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第三章
不束な嫁 6
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東御が目の前で見た花森は、堂々としていて自分の主張に自信を持っていた。
花森はもともと芯が強くてしっかりとしているが、源愈と話している時の様子には揺るぎない自信を感じた。
「人権の観点で考えたからこそ、主張に自信が持てたのは間違いありません。でも、妻としては別です。八雲さんの生徒さんに見られた時に『あんな人が奥さんだなんて』と思われるでしょうし、会社で私が何もできない社員だとそのうちバレていけば『東御課長の奥さんって使えない』って思われます」
「……考えすぎじゃないか?」
「それに、私、八雲さんに暴力的なことをしちゃうじゃないですか……多分、家庭内DVで悩ませちゃうと思うんです」
「いやあれは、行為上のことだろう。確かに痛いが、嫌ではないし……」
抱きしめながら背中をさする東御は、花森がそんなことでも不安になるのだと知った。
急に襲ってきたらしいマリッジブルーは、源愈よりも花森を悩ませる。
「人を貶したい奴は誰に対しても言う。あと、聞かなかったことにして欲しいんだが沙穂の採用理由を読んだ。しっかりとしたジェンダー論に、会社を変えて行ってくれる可能性を感じたらしい。アパレル業界は現在難しい問題を抱えている。沙穂の価値観が必要だ」
「……私の価値観が、ですか?」
「ああ。年寄りには、この辺の感覚は分からない。生まれてくる時代が10年違えば人間の価値観は大きく変わる」
花森は目を見開いて東御を見上げた。心底驚いたような顔をしている。
「自分の価値は、自分では分かりにくいのかもしれないな。沙穂はうちの会社に必要だから雇われている」
「……そうだったんですか」
「言いたい奴には言わせておけ。負け犬の遠吠えだ」
「わんわん」
「お前が鳴くのか。だがかわいい」
「八雲さん、適当な鳴き真似に弱すぎませんか?」
「沙穂に弱いんだよ」
ぷっ、と花森は吹き出すと「あは、あはは」と笑い出した。
東御もつられてくすりと笑い、花森の笑顔が戻ったことに安堵する。
「ほら、買い物をして昼食を取ったら夫婦の時間が待っている」
「夫婦の時間……」
「旅行の時の逆パターンだな」
「やだもう、どうしましょうっ。夫が発情期に……」
「違う。やけに嬉しそうじゃないか……」
東御は花森の手を引いて、静かな駐車場から歩き出した。
また大通りに出ると、駅ビルに向かう。
「必要なものは何でも買うといい。生活費として俺が払う」
「例え夫婦でも、金銭のやり取りに贈与税は発生しますからね?」
「知っているよ。生活費となると別なんだ。それに基礎控除額は年間110万円」
「はい、よくできました」
そんな心配はしなくていい、と花森を小突く。
「俺だって講師業を法人化してサラリーマン以外に社長をやっているんだ」
「税関係は専門ではないです。でも法律関係なら……」
「大丈夫だ。信頼しているし、信用している」
花森は東御の腕にそっと頭を預けた。
理由なく不安に襲われていたが、些細なことばかり気になってしまったのかもしれない。
花森はもともと芯が強くてしっかりとしているが、源愈と話している時の様子には揺るぎない自信を感じた。
「人権の観点で考えたからこそ、主張に自信が持てたのは間違いありません。でも、妻としては別です。八雲さんの生徒さんに見られた時に『あんな人が奥さんだなんて』と思われるでしょうし、会社で私が何もできない社員だとそのうちバレていけば『東御課長の奥さんって使えない』って思われます」
「……考えすぎじゃないか?」
「それに、私、八雲さんに暴力的なことをしちゃうじゃないですか……多分、家庭内DVで悩ませちゃうと思うんです」
「いやあれは、行為上のことだろう。確かに痛いが、嫌ではないし……」
抱きしめながら背中をさする東御は、花森がそんなことでも不安になるのだと知った。
急に襲ってきたらしいマリッジブルーは、源愈よりも花森を悩ませる。
「人を貶したい奴は誰に対しても言う。あと、聞かなかったことにして欲しいんだが沙穂の採用理由を読んだ。しっかりとしたジェンダー論に、会社を変えて行ってくれる可能性を感じたらしい。アパレル業界は現在難しい問題を抱えている。沙穂の価値観が必要だ」
「……私の価値観が、ですか?」
「ああ。年寄りには、この辺の感覚は分からない。生まれてくる時代が10年違えば人間の価値観は大きく変わる」
花森は目を見開いて東御を見上げた。心底驚いたような顔をしている。
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「……そうだったんですか」
「言いたい奴には言わせておけ。負け犬の遠吠えだ」
「わんわん」
「お前が鳴くのか。だがかわいい」
「八雲さん、適当な鳴き真似に弱すぎませんか?」
「沙穂に弱いんだよ」
ぷっ、と花森は吹き出すと「あは、あはは」と笑い出した。
東御もつられてくすりと笑い、花森の笑顔が戻ったことに安堵する。
「ほら、買い物をして昼食を取ったら夫婦の時間が待っている」
「夫婦の時間……」
「旅行の時の逆パターンだな」
「やだもう、どうしましょうっ。夫が発情期に……」
「違う。やけに嬉しそうじゃないか……」
東御は花森の手を引いて、静かな駐車場から歩き出した。
また大通りに出ると、駅ビルに向かう。
「必要なものは何でも買うといい。生活費として俺が払う」
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「知っているよ。生活費となると別なんだ。それに基礎控除額は年間110万円」
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そんな心配はしなくていい、と花森を小突く。
「俺だって講師業を法人化してサラリーマン以外に社長をやっているんだ」
「税関係は専門ではないです。でも法律関係なら……」
「大丈夫だ。信頼しているし、信用している」
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