鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

湧き上がる復讐心 8

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 店内に入って来た男性は、入口のレジスター脇に立てかけられていた夕刊を持って空いている席に向かった。

 花森の方には目もくれず、何かを店員に注文して新聞を熱心に読んでいる。
 別人だろうか、と花森はそちらをちらりと見ながらドキドキしていた。

 そもそも、相手が昨日と同じ格好をしている確証などない。
 昨日はたまたま黒い格好をしていただけかもしれない。
 つまりそれは、どんな格好でどこから見られているかも分からないということにもなる。

 急にまた花森は心細くなった。
 携帯電話を出し、東御にメッセージを打つ。

『八雲さん、今、どこですか?』

 すると、『もう着くところだ』と返信が来た。花森は途端に安心してふうーっと息を吐く。

 ふと視線を感じて店内をぐるりと見る。一瞬、先ほどの黒づくめの男性と目が合った。
 考えすぎだ、きっとこれは気のせい……。
 そう思いながら花森はもう一度全身を黒い服に覆われた男性の方を見やる。
 やはり、目が合ったような気がした。

 どうしよう……。

 途方もない気持ちが花森を襲う。どこに何があるか分からない。
 悪意がそこら中に潜んでいるようで安心することができない。

 また、喫茶店に新しい客が入って来た。
 自動ドアが開くと、東御の姿がある。
 高い背に整った作り物のような顔、どこか焦っているように息を切らして店内をぐるりと見渡している。

「沙穂」

 遠くでも、口がそう呟いて目元が微笑んだように見えた。

「八雲さん……」

 花森は不安から解放され、東御が近付いてくるのをずっと見ている。

「遅くなってすまなかったな。帰ろうか」
「はい」

 東御は花森の席に置かれていた伝票を持つと、そのまま入口の脇にあるレジに持って行く。

 花森は広げていた荷物を鞄にしまうと、会計をしている東御の元に急いで向かった。

「ご馳走様です」
「いいんだ、遅刻代にしては安すぎた。何か食べて帰ろうか?」

 東御がそう言って花森の手を握る。
 花森は店を出る前に、ふと黒づくめの男性の席を確認した。
 夕刊が畳まれてテーブルに置かれ、ホットコーヒーらしきカップが残されたまま人の姿が消えている。

 トイレかな、と花森は気にすることを止めて東御の顔を見る。
 その延長線上に急に現れた男性の姿に、危うく声を上げそうになった。

「どうした?」

 花森の目が見開かれたのを見て、東御は尋ねる。
 東御の横に現れた男性は伝票を持って立っていた。
 きっとこれは、ただ会計の時間が一緒になっただけ……花森はそう思いながら東御に「なんでもありません」と声をかけて一緒に店を出る。

 気のせいだと思いながら、一刻も早くここを離れたい気持ちが足を急がせた。
 東御は急に顔を曇らせた花森を心配しながら駅に向かう。
 食事に誘ったことに何の反応もなかったのは、家に早く帰りたいということだろうかと花森の様子を注意深く観察する。何かがおかしい。

 東御は今日あったことを聞かなければと思っていた。
 朝、花森に接触をしてきた三木が一体何を企んでいたのか、東御にはまだ事情が分かっていない。
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