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この気持ちは一体なんだろうと胸の奥を探ろうとした時、ドンドンと表戸を叩く音が耳に飛び込んできた。
「おーいタオ、いるか?」
「ユウロン! ちょっと待って、いやだいぶ待って」
「なんだ、いるなら中に入れろよ」
「取り込み中! 厠に行ってくるから。先入っててもいいけど、とにかく待ってて」
タオが足音を荒くして、居間から出ていく気配がする。
「んだよ、鍵くらい開けてけっての。気が効かねえな……腹でも壊してんのか?」
悪態をつく声が扉越しに聞こえる。静樹は寝台から降りて表扉の鍵を開けた。
「あの、こんにちは」
「おお、あの時の坊主。誰だっけ、シズキだったか? ありがとうよ開けてくれて」
黒狼の獣人ユウロンは、ズカズカと家に上がり込んで勝手にお茶を沸かしはじめた。
「あ、僕が淹れましょうか」
「いいのか? じゃあ任せるぜ。ったくあの野郎、居候に任せてないで自分でもてなせよな」
ユウロンはタオに文句を言いながら椅子に腰掛けた。
なんとなく申し訳ない気持ちで、なるべく気配を小さくしながらお湯が沸くのを待つ。狼獣人は腕組みをして、金色の瞳を光らせながら静樹を見上げた。
「で、アイツとは上手くやってんのか?」
「えっと……はい。まあ、それなりに」
「ふうん」
駆け足の音が近づいてきて、厠側の裏扉が勢いよく開かれた。
「シズキを虐めないでよね⁉︎」
「虐めてねえよ、話してただけだ」
「本当に? シズキ、何か酷いこと言われてない?」
「大丈夫だよ」
「信用ねえな、何もしねえっての」
お茶を淹れて改めて席につくと、ユウロンは静樹とタオの顔を見回して唇の端を釣り上げる。
「仲良くやってるようだな、安心したぜ」
「当たり前でしょ。俺とシズキは友達、いやもう大親友並みに仲がいいんだから」
「へえ? てっきりお前のことだから、とっくに番になりたいとでも言い寄ったんじゃないかと思っていたが」
「ちょ、ちょっとやめてよ」
図星を突かれたタオが狼狽えている。静樹もつられて赤くなっていると、ユウロンは意地悪く笑った。
「はは、やっぱりな。で、フラれたのか」
「フラれてない!」
「でも友達なんだろ? 前の彼女にも速攻でフラれて友達だって言い張ってたよな」
タオに彼女がいたのかと、驚きに目を見張る。
(彼女、いたんだ。そうだよね、タオは気さくで性格もいいし、情熱的だし……好きだって迫られたら、つきあう人だっているよね)
別に友達に彼女がいたっていいはずだ。いいはずなのに、なんとなく面白くない気分になり、腕を摩って自身の気持ちを宥めた。
ユウロンは静樹にも語りかけてくる。
「こいつ人間への憧れが強すぎて、彼女の前でもそればっかり話題にしてたんだよ。じいちゃんに聞いた昔話を頭から信じこんで、人間さんってか弱くて綺麗で助けてあげたくなる感じなんだってって、目をキラキラさせてさ」
「しょうがないじゃない、守ってあげたくなるような子が好きなんだ。俺は他の虎獣人と違って多情じゃないしさ、一途な人間さんに特別に想われたいんだよ。そういう子に頼ってもらえるのが理想の恋愛なの、悪い?」
「別に悪くねえと思うぜ? 上手くいくといいな。なあシズキ、夢見がちなタオに理想を押しつけられたら、バシッと言ってやっていいからな」
「ええっと……」
自分はタオが思い描いていた理想の人間像そのものなのだろうかと、気になってしまう。同時に頼りにすることは彼にとって負担ではなく、むしろ喜んでくれているようだと安堵した。
(別にタオの好みに当てはまってなくたって、いいんだけれど……なんでこんなに心がそわそわするんだろう)
