悪魔騎士の愛しい妻

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6.ヴァイオレットの最期

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「お前もあの雌猫どもと一緒よ! 憎い、憎いわ!」

 黒髪の召使いは黙って身をかがめ、ガラス片と水の散る床を片付けている。
 あの人間の女たちより、さらに憎い。この娘は、数十年わたしに仕えていながら、外見が変わらない。何度も殺そうとしたが、死ななかった。
 エリックと同じ存在なのだ。
 彼と長く時を過ごして、あんなに魅力的な彼を愛さないはずがない。
 わたしがいなくなったら、きっとこの娘は悲しみに弱った彼に近づくだろう。

「奥様、私は確かに、この世界に存在しはじめたときから、ご主人様を深くお慕いしております」

 とうとう召使いの口から漏れた本音に、わたしは奥歯を噛み締めた。

「ですが、ご安心くださいませ。ご主人様は、私のような呪わしいものにお心を寄せることなど決してございません。ご主人様が愛したのは、奥様の発した命の輝きでございます。移ろい失われるからこそ、かけがえなくお美しい。……奥様は、私の言葉などお信じにならなくとも、ご主人様の愛はお疑いにならないでしょう」

 常に喪に服しているような黒づくめの娘は、ひっそりと呟くと、出ていった。



 いよいよ命が尽きようという日、わたしは不思議と洗われたように静かな気持ちになっていた。
 影のように付き添う召使いに語りかけた。

「彼を、また一人にしてしまうのが心苦しいの。せめてお前、あとを頼むわよ」
「かしこまりました。力不足ではございますが、変わらずお心込めてお仕え申し上げます」

 叶わぬ想いを胸に、なんて健気な召使い!
 わたしは、最期はエリックに側にいてもらうことを望んだ。
 やつれはてた身体を見られたくなくて、ここ数年は彼を遠ざけていたのだけれど。

「ヴァイオレット様」

 枕元に寄り添ってくれる彼は、深く憂いに沈んでいながらも、出会ったあの日そのままに、美しかった。

「エリック……優しい、悲しいひと。こんなに皺くちゃになってしまったわたしと、最後まで一緒にいてくれて、ありがとう」
「なにを言うんです。貴女は出会った頃も今も、それぞれに美しく、私を惹きつけてやみません。私のレディ……その命の最期のひとときまで、どうか側にいさせてください」
「ええ……愛してるわ」

 エリックは、そっとわたしに口づけをした。
 銀の髪がさらさらとわたしの顔に降りかかる。滑らかな白皙の肌。永遠の青年。
 わたしを閉じ込めた琥珀の瞳は、涙に濡れていた。
 彼の後ろから、白い光がさしている。
 それは、どんどん、眩しいほど強くなっていく。

「エリック。あなたは、悪魔なんかじゃない……わたしの、天使よ」

 ああ、愛しい人!
 もう後悔はない。たとえ死んでも、彼の中で、わたしの愛は永遠になるのだ。
 わたしは穏やかな気持ちで、目を閉じた。
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