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Chapter4
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到着予定時刻の、十時半きっかりにバスは来た。乗客はわたしを入れても五人程度。女性運転手は、最後に乗り込んだわたしが、乗降口そばの座席に座るのを確認すると、バスをゆっくりと発車させた。
そっと車内を窺う。皆、疲れ切った顔をしていて、何だか生きることがつまらなそうに見える。まあ、この時間まで仕事をしていたら、うんざりした気分にもなるだろう。きっと、他人から見ればわたしだって同じようなものかもしれない。
そんな淀んだ車内から、窓の外へ視線を移す。光が帯のように流れていくのを見つめながら、さっきの新井先輩とのことを思い出していた。
「好きだ。ずっと君のことが好きだったんだ」
そう言われた瞬間、その言葉に嘘がないことはすぐに分かった。わたしの手を掴んでいる手に力がこもっていたから。そして、その声が少し震えていたから。
しかし、彼の思いは十分すぎるほどに伝わったものの、わたしはどう答えていいものか迷った挙げ句、甲高い声でこんなことを口走っていた。
「はいっ!? す、き、ですか? 誰の、ことを?」
思えば、わたしのこの反応はとても失礼なものだった。真剣な告白に対して、すっとぼけたと言って怒られても仕方ないものだった。
でも、新井先輩はそんなわたしに怒るどころか、気が抜けたように笑っただけだった。そして、
「誰って……君以外に誰がいるの? こんなことまでしてるのに」
と掴んだ手を掲げた。
「ははは、そうですよね」
力なく笑っていると、先輩は手を離してくれた。
「そう、君が好きなんだ」
「そうですか。でも、わたしですよ?」
「そうだよ」
「おかしくないですか?」
「何が?」
「何がって、わたしのことを好きっていうことがですよ」
「それのどこがおかしいの? オレにとっては当然なんだけど」
「信じません」
「どうして?」
「わたしなんか好きになっても何の得もないのに」
「損得で人を好きになるもんでもないでしょう。だいたい、なんでそう思うの?」
「だって……わたしに資格なんてありません」
「何の?」
「愛とか恋とか、色恋全般の」
「……。言ってることの意味がさっぱり分かんないだけど。もしかして、そう言ってオレの話はぐらかそうとしてるんなら、無駄だよ」
「はぐらかそうなんて思ってません。わたしは真剣にそう思ってるんです」
「真剣にねぇ。それならオレだって真剣に思ってるよ。君のことが好きだって。付き合って、あわよくば結婚とかしたいなぁって」
「はっ!? け、結婚? ご冗談を……」
「本当だって。こうまで言っても、信じてくれない?」
「……急に言われましても、どう言葉を返していいのやら……」
「ダメ?」
「いや、ダメとかそういうことじゃなくて……」
「もしかして、彼氏いたとか?」
「いやっ……いませんけど……」
「じゃあ、オレのこと嫌いとか?」
「いえっ! 嫌いなんてことはありません! 尊敬してます!」
「尊敬より、男として好きになってほしいんだけどな」
「それは……」
「ひょっとして好きな奴がいるとか?」
「……。」
「いるのか……それは残念だな」
「すみません……」
「いや、謝らなくていいよ。気にしないから」
そう言うと、新井先輩はわたしの顔を見据えたまま、黙ってしまった。 彼に見つめられたまま身動きできずにいると、新井先輩の顔が目の前にやってきた。
「……?????」
どうしたものかと考えていると、唇に生暖かい感触が走った。
ん? って、えええええええええっ!
キス、されてるぅぅぅぅぅぅ!
