勇気をください。

橘 志摩

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21.唐突なプレゼント

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「―――え?」
「当店ではただ今カップルのお客様限定でこちらのサービスをさせて頂いておりまして、よければお一ついかがですか?」

 にっこりと営業スマイルを浮かべた店員さんが私達にメニューを向けながらそう言った。
 そのメニューにはケーキセットが載っていて、頼むとカップルだけにペアキーホルダーが貰えるらしい。
 お店のマスコットキャラクターらしきそのクマはとても可愛らしく見える。

 目の前に座っているその人にちらりと視線をむけると、彼は静かにコーヒーを飲んでいた。

「……欲しいなら、貰っとけよ。頼め」
「え、あ……はい」

 端的に答えだけを提示してくれた月村さんの言葉におされるように、じゃあ1つと告げると、店員さんはありがとうございますと答えて、注文を受領してくれたようだった。

 私と月村さんの関係は相変わらずだ。友達のまま、こうして休みの日にでかけたりしている。
 だが、1つだけ変わった事がある。月村さんは、私と恋人同士に間違われても不機嫌になることがなくなった。
 もしかしたら春香が何かを言ってくれたのかも知れないが、彼が不愉快な想いをしていないならそれはそれでホッとしている。もしかしたら顔に出さなくなっただけかも知れないが、嫌なことは嫌だというその人が嫌だと私に直接言わないのは、一緒にいることを許してもらえているのだと思いたい。

 それほど間を置かずに運ばれてきたそのプレートには少し小さなケーキが2つ乗っていて、2人で食べても何の問題もない盛りになっている。
 それをテーブルの真ん中に置いて、月村さんも私も会話なくつつき始めた。

「こちらのおまけなんですけど、お好きな色を選んで頂いてよろしいですか?」
「あ、はい……」

 注文を取りに来た店員さんが籠に入ったそのキーホルダーを持ってきて、テーブルに置くと、彼は興味深そうに籠を覗いている。
 こういう可愛らしいものは好きなんだろうかと思いつつ、私も籠をのぞき込んで、赤と緑のチェック柄を選んだ。
 月村さんは明るい水色のクマを選んでとっている。
 店員さんがテーブルを離れていくと、彼は目の前にそのクマをぶら下げて観察する様に眺めていた。

「……そういうの、好きなんですか?」
「好きっつーか、参考だな。女はこういうの好きだろ」
「……あぁ、まぁ、確かに。このクマ可愛いですよね」
「可愛いかどうかはわからん。でもお前が持ってるのに違和感はないな。似合ってる」
「へっ……」

 まさかそんなことを言われるとは思ってもいなくて、一瞬理解が遅れたのは仕方ないだろう。なにせ彼は私の持ち物について何かを言ったことなど今までになかったのだ。
 頬が勝手に熱くなって、視線が下に落ちてしまう。

 そのくまのキーホルダーをテーブルに置いた月村さんは、私の選んだ赤いチェックのくまを指先でつついて、テーブルに頬杖をついた。

「……好きなの? 赤」
「……え? あ、はい……なんか、色鮮やかで綺麗に見えるっていうか……」
「ふーん」

 好きな色を答えるのは何かあるのだろうか。
 暫くそのクマをふにふにとつついていた月村さんは不意に顔を上げて、じっと私の顔を見つめている。
 そのまっすぐな瞳に心臓が一つ音を立てたが、なんだか動いてはいけないような気がして妙に緊張してしまう。
 何かあるのだろうかと次第に不安がこみ上げて来たとき、彼が漸く口を開いてくれた。

「……七種、アクセサリーとか付けねぇの?」
「え?」
「つけてるの、あんま見たことない。合コンの時はしてたよな? ピアスとか」
「え、あ、あぁ……最近はあんまりつけてないですけど、ピアスは空いてますよ。嫌いとかじゃなくて、ただ単に付けるのが面倒というか、無くすのも嫌だというか」
「あぁ、なるほどなぁ。……じゃあ七種、俺が作ってやったらそれ付ける?」
「……え?」
「虫除け。にはちょうどいいだろ」
「え、虫除けって……」
「春香から聞いた。お前今困ってんだろ。言えよ、そういうの」

 眉間に寄った皺が彼が少し不機嫌になったことを教えてくれている。
 困っているとは一体なんのことか、春香から聞いたと言われても私に思い当たる話は一つしかない。
 まさか直接言われるとは思ってはいなくて、思わず背が縮こまってしまう。
 しゅんっと肩が落ちそうになったが、はたっと「虫除け」という言葉に引っかかった。
 虫除けとは一体どういう意味なんだろう。
 首を傾げた私に、月村さんは呆れたように小さく溜息をついた。

「……色んなやつから声かけられるようになって、困ってるんだろ」
「……えっ」
「七種は、まだ男と二人きりは怖いんだろ。俺はまた別なんだろうけど、他の男は無理だろ」
「あ……そ、それは……その……」
「別にそこは恥じることじゃねぇんだから後ろめたく思うな。お前が悪いわけじゃない。おかしいことじゃないんだから、背中まるめんな」
「は、はいっ」

 確かに最近、男性から声をかけられることが増えた。そのことがとても怖いのは確かだが、それを表に出すことは極力抑えられたはずだ。もちろん春香に相談したこともない。
 そのことに少しだけ驚いたが、月村さんは小さく笑って、私の頭をそっと撫でた。

「お前が平気になるまで虫除けは作ってやる。気持ちが追いついてないのに無理したって悪化するだけだ」
「……はい……」
「とりあえず、……ピアスとネックレス……と、指輪くらいか?」
「ゆ、指輪!?」
「虫除けで一番いいのはそれだろ。それに、俺のブランドは、恋人に贈る贈り物として有名らしいからな。ちょうどいいだろ。とりあえず、……そうだな、二週間待ってろ。すぐ作ってやる」
「え、えっえっ?!」

 自分の思考が追いつかないうちに、彼はポンポンと話を進めてしまう。私は戸惑うだけだ。
 何より、有名なデザイナーである月村さんの作品は、とてもじゃないが自分で払えるだけの余裕がない。
 慌てて「いいです!」と口にすると、彼の眉間の皺がまた一本増えた。

「遠慮してんの? それとも本当に迷惑?」
「あ、や、……違う、くて……その……だ、だって、月村さんのブランド、……か、買えるだけのお金ないっていうか……その……ちょ、貯金はあるけど、贅沢はできないから……」
「はあ?」
「す、すみません……! いやあの、節制はしてるはずなんですけど……!」
「馬鹿かお前は。やるっつってんだろ。俺の作るアクセサリーが普通のOLの手取りでポンポンと買えるようなもんじゃねぇことくらい理解してる」
「……え?」
「金取るつもりなんかねぇよ。俺が俺の勝手で七種にやりたいだけだ」
「……え……」
「言っただろ、俺のデザインするアクセは恋人に贈るには最適なアクセサリーだって」
「……はあ……?」

 どこか楽しそうに笑った彼は、もうすでにその頭の中に何かを描き始めているらしい。
 ケーキをさっさと食べ勧めて、あっという間にそのお皿の上を綺麗にすると、「出るぞ」と私に声をかけて、さっさと席を立ってしまう。

 本当にプロなんだなと、改めて実感したのは、約束の二週間後、彼がきっちりと私に、真っ赤な石のはまったピアスと、お揃いのネックレス、そしてサイズを教えたことはないのにぴったりとはまった指輪を見てからだった。




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