともなれば長引くこともあるだろう。本を開いた途端、朝に松井から言われた言葉がよぎった。
『公にするってことは、東御が責任を取るって言ってるんだよ』
まさかもう、東御が花森とのことを報告していたりはしないのだろうか。
花森は急に心配になる。東御が支社へ異動にでもなったら、花森は毎日一人で生活しなければならない。
三木のことだけではない。東御の父親の件はどうなるのか。
東御が転勤にでもなってしまったら、あのマンションにひとりで暮らすのは安全なのだろうか。
花森は急に寒気を感じた。どうやら、まだ関係を公にする時期ではない。
「なんで、結婚はいいのに付き合っているのはダメなんですか? 付き合わないで結婚する人っているんですか?」
「うーん……付き合うのがダメって言うより、業務に支障が出たり、周りに迷惑かけるのがダメって感じかなあ」
「じゃあ、こそこそしていればいいんですか?」
「そうね、周りが気付かないくらい配慮して業務に支障をきたさなきゃいいんだと思う」
花森はその感覚がよく分からなかった。
悪いことではなかったとしても、周りに気付かれるのは業務に支障をきたすらしい。
学生だった頃の感覚が残る花森には、恋愛と仕事は両立できるはずだと思っていた。
「花森、私たちがやってるのはビジネスだよ。仕事の人間関係に恋愛が入っちゃうのは微妙なところだと思う。上司と部下なんかは、特にね」
そこで松井は花森を連れて休憩室を出た。
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「責任……ですか?」
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「そんなの、おかしいです」
「そう思うでしょ? 思うんならやっぱり公になんかしちゃダメだよ。東御ともよく話し合っておいた方が良いと思う」
松井はそう言ってエレベーターを呼び、営業部のフロアに向かう。
花森はあらゆることが納得できず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
*
業務終了後、花森は会社のある駅から一駅ほど離れた喫茶店で東御を待っている。
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いくつかの席では仕事をしているらしい男女と、学生の姿がある。
オフィス街にある喫茶店は朝早くから夜遅くまで開いており、眠らない雰囲気がした。
東御は夕方に入っている会議を終えたら、その後の仕事は自宅で行うと言っていた。
花森は一日を振り返りながら喫茶店でレモンスカッシュをストローで吸い込む。
三木とは朝以降に接触はなかったが一日中緊張が取れなかった。
あんな思いはもうたくさんだ。
なかなか東御の仕事が終わらないので、花森は鞄の中から文庫本を出した。
会議ともなれば長引くこともあるだろう。本を開いた途端、朝に松井から言われた言葉がよぎった。
『公にするってことは、東御が責任を取るって言ってるんだよ』
まさかもう、東御が花森とのことを報告していたりはしないのだろうか。
花森は急に心配になる。東御が支社へ異動にでもなったら、花森は毎日一人で生活しなければならない。
三木のことだけではない。東御の父親の件はどうなるのか。
東御が転勤にでもなってしまったら、あのマンションにひとりで暮らすのは安全なのだろうか。
花森は急に寒気を感じた。どうやら、まだ関係を公にする時期ではない。
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