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第三章
旅行 3
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「うわ……」
「どうした?」
「お、オトナの世界に来てしまいましたああ」
東御が予約したのは温泉地にある由緒正しい宿で、もともと皇室の別邸だったものを譲り受けた土地に建っている。
入口が武家屋敷の裏口のような出で立ちで、2mほどの高さの塀に囲まれ、中はうかがい知ることが出来なかった。
到着した時には既に日が暮れていたので、入口の足元だけが両脇にある行燈により明るく照らされている。
「ここは仕事で一度だけ来たが、中はすごいぞ」
「お仕事で?」
「国内外の貴賓の来る日にどんな花を飾ったらいいかなどを考えて欲しいと依頼が来て、とりあえず全体を見て考えたいと言ったら一度招待されてな」
「ほえー……」
敷地内に入ると石畳が続いた。
柳や紅葉などが青々とした葉を揺らしており、ところどころ照明が当てられている。
二人はシダの植わった庭を横目に歩いていた。
「国内外の貴賓が来るようなお宿なんですか?」
「残念ながらそういうところ以外からは仕事が来ないので、俺は宿に疎いんだ」
「……普通はこういうところにこそ来ないんだと思いますよ」
正面に見えて来た大きな別荘のような建物は、比較的新しく見える。
庭の雰囲気からすると昔からある旅館のようだが、建物は建て替えたばかりのようだ。
入口は木枠にガラスがはまっていて、ロビーの奥までが見えた。
引き戸をゆっくりスライドさせると、木でできた建物の床は土足で歩けるようになっている。
「ようこそお越しくださいました。お名前をおうかがいします」
客へのもてなしで定評がある宿は、スタッフも着物を着用して客をもてなす。
藍色の着物を着た男性が東御の名前を確認すると、後ろからやってきた袴姿の男性が「お部屋にご案内します」と東御たちの荷物を持って歩き出した。
花森は人生で初めてやってきた高級旅館の対応に目を白黒させるばかりだ。
ロビーのある本館を出て、庭を横目に暫く歩く。
すると途中にまた塀に囲まれた場所が現れ、控え目な入口から塀の中に入った。
「こちら離れになりますので、大浴場と食堂は本館に来ていただくことになりますが、東御様はお部屋食にされますか?」
「部屋でお願いします」
「かしこまりました。それではご希望をいただいておりました20時にお部屋にお持ちいたします」
離れは小さな家を一軒貸すような作りになっている。
庭が景勝地である表情豊かな山に隣接しており、石造りの露天風呂には温泉が湧いては溢れ、穏やかな水の音が途切れることなく聞こえていた。
「す、すごい。旅館ってこういうところのことを言うんですか?」
花森が純粋な驚きを見せていると、部屋に荷物を置いた男性スタッフが「こちらは初めてでいらっしゃいますか?」と穏やかに尋ねる。
「あ、はい。彼は来たことがあるのですが、私は初めてで」
「妻は旅館自体も初めてらしく。折角なのでこちらの素晴らしさを知ってもらおうと思ってやってきました」
妻、と自然に言う東御に花森が「まだですけど」と突っ込みたくなるのを抑える。
外で東御と夫婦のように振る舞えば、なんとなく気後れもしない気がした。
「こちらをお選びいただきありがとうございます。何かありましたらお気軽にお呼びつけ下さい。温泉は源泉かけ流しのため、温度が熱いようでしたら水を足していただけましたらと。それでは、ごゆっくり」
柔らかな口調で話す20代らしき男性スタッフに、花森は「袴っていいな」と見惚れる。
そういえば東御はいつ着物に着替えるのだろうか。
男性スタッフはお辞儀をしてそそくさと出て行ってしまった。
「うわ……」
「どうした?」
「お、オトナの世界に来てしまいましたああ」
東御が予約したのは温泉地にある由緒正しい宿で、もともと皇室の別邸だったものを譲り受けた土地に建っている。
入口が武家屋敷の裏口のような出で立ちで、2mほどの高さの塀に囲まれ、中はうかがい知ることが出来なかった。
到着した時には既に日が暮れていたので、入口の足元だけが両脇にある行燈により明るく照らされている。
「ここは仕事で一度だけ来たが、中はすごいぞ」
「お仕事で?」
「国内外の貴賓の来る日にどんな花を飾ったらいいかなどを考えて欲しいと依頼が来て、とりあえず全体を見て考えたいと言ったら一度招待されてな」
「ほえー……」
敷地内に入ると石畳が続いた。
柳や紅葉などが青々とした葉を揺らしており、ところどころ照明が当てられている。
二人はシダの植わった庭を横目に歩いていた。
「国内外の貴賓が来るようなお宿なんですか?」
「残念ながらそういうところ以外からは仕事が来ないので、俺は宿に疎いんだ」
「……普通はこういうところにこそ来ないんだと思いますよ」
正面に見えて来た大きな別荘のような建物は、比較的新しく見える。
庭の雰囲気からすると昔からある旅館のようだが、建物は建て替えたばかりのようだ。
入口は木枠にガラスがはまっていて、ロビーの奥までが見えた。
引き戸をゆっくりスライドさせると、木でできた建物の床は土足で歩けるようになっている。
「ようこそお越しくださいました。お名前をおうかがいします」
客へのもてなしで定評がある宿は、スタッフも着物を着用して客をもてなす。
藍色の着物を着た男性が東御の名前を確認すると、後ろからやってきた袴姿の男性が「お部屋にご案内します」と東御たちの荷物を持って歩き出した。
花森は人生で初めてやってきた高級旅館の対応に目を白黒させるばかりだ。
ロビーのある本館を出て、庭を横目に暫く歩く。
すると途中にまた塀に囲まれた場所が現れ、控え目な入口から塀の中に入った。
「こちら離れになりますので、大浴場と食堂は本館に来ていただくことになりますが、東御様はお部屋食にされますか?」
「部屋でお願いします」
「かしこまりました。それではご希望をいただいておりました20時にお部屋にお持ちいたします」
離れは小さな家を一軒貸すような作りになっている。
庭が景勝地である表情豊かな山に隣接しており、石造りの露天風呂には温泉が湧いては溢れ、穏やかな水の音が途切れることなく聞こえていた。
「す、すごい。旅館ってこういうところのことを言うんですか?」
花森が純粋な驚きを見せていると、部屋に荷物を置いた男性スタッフが「こちらは初めてでいらっしゃいますか?」と穏やかに尋ねる。
「あ、はい。彼は来たことがあるのですが、私は初めてで」
「妻は旅館自体も初めてらしく。折角なのでこちらの素晴らしさを知ってもらおうと思ってやってきました」
妻、と自然に言う東御に花森が「まだですけど」と突っ込みたくなるのを抑える。
外で東御と夫婦のように振る舞えば、なんとなく気後れもしない気がした。
「こちらをお選びいただきありがとうございます。何かありましたらお気軽にお呼びつけ下さい。温泉は源泉かけ流しのため、温度が熱いようでしたら水を足していただけましたらと。それでは、ごゆっくり」
柔らかな口調で話す20代らしき男性スタッフに、花森は「袴っていいな」と見惚れる。
そういえば東御はいつ着物に着替えるのだろうか。
男性スタッフはお辞儀をしてそそくさと出て行ってしまった。
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