「おーいタオ、いるか?」
「ユウロン! ちょっと待って、いやだいぶ待って」
「なんだ、いるなら中に入れろよ」
「取り込み中! 厠に行ってくるから。先入っててもいいけど、とにかく待ってて」
タオが足音を荒くして、居間から出ていく気配がする。
「んだよ、鍵くらい開けてけっての。気が効かねえな……腹でも壊してんのか?」
悪態をつく声が扉越しに聞こえる。静樹は寝台から降りて表扉の鍵を開けた。
「あの、こんにちは」
「おお、あの時の坊主。誰だっけ、シズキだったか? ありがとうよ開けてくれて」
黒狼の獣人ユウロンは、ズカズカと家に上がり込んで勝手にお茶を沸かしはじめた。
「あ、僕が淹れましょうか」
「いいのか? じゃあ任せるぜ。ったくあの野郎、居候に任せてないで自分でもてなせよな」
ユウロンはタオに文句を言いながら椅子に腰掛けた。
なんとなく申し訳ない気持ちで、なるべく気配を小さくしながらお湯が沸くのを待つ。狼獣人は腕組みをして、金色の瞳を光らせながら静樹を見上げた。
「で、アイツとは上手くやってんのか?」
「えっと……はい。まあ、それなりに」
「ふうん」
駆け足の音が近づいてきて、厠側の裏扉が勢いよく開かれた。
「シズキを虐めないでよね⁉︎」
「虐めてねえよ、話してただけだ」
「本当に? シズキ、何か酷いこと言われてない?」
「大丈夫だよ」
「信用ねえな、何もしねえっての」
お茶を淹れて改めて席につくと、ユウロンは静樹とタオの顔を見回して唇の端を釣り上げる。
「仲良くやってるようだな、安心したぜ」
「当たり前でしょ。俺とシズキは友達、いやもう大親友並みに仲がいいんだから」
「へえ? てっきりお前のことだから、とっくに番になりたいとでも言い寄ったんじゃないかと思っていたが」
「ちょ、ちょっとやめてよ」
図星を突かれたタオが狼狽えている。静樹もつられて赤くなっていると、ユウロンは意地悪く笑った。
「はは、やっぱりな。で、フラれたのか」
「フラれてない!」
「でも友達なんだろ? 前の彼女にも速攻でフラれて友達だって言い張ってたよな」
タオに彼女がいたのかと、驚きに目を見張る。
(彼女、いたんだ。そうだよね、タオは気さくで性格もいいし、情熱的だし……好きだって迫られたら、つきあう人だっているよね)
別に友達に彼女がいたっていいはずだ。いいはずなのに、なんとなく面白くない気分になり、腕を摩って自身の気持ちを宥めた。
ユウロンは静樹にも語りかけてくる。
「こいつ人間への憧れが強すぎて、彼女の前でもそればっかり話題にしてたんだよ。じいちゃんに聞いた昔話を頭から信じこんで、人間さんってか弱くて綺麗で助けてあげたくなる感じなんだってって、目をキラキラさせてさ」
「しょうがないじゃない、守ってあげたくなるような子が好きなんだ。俺は他の虎獣人と違って多情じゃないしさ、一途な人間さんに特別に想われたいんだよ。そういう子に頼ってもらえるのが理想の恋愛なの、悪い?」
「別に悪くねえと思うぜ? 上手くいくといいな。なあシズキ、夢見がちなタオに理想を押しつけられたら、バシッと言ってやっていいからな」
「ええっと……」
自分はタオが思い描いていた理想の人間像そのものなのだろうかと、気になってしまう。同時に頼りにすることは彼にとって負担ではなく、むしろ喜んでくれているようだと安堵した。
(別にタオの好みに当てはまってなくたって、いいんだけれど……なんでこんなに心がそわそわするんだろう)
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