鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

順序が違うけれど 1

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「明日、会社に公表しようと思う」
「私たち、結婚しますって言うんですか?」
「正式なプロポーズに何かしようか? レストランでサプライズがいいか? 何か憧れのシチュエーションは?」
「サプライズって言いませんよ、それ」

 花森は呆れ気味に東御に言い放った。
 いまさら憧れのシチュエーションが何かを聞かれても、そんな業務的にこなされるのは不本意だ。

 二人はベッドで横になって、身体を寄せている。
 流されるように結婚の話が進んでいくが、花森は一度も東御と「結婚したい」と言ったことはない。

 ずっと付き合っていたい、別れたくない、このまま側にいたいという気持ちは充分すぎるくらいにある。
 それが結婚したいという単純な方程式にならないのは、恐らく花森に結婚願望がないからなのだろう。

「結婚しちゃっていいんでしょうか? 私たち」
「……もう俺は愛想をつかされていたのか」
「そうじゃなくて。三木さんのことやお父さんのことがあったからって、急いでするものではないのでは……?」
「俺は、沙穂と付き合った瞬間からずっと一緒になりたいと思っているが」

 つまり、この流れに疑問を持っているのは花森だけだった。
 東御にとっては付き合う先に結婚が当たり前にあり、花森にはその感覚がない。
 花森はこの状態で、どんどん周りを巻き込んで大事おおごとになっていくのが怖くなっている。

「私、八雲さんとずっと一緒にいたいんです。でもそれって結婚したいっていう意味じゃなくて」
「結婚なんて紙切れ一枚の契約書だ。ずっと一緒にいることを前提に男女が家族の契約をする」
「夫婦って、そんな簡単なものではない気が……」
「婚前契約書を作って納得するまで話し合おう。お互いの価値観を擦り合わせて、細かいことまで決めていく。なあなあでするんじゃなく、明確な意思を持って一緒になればいい」
「明確な意思……」

 花森は隣にいる東御をじっと見つめてみる。
 契約書に記載したいことは何だろうか。取り決めておきたいことなどあるのだろうか。

「一日一回は『好き』って言ってください」
「お安い御用だ。好きでも大好きでも愛しているでもいい。一回と言わず何回でも言う。他には?」
「喧嘩をしても、その日のうちに仲直りをしましょう」
「? そもそも喧嘩をするのは良いのか?」
「長く一緒にいるのなら、たまには喧嘩も必要ですよ」
「その感覚が、よく分からない」
「家族っていうのは、いつも喧嘩をしているものなんです」

 予想外のことを花森から言われ、東御は開いた口が塞がらなくなっている。
 一般的な家族というのは、そんなに好戦的な関係なのか。

「喧嘩をするくらいでなければ、分かり合えない場面もきっとあるんです」
「……できれば、沙穂とは喧嘩をしたくないな」
「八雲さんには、そういう家族がいなかったからご存じないのは仕方ありません。一緒に生活をするっていうのは、喧嘩無しでは難しいです」

 東御が描いている家族と花森の家族はどうやら大分違うものらしい。
 その発見が、一歩家族に近づいたのだともいえる。
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