鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

婚前 6

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 東御は昨晩からの花森を思い出してみる。
 他の男性に向ける目とは明らかに違うが、強弱の問題ではないのだろうか。

「沙穂には、外見以外のところを褒められたい」
「えー?! 八雲さんの外見を褒められないのは不自由ですよ」
「不自由か。そういう感覚か」

 東御は、生まれてからずっと外見だけは褒められていた。
 相手が自分のことを憎んでいても、外見だけは褒められていたのが抵抗感に繋がっている。

「でも、なるべく外見以外のところを褒めるようにしますね?」
「ああ」
「私への愛が深い八雲さんっ」

 照れながらくねくねと話す花森を見て、東御はくすりと笑う。
 そのまま先ほどの「反則」ペナルティを花森に課すことにした。


「ん……いつもチュウがえっちです」
「は??」

 長いキスを終えると、花森に責められるように言われて東御は耳を疑う。

「八雲さんと付き合ってから私、ドキドキさせられてばかりで」
「そうか、それは嬉しい」
「もう一度、してもらってもいいです?」
「エッチなんじゃないのか?」
「あ……あの……それは、その」

 気まずそうにアワアワし始める花森に、東御は音を立ててキスをする。

「……それだけ、私が八雲さんのチュウが好きってことです」
「ふうん?」
「もっとされたくなっちゃうので」
「かわいいやつ」
「もーっ! 言わせないで下さいよおおおおお!!」
「はは、自分で言っておいて何を照れてるんだ」

 花森は着物姿の東御の胸をグーで叩く。絹の感触がするりとして、はっと息を呑んだ。

「ごめんなさい、お着物に無神経なこと……」

 そうやって慌て始めた花森を引き寄せ、東御は何度もキスを浴びせる。
 もっとされたいと言ったのは花森の方だ。

  *

 旅館を出て東御のマンションに帰る車の中、高速道路で花森はうつろうつろと船を漕ぎ始めた。

「ひゃっ」

 ゴンと威勢のいい音がした。
 窓に思い切り頭をぶつけ、花森は目を覚ます。
 そこで東御は花森の眠気にようやく気付いた。

「無理して起きていることはない。シートを適当に倒して寝ていろ」
「で、でも……。運転任せっぱなしなのに……」
「大丈夫だ。沙穂が寝ていても運転できる」
「それはそうでしょうけど……」

 花森は何度も葛藤し、暫く起きていようと決めた。
 が、単調な高速道路を見ているうちにまた睡魔が襲ってくる。

「ご、ごめんなさい……ちょっとだけ寝ます……」
「着いたら起こすから、ぐっすり寝ていろ」

 東御に促され、花森はシートのリクライニングを普段より倒して眠ることにする。
 すぐにウトウトとし始めた様子を確認すると、昨日の夜はあまり眠れなかったのかもしれないと東御は思い当たった。

(いつもは沙穂が眠るまで頭を撫でているが、昨日は俺がすぐに寝たんだったな……)

 隣で寝息が立ち始める。東御は車を運転しながら旅行を振り返った。

「初めての旅行は、あれで良かったのか?」

 花森の答えは返ってこない。
 東御の旅行の思い出に残る花森は、常に照れながら嬉しそうな顔をしている。

「……困ったな。好きが渋滞してきているかもしれない」

 ぼそりと呟き、追越車線でスピードを上げた。
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