頭の中が真っ白になりつつ、反射的に後退ろうとすると、先輩はわたしを抱きしめて、もっと強く唇を押し当ててきた。
「うん……ん、ん……せん、ぱ、い……ちょっと、それは……」
唇を塞がれながらも声を上げていると、先輩はようやく離れてくれた。「何、するんですか!?わたし、OKなんてしてませんけど!」
恥ずかしさと怒りが渦巻く中、先輩に抗議したつもりだったが、当の先輩は、
「ははっ、キスぐらいしたことあるでしょ?」
と言って、取り合ってくれなかった。それどころか、
「これで、そいつより先に行ったってことになるな」
と笑う始末だった。
「どういうことですか?」
「つまりはね」
新井先輩は、悪戯っぽい目をしながらこう言った。
「大丈夫。好きな奴なんて忘れさせてあげるってことだよ」
そして、この言葉はわたしと律の関係を揺さぶる、まじないのようになっていくのだった。
そっと車内を窺う。皆、疲れ切った顔をしていて、何だか生きることがつまらなそうに見える。まあ、この時間まで仕事をしていたら、うんざりした気分にもなるだろう。きっと、他人から見ればわたしだって同じようなものかもしれない。
そんな淀んだ車内から、窓の外へ視線を移す。光が帯のように流れていくのを見つめながら、さっきの新井先輩とのことを思い出していた。
「好きだ。ずっと君のことが好きだったんだ」
そう言われた瞬間、その言葉に嘘がないことはすぐに分かった。わたしの手を掴んでいる手に力がこもっていたから。そして、その声が少し震えていたから。
しかし、彼の思いは十分すぎるほどに伝わったものの、わたしはどう答えていいものか迷った挙げ句、甲高い声でこんなことを口走っていた。
「はいっ!? す、き、ですか? 誰の、ことを?」
思えば、わたしのこの反応はとても失礼なものだった。真剣な告白に対して、すっとぼけたと言って怒られても仕方ないものだった。
でも、新井先輩はそんなわたしに怒るどころか、気が抜けたように笑っただけだった。そして、
「誰って……君以外に誰がいるの? こんなことまでしてるのに」
と掴んだ手を掲げた。
「ははは、そうですよね」
力なく笑っていると、先輩は手を離してくれた。
「そう、君が好きなんだ」
「そうですか。でも、わたしですよ?」
「そうだよ」
「おかしくないですか?」
「何が?」
「何がって、わたしのことを好きっていうことがですよ」
「それのどこがおかしいの? オレにとっては当然なんだけど」
「信じません」
「どうして?」
「わたしなんか好きになっても何の得もないのに」
「損得で人を好きになるもんでもないでしょう。だいたい、なんでそう思うの?」
「だって……わたしに資格なんてありません」
「何の?」
「愛とか恋とか、色恋全般の」
「……。言ってることの意味がさっぱり分かんないだけど。もしかして、そう言ってオレの話はぐらかそうとしてるんなら、無駄だよ」
「はぐらかそうなんて思ってません。わたしは真剣にそう思ってるんです」
「真剣にねぇ。それならオレだって真剣に思ってるよ。君のことが好きだって。付き合って、あわよくば結婚とかしたいなぁって」
「はっ!? け、結婚? ご冗談を……」
「本当だって。こうまで言っても、信じてくれない?」
「……急に言われましても、どう言葉を返していいのやら……」
「ダメ?」
「いや、ダメとかそういうことじゃなくて……」
「もしかして、彼氏いたとか?」
「いやっ……いませんけど……」
「じゃあ、オレのこと嫌いとか?」
「いえっ! 嫌いなんてことはありません! 尊敬してます!」
「尊敬より、男として好きになってほしいんだけどな」
「それは……」
「ひょっとして好きな奴がいるとか?」
「……。」
「いるのか……それは残念だな」
「すみません……」
「いや、謝らなくていいよ。気にしないから」
そう言うと、新井先輩はわたしの顔を見据えたまま、黙ってしまった。 彼に見つめられたまま身動きできずにいると、新井先輩の顔が目の前にやってきた。
「……?????」
どうしたものかと考えていると、唇に生暖かい感触が走った。
ん? って、えええええええええっ!
キス、されてるぅぅぅぅぅぅ!
頭の中が真っ白になりつつ、反射的に後退ろうとすると、先輩はわたしを抱きしめて、もっと強く唇を押し当ててきた。
「うん……ん、ん……せん、ぱ、い……ちょっと、それは……」
唇を塞がれながらも声を上げていると、先輩はようやく離れてくれた。「何、するんですか!?わたし、OKなんてしてませんけど!」
恥ずかしさと怒りが渦巻く中、先輩に抗議したつもりだったが、当の先輩は、
「ははっ、キスぐらいしたことあるでしょ?」
と言って、取り合ってくれなかった。それどころか、
「これで、そいつより先に行ったってことになるな」
と笑う始末だった。
「どういうことですか?」
「つまりはね」
新井先輩は、悪戯っぽい目をしながらこう言った。
「大丈夫。好きな奴なんて忘れさせてあげるってことだよ」
そして、この言葉はわたしと律の関係を揺さぶる、まじないのようになっていくのだった。
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