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ハッピーエンド

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「まだ22時だし、あとでまたお風呂入ろうか……」

 疲れ果てた私とは対照的に元気そうな紘人さんが私の身体を拭きながら提案してくる。このまま寝てしまいたい気持ちと熱いお湯に浸かりたい気持ちとが天秤にかけられて、右に左に揺れていた。

「由奈、こっち見られる?」

 そのままうとうとし始めていた私を紘人さんが優しく揺さぶった。彼の方を見ると、手に小さな箱を持っている。それを私に手渡して、「開けてごらん」と私の髪を梳いた。

「え、え……? え……!」
「重たいかな。ピンクダイヤのペンダント。ダイヤ自体はそんなに大きくないからあんまり高いものじゃないんだけど……」
「え、なんで、こんな……」
「由奈と初めての旅行でしょ? お部屋と料理と……ちょっとサプライズできたらいいなって色々考えていたら、あとはプレゼントかなって。指輪はサイズがわからなかったし、結婚指輪し始めたら他のものはつける機会が限られるかもしれないし……ということなんだけど……もう、そんなに泣かないでよ。由奈、こっち向いて?」

 ぼろぼろと涙を零す私を優しく抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でてくれる。震える手のひらの上の小さな箱の中で、薄いピンクの宝石がきらきらと輝いていた。

「わ、私、紘人さんに何も返せていないのに……ッ」
「何言ってるの。由奈からたくさんもらっているよ。俺、毎日本当に幸せで、幸せな気持ちをモノやお金で返すのは少し違うかもとも思ったけど、由奈に喜んでほしい、プレゼントしたいって気持ちは本物だから。でも……服着ているときに渡せばよかったね。せっかくなら、すぐ着けてもらいたかったな。ごめんね。タイミング間違えたかも」

 渡したい気持ちが先走っちゃった、と笑っていた。

「あの時は自分の気持ちでいっぱいいっぱいになって、なし崩し的にプロポーズしちゃったから、ちゃんとしたものを渡したかったんだ。本当は、少しロマンティックで非日常的な空気で、思い出すだけで一生幸せな気持ちが続くようなところで言いたかったから。……由奈、今更だけど、俺と一生一緒にいてください。一生幸せにするって、約束する」

 泣きじゃくって返事もできない私が落ち着くように背中をとんとんと撫でられた。震えて窄まる喉を懸命に開いて、返事をする。

「紘人さん、ありがとう……!」

 それを聞いた彼の目からも一粒涙が零れた。私は小箱を少し離れたところに置き、彼のお顔に手を伸ばし、彼の頬に両手を添える。紘人さんは何度か瞬きして涙をやり過ごし、私の意図を汲んでお顔を近づけてくれた。
 優しいキスに身体が震える。こんなにも愛してくれる人と出会えて、私は本当に幸せだ。心も頭もふわふわして、羽が生えているような、地に足のつかない心地に、紘人さんに思い切り抱き着くことでこれが現実だということを確かめた。

「あの時、残業中の由奈に声をかけてよかった」
「本当に、あれが始まりですもんね。でも、どうしてあの時……」
「うん、今度また話すよ。きっと、由奈のご両親に挨拶しに行ったら馴れ初めも聞かれるだろうし、由奈が気になってることは全部話すから」

 お互い涙でぼろぼろの顔を見て笑う。紘人さんが満面の笑みでこちらを見ているだけで、多幸感がますます増して、つられてつい微笑んでしまう。
 紘人さんは私を支えてお風呂に連れていく。汗を流して温かいお湯の中で、取り留めもなく二人の希望に満ちた将来の話をする。新婚旅行がここまで豪華じゃなくても許してね、と苦笑いした紘人さんを思わず抱きしめた。

「こんな贅沢、人生に一度で充分ですよ?」
「そう? 俺は欲張りだから、由奈と何度でも贅沢したいなぁ」

 紘人さんはお風呂上りに私の髪を乾かしてくれた。今までも何度かしてくれたことがあったが、今日はとびきり満ち足りた気持ちになる。頭皮や髪に彼の指が触れるたび、幸せがこみあげてきて、胸の奥がくすぐったい。
 広くて大きなベッドの真ん中に、二人でくっついて眠りにつく。左右のスペースがもったいないが、今は一ミリでも紘人さんの傍にいたいし、触れていたい。紘人さんの腕枕で寝心地のいい体勢を取り、彼の胸に耳を近づけた。

「俺、まだどきどきしているから、うるさくて眠れないんじゃないかな」
「ううん、私も同じくらいどきどきしているから、落ち着きます……」
「ふふ、由奈、だいぶ眠たいね? 疲れさせちゃってごめん。明日はゆっくり寝ていていいからね。由奈、愛してるよ。おやすみ」
「私も、愛してます……」

枕元の小箱の中、「完全無欠の愛」を象徴する宝石が、私たちの未来を祝福するようにきらりと輝いていた。
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みんなの感想(1件)

HzK
2023.01.28 HzK

さぼさん
の一次創作読みやすくて面白くて
恋の駆け引きがたまりません!!
自分へのご褒美に少しずつ読むつもりがサクサクと読んでしまいます…
エチなシーンも楽しみに読み続けます

はづき

解除
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