鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

旅行 4

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「どうだ?」

 庭を望む居間のような部屋に、東御は腰を下ろす。
 和室だったが座椅子のような一人掛けのソファが置かれていたので、花森もその上にちょこんと座った。

 東御は部屋に備え付けられている日本茶を急須で淹れ、花森と自分の前に湯飲みを置く。

「ありがとうございます。あの、思ってたのと随分違うんですけど」
「思ってた?」
「なんていうか……由緒正しい感じじゃないですか」
「思っていたのはどうなんだ?」
「ええと……もっとえっちな感じかと」

 そこで東御が吹き出す。お茶を口に含んでいなくて良かったとつくづく思った。

「なんだ、どういうイメージだ」
「……だって、部屋に温泉付きっていったらなんかそういう意味なのかなって……」
「そういう意味?」
「こんな豪華で重厚感のあるところだと思わなかったんですよお」
「それでずっと様子がおかしかったのか……」

 東御は花森の想像した宿のイメージが湧かない。
 むしろそちらの宿に興味があるなと小さく笑った。

「卑猥な場所でなくて残念だったな」

 東御は自分で淹れた日本茶を口に含み、庭の温泉が立てる音に耳を澄ませる。
 窓を閉めれば密室になるが、今はこの開放的な離れを堪能しようと思っていた。
 山中の夜は、初夏でも初春のような肌寒さを感じる。

「残念ではないんですけど、こんな由緒正しいところでいちゃいちゃしちゃって良いんですか? 場違いでは?」

 今度こそ東御は日本茶が気管に入る。飲食中に変なことを聞かれるのは都合が悪い。

「……い、良いに決まってるだろう」
「決まってるんですか」
「俺の愛妻は発情すると言っていた」
「あ、あはは。言いましたっけ、そんなこと」
「そんなことしか言ってなかっただろ」

 ばつが悪そうに誤魔化す花森を眺めると、東御は自分の席を立ち花森の前に腰を下ろす。

「20時に夕食だから時間がないな」
「……そうですね」

 お互いに近づいて軽いキスをすると、離れた途端に花森が飛びつくように深い口づけを始める。
 花森に押し倒され、上に乗り掛かる花森と東御がそのまま舌を絡め合うと、息遣いに小さな声が混じり静かな空間に響いた。

「外まで筒抜けですね」
「この位なら許容範囲だろ」
「この位で止めちゃうんですか?」
「……そうやって煽るのか」

 東御はキスを続けながら、自分の身体に体重を預けている花森の足に触れる。
 今の気温には肌寒いであろう生足をなぞるように探り、スカートの中に侵入する。
 普段とは違う何かが手に当たった。

「?」
「いや、あ、あの……これは、その……」

 言い訳をするように慌て始める花森に、ようやく東御は状況を飲み込み始める。

「いつの間に用意したんだ?」
「……仕事が終わった後、八雲さんが会議でいなかったので会社の近くで買いました……」
「全く……」

 呆れられた、と花森は気まずそうに横を向く。
 自分ばかりが東御を求めていたのだと思うと情けなさやら恥ずかしさやらで逃げ出したくなった。

「そういうところが、たまらなくかわいい」

 下にいた東御は花森を転がしてポジションを交代させる。
 ワンピースを捲り上げて腰に紐が結ばれた下着を目視すると「誘ってくれていると思うぞ?」と恥ずかしそうに横を向いたままの花森に尋ねた。

「誘ってます……」
「沙穂」

 花森は、この旅行はずっといちゃつく目的なのだと思っていた。
 勘違いが恥ずかしいやら、それでもこうして理解してくれる東御に気持ちが昂る。
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