鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

文字の大きさ
162 / 187
第三章

帰宅の余韻 1

しおりを挟む
「着いたぞ」

 マンションの地下駐車場で、東御はエンジンを切って花森を起こした。

「んー……ここは……っ!!」

 見覚えのある駐車場に着いていることに気付き、一気に目が覚めたらしい。
 花森はしまったという顔を浮かべてシートのリクライニングを一気に元に戻した。
 シートの角度が直角になっている。

「ごめんなさい! 寝てました!」
「ゾンビ映画のワンシーンのような起床だったな。おはよう」
「ああ! 私、サービスエリアでコーヒーでも買って起きようって思ってたのに!」

 愕然としながら、直角になったシートに背中を押されて前のめりになる花森。
 東御はそれを見て「前屈ぎみになっているぞ」と呟く。

「八雲さんにずっと運転を任せたまま……すいませんでした」
「いい。運転したくてしていたんだから部屋に帰ろう。今日は家でゆっくりしたい」

 東御が花森の頭を撫でると、花森は眉を少し下げた後でシートベルトをかちゃりと外す。

「ただいま、八雲さん」
「ああ。ただいま、だな」

 軽くキスをして車を降りると、東御は荷物を入れたスーツケースと花森のボストンバッグをトランクから降ろす。
 スーツケースの伸縮ハンドルにボストンバックの持ち手を引っかけると、空いた左手で花森の手を握った。

「楽しかったか?」
「はい」
「そうか、よかった」

 マンションを部屋に向かって進む。
 スーツケースのローラーがマンションのタイルをなぞり、カタカタと音を立てている。

「八雲さんは、楽しかったですか?」
「ああ、沙穂がいつもより大胆で……」
「や、やめてくださいよ、そういうのは!」
「滞在中ずっとくっついていたがるからな」
「それ、こういうところで話しちゃいます??」

 花森がマンションの共用廊下を歩きながら、半泣きで恥ずかしがっているのを一度確認し、東御は意地悪く口角を上げる。

「俺は、沙穂が居れば旅行の場所はどこでも良かった。だから、沙穂が楽しかったのならそれでいい」
「……ずるいですね」

 東御の手が優しく花森を包んでいて、すぐに離れられそうなのに離れられない拘束力を感じる。
 こういう力加減のひとつをとっても、いつもずるい、と花森は思った。

 エレベーターに乗り込み、地下から三階を目指す。

「今までの人生で行ったどんな場所より、私、浮かれていました」
「ああ、浮かれていたな」
「でも冷静になってみると、もっと温泉に浸かっておくべきだったとか、帰り道もずっと寝てしまったし、反省点ばかりです」

 エレベーターを降りると程なく部屋に着き、東御が鍵を開ける。花森は一気にしゅんとしていた。
 東御は花森の手を引いて内側からドアの鍵をかけ、靴も脱がずに花森を抱きしめる。

「また行けばいい。初めて一緒に旅行に行ったのだから、やり残したことがある方が楽しみがあっていい」
「八雲さん……」
「旅行に行って、いつもと違うどんな沙穂のことも好きだった。だから帰りの車の中で寝ている沙穂も、寝顔をたまに見ながら運転をする景色も忘れられない思い出になった」
「ずるい……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...