咲かない桜

御伽 白

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1章

Part 31 『研ぎ澄まされた瞬間』

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 早朝、俺は携帯のアラームに起こされて目を覚ました。今日は雨らしく、ざぁっという地面を打ち付ける音が響いている。結構な雨の量で、完全にこの雨で桜も全部散ってしまったかななんてことをふと考える。とはいえ、もう、かなり散ってしまったので、今まで雨が降らなくて幸運だったと考えた方が前向きかもしれない。

 結構な雨の勢いで、工房での仕事に影響はないだろうか・・・そんなことを考えながら俺は、台所に向かった。

 もうすでに台所では、食事の準備を進めている真冬さんがいた。結構、早く起きたつもりだったのに、この人は一体、いつ寝て起きてるんだろうか・・・

 「おはようございます。」

 「あ、峰さん。おはようございます。昨日は、晩酌に付き合ってくれてありがとうございますね。」

 「いえ、お陰でよく眠れました。」

 「ああ、峰さん、お酒が入ると眠くなるタイプなんですね。酔うわけではなく。もうすぐ、ご飯が出来るので少し待っててくださいね。」

 真冬さんは、そういうとテキパキと料理を作る。長い間、ここで過ごしているんだなと思う手際である。

 「何か手伝いますよ。」

 そう言うと真冬さんは「ありがとうございます。それじゃあ、お皿の準備をお願いできますか」と笑って答えてくれる。

 準備を手伝っているとコンやウチガネさんも台所に現れ始める。

 その頃には、朝食の準備は、ほぼ終わっていた。全員で食事を始める。

 「今日は、雨ですけど大丈夫なんですか?」

 「ああ、問題ねぇ。多少は影響が出るかもしれねぇが、それで鈍るもんでもねぇ・・・」

 はっきりとそう断言する。その言葉に迷いなんてものはない。

 「自信があるんですね。」

 「当たり前だろ。自信がなけりゃあ生涯最高の一振りなんざ作れるかよ。」

 今回は、ただ日本刀を作るわけではないのだった。彼の生涯最高の作品を作るのだ。自信がなければ出来るわけないのだ。

 「今までの工程は、はっきり言って完璧だ。最高の鋼に最高の造りが出来てる。このままいけば、間違いなく最高の刀が出来る。」

 ウチガネは、そう言って楽しそうに笑う。その笑顔は、少年のようで無邪気さを感じさせるものだ。本当に刀を打つということを楽しんでいるのだろう。そして、最高のものが出来上がるという確信があるのだ楽しくないわけがない。

 「今回の作業は、火造りに土置き、そんで焼き入れだからな。基本的に一人の作業になる。コンにも峰にもあんまり手伝ってもらうこともないかもしれねぇが、日向はどうする? なんなら、観光してきても良いぞ。」

 そんなことを言われるが、まさか、このタイミングでどこかに行くなんてことは考えていなかった。というか、こんな時に観光に行けるわけもない。それに雨も降っているのだ。

 「いえ、見学させていただきます。俺も興味がありますし・・・」

 「そうか。なら、飯食ってからさっさと作業するか。」

 「はい、よろしくお願いします。」




 ご飯を食べ終えるとすぐに工房で火を起こし始める。温度が徐々に上がって行く。木炭が消費されている。いったい何度あるのだろうか。鉄の溶ける温度は1500度以上あるはずなので、軽く曲がる程度なので1000~1200度だろうか。自分でも随分と適当だと思う予想だ。

 火の温度が上がって、すぐに部屋もどんどん高くなっている。

 「始めるぞ。」

 ウチガネさんはそう言って昨日作っていた鉄の棒を炉に入れる。今日の作業は、火造りに土置き、焼き入れだとか言っていた。相変わらず言葉だけでは何なのか分からない。

 今はつまり、火造りを行っているのだろう。炎を見守るウチガネさんの瞳は、一瞬の時を逃さないようにピクリとも動かない。

 そして、その時がきたのか、ウチガネさんが鉄を取り出すと小槌で叩き始める。その度に火花が弾け、金属音が工房の中を響く、そして、昨日見たような真っ白な輝きが刀を打ち付けるたびに弾けて輝く。

 その動きに迷いはない。自分の中の理想の形があるのだろう。それに迫る、そのことだけを考えているようだ。ウチガネさんの頭の中には、今、刀の事だけしかないのだ。今この瞬間は、ウチガネさんの中には、熱く熱された鉄と自分しかない。

 ひたすらに自分の全身全霊をもって作品を仕上げる。その姿は、鬼気迫るものであった。息をすることすら忘れそうなほどに研ぎ澄まされた集中力は、誰にでも出せるようなものではない。

 この境地に達するまでにいったい何年の時を費やしたのだろうか。剣を打つ事だけに生きてきた人間にだけ許された絶対的な境地それが今のウチガネさんだ。

 一振り鉄を叩くたびに心臓が締め付けられるような激しい迫力。間違いなく、昨日以上にウチガネさんは、研ぎ澄まされている。

 瞬きするのが惜しいと感じるほどの光景を俺は少しでも目に焼き付けようとしっかりと見るのだった。
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