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いざ旅行(2)
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旅行の当日、スーツケースに二人分の荷物を詰め、忘れ物がないように二人で指さし確認をして、駅へ向かう。
「普段は働いているはずの金曜日にこうして出かけているっていう事実だけでもう満足度が高いよね。ほら、弊社のビル、電気ついてる」
「社畜っぽいこと言うの、やめましょ? 気持ちは、めちゃくちゃわかりますけど」
彼とおしゃべりしていると、1時間の移動はあっという間だった。目的地に到着して駅を出ると、土産物屋がずらりと並んだ観光地然とした街並みにまたテンションが上がる。きょろきょろとあちこちを眺める私の手を紘人さんが引いた。
「ほら、前向いて歩かないと危ないよ。チェックインして荷物置いてお風呂に入って、一息ついたらゆっくり見に来られるから」
予約していた旅館は駅からすぐのところで、立派な建物に心が躍る。紘人さんも心なしか声が高く、保護者のような言葉をかけながら、彼も私と同じように旅行に浮かれているのだと気づいた。
「二泊でご予約の柚木様ですね。お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします。奥様でいらっしゃいますか? お綺麗ですね」
「いえいえ、そんな、」
「そうなんです、自慢の妻です」
紘人さんの返事に顔から火が出そうだった。見た目は中の中、いや、中の下くらいの私に、当然中居さんのリップサービスであるのに、彼はにこにこと言葉通り自慢げに言い放つ。
旅館の廊下を奥へ奥へと進むと、段々内装が豪華になっていく。廊下の突き当りまで進み、一番奥の部屋の前で中居さんが足を止めた。彼女に続いて部屋の中に入り、私は思わず声を上げた。
「わ、すごい……!」
「こちらの旅館で一番のお部屋でございます。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください。お料理はこちらのお部屋にお運びいたしますので、ご希望の時間をお伺いできますか?」
「19時でお願いします」
「かしこまりました。では、ご不明な点がございましたらいつでもお呼び出しくださいませ」
中居さんが部屋を出ていき、戸が閉まると同時に、紘人さんに抱き着いた。
「紘人さん! 予約するとき、こんなお部屋見てなかったじゃないですか! それに、妻ですって、嘘吐いたらダメじゃないですか!」
「うん。予約するときにこっそり変えた。せっかくの初旅行だし、次いつ旅行に行けるかもわからないし、奮発したいなって。妻も、その予定だし、夫婦に見えるんだなって嬉しくなって調子に乗っちゃった。……嫌だった? そんな顔には見えないけど」
大きなキングサイズのベッド。豪華なソファーに座れば、一面ガラスの窓の向こうに広い露天風呂と山の景色が見えるだろう。ウェブサイトのトップページにも写真が使われていたスイートルームだった。もちろん、夫婦に間違われて嫌な気持ちになんてなるわけない。
「嬉しいし、嫌じゃないです……びっくりして、恥ずかしかったけど……あと、このお部屋お高いでしょ……?」
「お高いけど、いいの。同棲始めて、由奈の部屋も解約したし、デートも外出より家にいることが増えたから。せっかくのいいお部屋なんだから、入口で立ち止まっていないで早く中に入ろう?」
紘人さんが私を部屋の中へと促す。目に入るものすべてに歓迎されているような心地に、口角が上がるのを我慢できない。紘人さんはそんな私を愛おし気に見つめて、ソファーに座らせた。
「紘人さん、ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
「うん、よかった。本当に喜んでくれたみたいで、安心した」
「こんなお部屋、喜ばないわけないですよ。ご飯も楽しみ。絶対おいしい。もう、紘人さん、二週間もこれ内緒にしておいたの、ずるい!」
「ごめんね。俺も、何回も言いたくなったけど、由奈が驚くところ見たくて、頑張って我慢したんだよ。さっきの由奈、俺に飛びついてきて、驚いているのと嬉しいので不思議な顔していて、すごく可愛かった。……どうする? 早速お風呂、入る? 二人で入ってもゆったりできそうだね」
ふかふかのソファーに落ち着かない私に、紘人さんが声をかけた。彼はずっと窓の向こうの露天風呂を見ていて、早くお風呂でゆっくりしたいとそわそわしていた。私の返事を聞いて、彼はすぐに立ち上がり、荷物の準備をしてお風呂に向かう。
「早くおいで」
紘人さんを追いかけてお風呂に向かいつつ、その声を聞いて、急に―――今更、恥ずかしくなってきた。今までも何度も一緒にシャワーを浴びたことがあったが、それは決まって事後であり、身体を見られることに慣れて、羞恥心が薄れているタイミングだった。こんな、まだ明るいうちから、一緒にお風呂に入るのはと楽しみを緊張が上回り、足が止まってしまった私を見て紘人さんが笑う。
「今更恥ずかしがってる? 一緒にお風呂入ろうって言ってたとき、あんなに乗り気だったのに、今からやっぱナシはダメだよ? 俺、由奈は恥ずかしがり屋なのに、随分前向きだなぁってちょっと驚いてたんだけど、考えてなかったんだね」
