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第三章
帰宅の余韻 2
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何がずるいのか東御にはよく分からなかったが、自分の腕の中でずるいと言う花森をいじらしく思う。
もっと自分がこうだったら良かったのに、と反省する時、花森はよく落ち込んでいた。
今回もそんな理由なのだろう。
「そうやって、私を八雲さん無しでは生きられないようにするんですね」
「人聞きが悪いが、まあ、狙いはそんなところかもしれない」
くすりと東御が笑うと、花森は東御の服に顔を埋めた。
「私、誰かに執着するのは嫌です。自分の足で立って生きていたいのに」
「そうだな。沙穂は自立した女性だ」
「八雲さんと一緒にいると、自分の足りなさがどんどんあからさまになってしまいます」
東御の部屋の玄関は、感応センサーで自動的に電気が付いていた。
たまにセンサーを切って出かけることもあったが、花森と暮らし始めてその習慣が無くなってきている。
「沙穂。誰かといると、どうしたって自分の長所と短所が分かりやすくなるのは仕方がないと思わないか?」
「そうですね。八雲さんが色々出来すぎなんですよ」
そう言ってつんとした花森を、東御は自分の目線上まで抱き上げた。
「沙穂が俺の下に配属された時の俺は、どんな印象だった?」
「……いけ好かない、ああ言えばこう言う感じの上司でした」
「ちょっと待て。ああ言えばこう言うのは沙穂の方じゃなかったか?」
東御は当時を思い返している。花森の反抗的な態度はどう考えても「ああ言えばこう言う」感じがした。
そこも含めて好きだったが。
「あとは、周りから感情が無いと思われていましたが……私の知っている八雲さんは感情豊かだった気がします」
「ああ。沙穂のお陰で感情面が急に忙しくなった。毎日側にいたくて、沙穂の好きな人になりたかったから」
「……人が変わりすぎです。欠点が無くなって可愛げが無くなったんじゃないですか?」
抱き上げて自分の目の前でぷうと膨れた花森を見て、東御は一度自分の欠点について考えてみる。
「最初から、俺に可愛げはないだろ」
「……確かに」
「沙穂は、最初から可愛かった」
「嘘です。最初に会った時イラっとしてたの知ってます」
東御は初めて会った時を思い出す。
誰かに書類の確認を頼もうをデスクから声を上げたら、今まで会ったこともない花森がやってきた。
『書類の確認というのは、一体何をどうすればいいのでしょうか?』
新卒社員だというのに物怖じせずに東御に尋ねて来た花森に、東御は新卒を呼んだ覚えはないとわざわざ圧をかけた。
『そこから説明しないとダメなのか?』
そう言えば、新卒社員なら怯むと思ったのだ。
『ご説明いただけないと確認の意味がありません』
そうきっぱり言い切った花森を見て、こいつは引き下がらないんだなと面倒に思ったのは確かだった。
「あの時イラっとしたのは、沙穂に説明するのが面倒でパワハラめいたことを平気でしていた自分に気付かされたからだ」
「ほんと、パワハラ上司でしたもんね」
「ほんとだな。ほら、出来すぎなんかじゃないだろ」
花森はくすりと笑う。東御が完璧に見えてしまう位、あの頃には考えられない位に盲目になっているのかもしれない。
「八雲さん、またどこか行きましょうね」
「ああ、次は沙穂の前で力尽きて寝たりしないぞ」
「私は、もうちょっとその場を楽しむ余裕を持って八雲さんとイチャイチャします」
二人で同時に吹き出す。いつもと違う相手を見られたのは旅行のお陰なのかもしれない。
東御は抱き上げた花森を降ろして唇を重ねる。
毎日使っていたはずの玄関は、普段とは違う香りがした。
もっと自分がこうだったら良かったのに、と反省する時、花森はよく落ち込んでいた。
今回もそんな理由なのだろう。
「そうやって、私を八雲さん無しでは生きられないようにするんですね」
「人聞きが悪いが、まあ、狙いはそんなところかもしれない」
くすりと東御が笑うと、花森は東御の服に顔を埋めた。
「私、誰かに執着するのは嫌です。自分の足で立って生きていたいのに」
「そうだな。沙穂は自立した女性だ」
「八雲さんと一緒にいると、自分の足りなさがどんどんあからさまになってしまいます」
東御の部屋の玄関は、感応センサーで自動的に電気が付いていた。
たまにセンサーを切って出かけることもあったが、花森と暮らし始めてその習慣が無くなってきている。
「沙穂。誰かといると、どうしたって自分の長所と短所が分かりやすくなるのは仕方がないと思わないか?」
「そうですね。八雲さんが色々出来すぎなんですよ」
そう言ってつんとした花森を、東御は自分の目線上まで抱き上げた。
「沙穂が俺の下に配属された時の俺は、どんな印象だった?」
「……いけ好かない、ああ言えばこう言う感じの上司でした」
「ちょっと待て。ああ言えばこう言うのは沙穂の方じゃなかったか?」
東御は当時を思い返している。花森の反抗的な態度はどう考えても「ああ言えばこう言う」感じがした。
そこも含めて好きだったが。
「あとは、周りから感情が無いと思われていましたが……私の知っている八雲さんは感情豊かだった気がします」
「ああ。沙穂のお陰で感情面が急に忙しくなった。毎日側にいたくて、沙穂の好きな人になりたかったから」
「……人が変わりすぎです。欠点が無くなって可愛げが無くなったんじゃないですか?」
抱き上げて自分の目の前でぷうと膨れた花森を見て、東御は一度自分の欠点について考えてみる。
「最初から、俺に可愛げはないだろ」
「……確かに」
「沙穂は、最初から可愛かった」
「嘘です。最初に会った時イラっとしてたの知ってます」
東御は初めて会った時を思い出す。
誰かに書類の確認を頼もうをデスクから声を上げたら、今まで会ったこともない花森がやってきた。
『書類の確認というのは、一体何をどうすればいいのでしょうか?』
新卒社員だというのに物怖じせずに東御に尋ねて来た花森に、東御は新卒を呼んだ覚えはないとわざわざ圧をかけた。
『そこから説明しないとダメなのか?』
そう言えば、新卒社員なら怯むと思ったのだ。
『ご説明いただけないと確認の意味がありません』
そうきっぱり言い切った花森を見て、こいつは引き下がらないんだなと面倒に思ったのは確かだった。
「あの時イラっとしたのは、沙穂に説明するのが面倒でパワハラめいたことを平気でしていた自分に気付かされたからだ」
「ほんと、パワハラ上司でしたもんね」
「ほんとだな。ほら、出来すぎなんかじゃないだろ」
花森はくすりと笑う。東御が完璧に見えてしまう位、あの頃には考えられない位に盲目になっているのかもしれない。
「八雲さん、またどこか行きましょうね」
「ああ、次は沙穂の前で力尽きて寝たりしないぞ」
「私は、もうちょっとその場を楽しむ余裕を持って八雲さんとイチャイチャします」
二人で同時に吹き出す。いつもと違う相手を見られたのは旅行のお陰なのかもしれない。
東御は抱き上げた花森を降ろして唇を重ねる。
毎日使っていたはずの玄関は、普段とは違う香りがした。
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