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Chapter7

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 昼近くに、律は起きてきた。
「おはようございます」
「あ、おはよう。体の調子はどう?」
「すこぶるいいです。今からフルマラソン走れそうです」
「嘘言わないで」
「嘘です」
 来た時は、口を開くのも億劫そうだったけど、今の律は本人の言うとおりすこぶる快調そうだった。
「食欲は?」
「ああ、ちょっと病的なまでに減ってます」
「昨日からパン粥しか食べてないもんね」
「うぅぅ、パン粥……もう一生、あれはいいです……」
「ははははは、じゃあ精をつけるためにも、お昼は鶏団子鍋にしたげるね」
「うおぉぉぉぉぉっ、いいですなっ! パン粥に飽いた舌には、むしろ優しいですなぁ」
 嬉しそうな律に、鶏団子のタネをスプーンで掬って鍋の中に入れさせようと……した。したけれど、恐ろしいほどの不器用さで団子にはならない。
「おかしい! 万里さんと同じことをしているにも関わらず、なぜ丸まらない!?」
 自分の不器用さにほとほと困っている律を笑いながら鍋を作り、昼食と相成った。
「いただきまぁす!」
「いただきます」
 揃って礼儀正しく手を合わせて、食べ始める。
 律はよほどお腹が減っていたのか、ガツガツと男らしい豪快さで箸が進んだ。
「何だかワシばかり食べている気がしますが、万里さんもどうぞどうぞ」
「わたしは別にいいわよ。律は体力つけないといけないんだから、さあ、食べて食べて」 
「そうですか。では遠慮なくいただきます」
 そして、三十分後、鍋は律によって跡形もなく征服された。
「ふはぁ、食べました、食べました。このところロクなものを食べてなかったから、満足です」
「それは良かった」
 律の心底満足そうな顔に、こちらも満たされたような気分になっていると、律はおもむろに横になって脇腹を掻いたりなんぞしていた。
「そんなことしていると、日曜のぐうたら親父みたいよ」
「病後なのですから、大目に見てやってください」
 そんな会話をしているとまるで年配夫婦みたいだと思ったが、そんな考えはすぐに打ち消した。
 律とわたしには、そんなことは絶対ありえないのだから。
「じゃあ、さてと。後片付けでもしますかね」
「ああ、それはワシがやりますから、万里さんは休んでてください」
「そお? でも、大丈夫かな? あんたにお皿洗わせたら、一枚残らず割った過去があるんだもの。やっぱり、わたしがやる」
「いいえ、今日は大丈夫ですから。万里さんにはお世話になりっぱなしですから、たまにはワシがやります」
「っていうか、あんたのものなんだから、あんたがやるのは当たり前だけどね」
「うっ……面目ない……」
「それに……」 
 こう言って、わたしは少し間を開ける。
 言おうか、言うまいか迷いながら。
 でも、さっきの感覚が生々しく思い出されて、もうごまかすのは止そうと思った。
 そして、こう口を開いた。

「もうあんたには、わたしじゃなくて、渋谷さんがいるものね」
 
 そう言った瞬間の律の顔は、まさに驚天動地といった風情そのものだった。
「どうしてそんな……?」
 その台詞をわたしは、図星を指された動揺から出たものと捉えた。
 やっぱり。
 胸に棘が刺さったような痛みを感じながらも、わたしは何でもないような口調で、律を祝った。
「そっか。やっぱり律と渋谷さんは、そういう関係だったんだね! うん、それは喜ばしいことだ。今まで律はわたしがいないと何にもできないって心配してたけど、ようやく荷が下ろせるわね! あの子なら、きっと律のこともよく知ってるから大丈夫よね。いやー、目出度い目出度い」
 ことさら明るく振る舞っているところが我ながら痛々しいと思ったけれど、もう後戻りはできなかった。
 もうこれで、思い残すことはないだろうと思った。今までずるずると引きずってきた思いも、これで諦めがつくだろうと思った。
 律はわたしの言うことを、何だか苦い顔で聞いていた。なんだかふくれっ面をして、怒っているように見えた。
 だが、わたしはそんな律に構うことなく、言葉を次々と放ってしまう。「でもさぁ、あんたもちょっとは渋谷さんに気を遣いなさいよね。いくら旧知の仲だからって、看病は彼女にやってもらった方がいいじゃないよぉ。もう、これからはわたしじゃなくて、彼女ね、彼女。ああ、それにしても、とうとうあんたにも彼女ってものができたのかぁ。長かったわねぇ。うんうん、これでわたしも心置きなく……」
 と言ったところで、律が言った。
「アライ先輩って誰ですか?その人と付き合ってるんですか?」
 律とは思えないような、冷たい響きだった。
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