「う……そう、でした……」
「ほら、観念して、こっちおいで。身体洗ってあげる」
「普段は働いているはずの金曜日にこうして出かけているっていう事実だけでもう満足度が高いよね。ほら、弊社のビル、電気ついてる」
「社畜っぽいこと言うの、やめましょ? 気持ちは、めちゃくちゃわかりますけど」
彼とおしゃべりしていると、1時間の移動はあっという間だった。目的地に到着して駅を出ると、土産物屋がずらりと並んだ観光地然とした街並みにまたテンションが上がる。きょろきょろとあちこちを眺める私の手を紘人さんが引いた。
「ほら、前向いて歩かないと危ないよ。チェックインして荷物置いてお風呂に入って、一息ついたらゆっくり見に来られるから」
予約していた旅館は駅からすぐのところで、立派な建物に心が躍る。紘人さんも心なしか声が高く、保護者のような言葉をかけながら、彼も私と同じように旅行に浮かれているのだと気づいた。
「二泊でご予約の柚木様ですね。お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします。奥様でいらっしゃいますか? お綺麗ですね」
「いえいえ、そんな、」
「そうなんです、自慢の妻です」
紘人さんの返事に顔から火が出そうだった。見た目は中の中、いや、中の下くらいの私に、当然中居さんのリップサービスであるのに、彼はにこにこと言葉通り自慢げに言い放つ。
旅館の廊下を奥へ奥へと進むと、段々内装が豪華になっていく。廊下の突き当りまで進み、一番奥の部屋の前で中居さんが足を止めた。彼女に続いて部屋の中に入り、私は思わず声を上げた。
「わ、すごい……!」
「こちらの旅館で一番のお部屋でございます。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください。お料理はこちらのお部屋にお運びいたしますので、ご希望の時間をお伺いできますか?」
「19時でお願いします」
「かしこまりました。では、ご不明な点がございましたらいつでもお呼び出しくださいませ」
中居さんが部屋を出ていき、戸が閉まると同時に、紘人さんに抱き着いた。
「紘人さん! 予約するとき、こんなお部屋見てなかったじゃないですか! それに、妻ですって、嘘吐いたらダメじゃないですか!」
「うん。予約するときにこっそり変えた。せっかくの初旅行だし、次いつ旅行に行けるかもわからないし、奮発したいなって。妻も、その予定だし、夫婦に見えるんだなって嬉しくなって調子に乗っちゃった。……嫌だった? そんな顔には見えないけど」
大きなキングサイズのベッド。豪華なソファーに座れば、一面ガラスの窓の向こうに広い露天風呂と山の景色が見えるだろう。ウェブサイトのトップページにも写真が使われていたスイートルームだった。もちろん、夫婦に間違われて嫌な気持ちになんてなるわけない。
「嬉しいし、嫌じゃないです……びっくりして、恥ずかしかったけど……あと、このお部屋お高いでしょ……?」
「お高いけど、いいの。同棲始めて、由奈の部屋も解約したし、デートも外出より家にいることが増えたから。せっかくのいいお部屋なんだから、入口で立ち止まっていないで早く中に入ろう?」
紘人さんが私を部屋の中へと促す。目に入るものすべてに歓迎されているような心地に、口角が上がるのを我慢できない。紘人さんはそんな私を愛おし気に見つめて、ソファーに座らせた。
「紘人さん、ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
「うん、よかった。本当に喜んでくれたみたいで、安心した」
「こんなお部屋、喜ばないわけないですよ。ご飯も楽しみ。絶対おいしい。もう、紘人さん、二週間もこれ内緒にしておいたの、ずるい!」
「ごめんね。俺も、何回も言いたくなったけど、由奈が驚くところ見たくて、頑張って我慢したんだよ。さっきの由奈、俺に飛びついてきて、驚いているのと嬉しいので不思議な顔していて、すごく可愛かった。……どうする? 早速お風呂、入る? 二人で入ってもゆったりできそうだね」
ふかふかのソファーに落ち着かない私に、紘人さんが声をかけた。彼はずっと窓の向こうの露天風呂を見ていて、早くお風呂でゆっくりしたいとそわそわしていた。私の返事を聞いて、彼はすぐに立ち上がり、荷物の準備をしてお風呂に向かう。
「早くおいで」
紘人さんを追いかけてお風呂に向かいつつ、その声を聞いて、急に―――今更、恥ずかしくなってきた。今までも何度も一緒にシャワーを浴びたことがあったが、それは決まって事後であり、身体を見られることに慣れて、羞恥心が薄れているタイミングだった。こんな、まだ明るいうちから、一緒にお風呂に入るのはと楽しみを緊張が上回り、足が止まってしまった私を見て紘人さんが笑う。
「今更恥ずかしがってる? 一緒にお風呂入ろうって言ってたとき、あんなに乗り気だったのに、今からやっぱナシはダメだよ? 俺、由奈は恥ずかしがり屋なのに、随分前向きだなぁってちょっと驚いてたんだけど、考えてなかったんだね」
「う……そう、でした……」
「ほら、観念して、こっちおいで。身体洗ってあげる」
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