鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

婚約発表 3

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「なるべく早く花森さんの異動先を決めようと思います。入籍のタイミングになったら社内で書いてもらう資料も多いのでまた声をかけてください」
「お手数をお掛けします……花森はそそっかしいところもありますが、頭が良く仕事の勘も良いです。本人に合いそうなところに移らせてもらえると……」

 東御が腰を低くして花森の異動先について頭を下げている。
 花森はそれをぼんやり見ながら、結局自分は東御の部下ではなくなってしまうのだと他人事のように感じた。


「八雲さん……これでよかったんですよね?」
「上司として面倒を見てやれなくなるのは、今でも心苦しい」

 席に戻るまでの間、二人で話しながら部署のメンバーたちにはどう話そうかと東御は迷う。

 席で全員に発表してもいいが、花森の居心地は良くないだろう。
 花森の異動が決まってから伝えたかったが、三木への圧力がないままになってしまう。

「臨時部会でも開くか」
「大袈裟ですから!」

 花森が大声を上げると、廊下を歩いている社員に注目された。
 しまったと花森が会釈をすると、向こうからも会釈が返ってくる。

「今のが営業一部の課長だ。評判も良く信用できる。異動先として推したいのがあそこだな」

 明らかに東御より年齢の行った男性社員だ。
 白髪混じりの髪、皺の深い顔に少し枯れた雰囲気が漂うが、聡明そうで温和な表情を浮かべていた。

「課長って……もしかしてそこそこ年齢が行ってからなるものですか?」
「いや、そんなことはない」

 東御はさらりと言うが説得力に欠ける。
 あんな課長に対して東御と同じように気軽に仕事を聞いたりする自分が想像できない。

「私、異動してうまくやっていける自信がありません」
「俺のようなやりにくい上司相手にしがみ付いていた。どこでもやっていける」

 東御はやりにくい上司ではなかった。少なくとも花森にとってはどんな不満や疑問にも応えてくれた。

「そんな寂しいこと言わないで下さいよ」
「評価をしただけだろ。上司と部下ではなくなっても、私生活ではパートナーなんだから寂しくなんかない」

 花森は納得せずに斜め下を見ていた。
 会社の廊下を歩きながら、普段より少し離れた距離を詰めたいのにと思う。
 不意に、東御の手が頭に置かれた。

「どこに出しても恥ずかしくない部下だと思っている」
「ーーえ」
「外から活躍を見ているから、他の部署で暴れて来い。俺はちゃんと育ててやれなかったが、家でたっぷり可愛がれればそれで幸せだ」
「こんな廊下で何言ってるんですか……」

 花森は苦笑した目から溢れる涙を止められなかった。
 東御とこの先も一緒にいるためには、越えなければならない試練だ。
 最初に東御の下に付いていなかったら、この優しい手を知ることもなかったのだろう。

「ここまでことが大きくなったんですから、婚約なしとか絶対許しませんから……」
「ああ、それは俺が一番許せないからちゃんとする」

 ここが会社でなければ、東御は花森を抱きしめて思い切り背中をさすりたかった。
 頭に置いた手を動かせず、泣いている花森を東御が頭を撫でて慰めているような図になってしまっている。

 廊下を歩いてくる同僚に見られてぎょっとされたが、そのうち関係がばれるのであれば気にすることもない。
 だが、会社で必要以上の接触は我慢した。
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