義手の探偵

御伽 白

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虫愛づる美女

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 幻想遺物アーティファクト
 科学では説明できない超常現象を起こす道具としてネット上で話題に上がったものである。
 水を入れると好きな飲み物に味の変わる瓶や100分の1までの確率であれば選択出来る超常の指輪など、その種類は多岐にわたり、ネット上で都市伝説として話題に上がり、熱狂的なファンが、創作物として幻想遺物とそれにまつわる話が作られ、話題に上がっていた。
 その盛り上がりも半年もすれば、ゆっくりと衰え始め、しかし、途絶えることはなく度々、話題にあがっていた。多くの人々が創作物として扱っていた代物ではあったが、それはこの世界に実在している。
 ネット上に情報の載っている多くは、一般人が作り出した創作物であるが、それが完全に空想であるとはいえない。
 ネット上で知られる幻想遺物の設定と現実の幻想遺物の性質は一致している。

 曰く、幻想遺物は、万人が使える代物ではなく、その幻想遺物に適性がなければただの道具と大差ない。

 食器棚に仕舞われたスプーンが幻想遺物であると否定は出来ない。幻想遺物が認めた者でなければ、普通の道具と変わらない。そんなもしかしたら、がネット上で人々の心を煽り人気を集めたのも理由である。

 曰く、幻想遺物は、その力の強大さ故に使い手の人生を歪めてしまう。

 幻想遺物は常識の外にある存在だ。それを手に入れた人間は、普通の人間としての道を失い、人生を歪ませる。

 あるものは、幻想遺物の力に魅了され、多くの人間を殺害した殺戮者に

 あるものは、幻想遺物の力を使い、人々が羨むような大富豪に

 あるものは、幻想遺物の力に飲み込まれ、化物に

 多くの場合、幻想遺物を持つ人間は良くも悪くもまともな人生を歩めない。
 天野あまの 玲子れいこも幻想遺物に人生を狂わされた一人であった。
 外国の血が濃く現れた銀色の髪に凛とした瞳。モデルのような綺麗でスタイルの良い体に雪の様に白い肌。恐怖すら感じるその美しさに多くの人々は目を奪われるだろう。
 しかし、彼女の腕の代わりに存在している金属がむき出しになった義手が、それらの際立った特徴を全て塗り潰していた。禍々しさすら感じる無骨な金属の腕は、本当の体のように滑らかに、小さな金属音を鳴らしながら動いていた。
その義手こそが彼女の持つ幻想遺物である。玲子は喫茶店にいる間は、黒いオペラグローブを外して机の上に置いて、その義手を剥き出しにして、喫茶店で本を読んでいた。
 『道楽館どうらくかん』と書かれた看板のかけられた喫茶店は、玲子の行きつけの店だ。ゆったりとしたジャズが流れる静かな店で、同時に三組以上のお客がいるのを見たことがない。明日潰れてもおかしくない程で、現に今は、玲子しか客がいない。しかし、喫茶店は店長の趣味らしく、夜のバーの方が盛況で、そちらで採算を取っているらしい。
「玲子ちゃん。玲子ちゃん。」
 本を読んでいる玲子にフランクな口調でメイド服の女性が声をかけてくる。
 クラシカルなロングスカートのメイド服にヘッドドレスを身につけた長髪の女性は、花畑はなばた 香穂かほこの店の店長である。この服装は、彼女の趣味で気分によって服を変えており、メイドであったり、チャイナであったり様々である。常連である玲子の腕にはもう慣れており、気にせず親しげに声をかけてくる。
「私のチーズケーキセットは?」
「お湯沸かし中~」
 そう言いながら、香穂は勝手に玲子の前の席に座り、玲子の読んでいる本を覗き込む。玲子の持つ本には、蝶の写真や生態について記されており、何度も読み返しているのかその本はかなり傷んでいる。
「毎回、そんな虫の本を読んで楽しい?」
 香穂は同じような本を読んでいる玲子にそう尋ねる。蝶に対してそこまでの興味を抱けない香穂としては、喫茶店に来てまで、虫などを見なくても良いのではないかと思わずにはいられない。綺麗だなと思うことはあってもそこまで詳しく知りたいと思うほどではない。毎日読んでいるのを見て、飽きないのかと香穂は思っていた。
「虫じゃない。蝶」
「虫じゃない。そんなんじゃモテないよぉ。せっかく、綺麗なのに昆虫ばっかり見てないで、社会に目を向けようよ」
 玲子は香穂のお節介な話に辟易しながらも読んでいた本を閉じた。香穂は人の色恋沙汰を聞くのが大好きな人物であり、全く浮いた話のない玲子に度々、恋バナを持ちかけてくる。玲子はいつものように溜息を吐えるとお決まりの言葉を返す。
「恋愛ごとに興味がない」
「もったいない。私が玲子ちゃんみたいに綺麗だったら、お男の子取っ替え引っ替えなのに・・・・・・」
 そう呟く香穂も別段、容姿に優れていないわけではない。愛嬌のある顔立ちをしており、タレ目がちの瞳は、保護欲をくすぐられる。メイド服やチャイナ服などコスプレが趣味で仕事に持ち込む様な変わり者ではあるが、それはきちんと似合っている。仕事着で着ているのだから本人もそれなりに自分の容姿に自信があるのだろう。
「香穂なら探せばいくらでも相手はいるでしょ。」
 いい意味でも悪い意味でも男性受けするのは香穂の方だ。と玲子は思う。
「うーん。なんというか、私、男運がないのよねぇ。付き合った相手が、盗撮魔だったり、束縛系だったりでさぁ。」
 まるで何かに取り憑かれているのかと思うほどに、変な男性とばかり関わっている自分に思わず香穂は苦笑いを浮かべる。
「地雷探知機」
「玲子ちゃん、酷い!」
 玲子の率直な感想に大げさに香穂は叫んだ。自分のことを散々な言い方をすると拗ねたくなるが、香穂としてもその名称を否定出来なかった。
「そのメイド服が原因じゃない?」
「んーでも、付き合うなら私の趣味に対しても寛容じゃないとだからなぁ。玲子ちゃんはないの? 男性の好みのタイプとか」
「特にはない。ただ、確かに趣味に文句言わない人は私も大事かもしれない」
「虫好きの人?」
「虫じゃなくて蝶。私もゴキブリは好きにはなれない」
「やめてよ~。なんか、想像したら背筋がゾワっとしちゃう」
 両手で肩を抱きながら香穂は警戒するように周囲を見渡す。きちんと清潔にしている店内のため、ゴキブリは開店してから、一度も見ていないが、話をされれば香穂も不安にもなる。
 玲子も別にゴキブリの話を引っ張りたくもないのか本題に入るように香穂に促した。
「それで、なんで急に恋愛の話を?」
 すると香穂は「不思議なお話があってね。」と話を切り出した。
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