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初めてのサシ飲み(4)

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 帰り道は柚木さんのことで頭がいっぱいだった。彼は「思いのほか楽しかった」と言っていたが、それは私も同じだ。会話のテンポや内容、ちょっとわかりにくい冗談、どれを取っても私のツボだった。
 会社ではじっくり見ることのなかった顔も、正面からまじまじと見つめれば切れ長の瞳と眺めのまつ毛、すっと通った鼻筋が整っていて、中身だけではなく外見もハイスペではないかと気が付いた。
 家についてすぐ先輩にメールを送る。今日のお礼と、次回が楽しみだということ簡潔に、かつ社交辞令と思われないような文面で伝えたつもりだ。

『こちらこそありがとう。ちゃんと帰れたみたいでよかった。週末、ゆっくり休んでね。』

 まるで、デートの後みたい。恋愛の駆け引きなんていつ以来だろう。さらにメッセージを送ったら鬱陶しいだろうか。引き際が難しい。そう悩んでいると、次のメッセージを受信した通知音が鳴る。

『次回じゃなくていいんだけど、この辺のお店も気になってるから、もし食べたいところがあったら次回聞かせてくれる?』

 今日行ったお店の近くの、これもまた上品な店構えの居酒屋やカフェ・バーのリンクが複数送られてくる。そのうちのいくつかは私も気になっていたお店で、もしかして食の趣味が合うのかなと、高校生の初恋のような自分勝手なトキメキを覚える。

『返事いらないからね、おやすみ』

 先手を打たれてしまった。メッセージのやり取りを好まないのか、私に気を遣ってくれたのか、意図を掴みかねる。気になっていたお店です!と即レスしようとしていたが、少し頭が冷えて、言われた通り既読と「いいね」マークだけつけて画面を閉じた。

(早く月曜日にならないかな―――)

 ちょっと気になる先輩ができたというだけで、憂鬱だった出社が待ち遠しくなる。しばらく恋愛をしていなかったから補正がかかって素敵に見えているだけかもしれない、と、1年程前に女子会の勢いでインストールした出会い系アプリを開く。
 柚木さんと同じくらいのスペックで検索をかける。身長175くらい、趣味ジム通い、32歳、年収はこれくらいかな……

(わぁ、全然ヒットしない)

 該当する人も、明らかに写真を盛っていたり、身だしなみが整っていなかったり。ちょっとカッコイイなと思った人はきっとヤリ目なのだろう、「気軽に遊べる子、連絡待ってます」と一言だけのプロフィール。

(柚木さん、もしかして超優良物件……?)

 それにしても、なぜ婚約がおじゃんになったのだろう。もう少し仲良くなったら聞けるだろうか? 事故物件の要素があるのだろうか?
もし事故物件だとすれば、付き合って社内で噂を立てられても居心地が悪いし、別れたあとも面倒だ。出会い系アプリをアンインストールし、彼との関係をどうするべきか、どうなりたいのかは慎重に考えるよう自分に言い聞かせた。

*******************

 二週間はあっという間だった。毎日「あと何日で柚木さんとご飯」とうきうきした気持ちで会社に行き、柚木さんとすれ違うたび少し幸せな気持ちになれた。ポジティブな気持ちでいると仕事も捗り、根回しに苦労していた例の仕事も順調に進んでいる。

「藤井先輩、仕事の進め方でご相談なんですが―――」
「いいよ、どうしたの?」

 チームの後輩が質問にやってくる。彼の新人時代に教育係を担当し、今でも同じチームで働いている2つ下の男の子だ。入社当時は要領が悪く、何度も同じミスを繰り返す様子に辟易としていたが、大器晩成型であったのか、最近はミスも減って今年度入社の新人の教育係ができるほどに成長してくれた。

「―――なるほど、では課長にまず話を通して方向性を固めてから、具体的な内容を詰めた方がよさそうですね」
「そうだね。具体的なところを詰めた後に報告して、その方向性ではダメって言われちゃうと時間がもったいないからね。具体的な話になってきたら、また相談しにおいで」
「はい! ありがとうございます!」

自分が育てた新人が成長した様を見ると少し誇らしい。彼の仕事がうまくいくように、と願いつつ自分の作業に戻ると、社内チャットツールにメッセージが届いていた。

『彼、成長したね。藤井さんの教育の賜物だね』

 柚木さんからだった。少し離れたところから、私たちの会話を聞いていたのだろう。後輩がミスの多い新人時代を送っていたことは部の皆が知っていることで、私がその尻拭いに奔走するのが名物であった。

『いやいや、私は尻拭いばっかりで。彼が粘り強く頑張ったんだと思いますよ』
『藤井さんも尻拭いを粘り強く頑張ってたよ。俺なら怒ってた場面でも、大丈夫!って言って彼を安心させようとしてたの、今でも覚えてるから』

会社なのに、耳まで真っ赤になってしまいそうだ。大人になって、こんな風に努力を誉めてもらえることがあるなんて。柚木さんがこちらに来ませんように……とにやけた顔を引き締めて、『光栄です』とシンプルな返事をした。

『で、今日だけど、帰れそう? 俺は夜が楽しみで仕事が雑になりそう』
『帰れます! 私も楽しみです。雑になると後で苦労しちゃうと思うんで……お互い午後も頑張りましょう~!』

 同じ執務室の中で真面目に仕事をしているフリをしながら、チャットでデートの約束をしているみたい。少しの背徳感と、胸が高鳴る高揚感。いつもよりメイクも髪も服も、さりげなく気合を入れてきた。
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