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57.嫌になるほど変わらない

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*****SIDE リリト



 半壊した神殿は、過去の遺跡として無残な姿を晒していた。かつて、己が一族が信仰して祀り上げてきた神の像は、唯一神を信仰する人間の手によって破壊されている。長い髪も、その美しかったかんばせも、すべて崩された。

「……我が神」

 その名を口にすることは憚られた。誰も聞いていなくても、喪われし神の御名を言霊に乗せることは許されない。少なくとも、彼の神を裏切ってしまった私だけは……。

 菫色の瞳をゆっくり瞬いて、淡い水色のスカートの裾を気にせず瓦礫の前に膝をついた。見上げる神殿の先には、手が切れそうな三日月が浮かぶ。幼少の頃から身についた所作で礼を尽くし、静かにこうべを垂れた。淡い金色の髪が背を滑って地に届く。

「……あんたでも、後悔することあるんだ?」

 茶化した口調が降りそそぎ、私はゆっくり顔を上げた。最初に見えたのは、己の膝先に伸びた大きな影。さらに見上げれば、崩れた神の像に寄りかかる青年が見える。

 幾度も顔を合わせた。そのたびに「覚えていないの?」そう問いたかった反面、彼が何も思い出していないことに安堵したのに……今の彼は清濁合わせ飲んだ者の余裕で笑みを浮かべる。

「当然でしょう、人ですもの」

 強気に言い切って、ひとつ息を吸い込む。さらりと流れた腰まで届く金髪をかき上げて、覚悟を決めた。立ち上がって目の前の男へ笑顔を向ける。

「完全に復活なさったの?」

「厭味か? お前ならわかるだろ」

 語尾にため息を混ぜた青年が、長い三つ編みをぴんと指で弾いた。

「セイル様と呼べばいいかしら」

「それはやめろ」

 本気で嫌そうに否定し、セイルは眉を顰める。魔王としての記憶も力も大半がその身に戻っても、人間臭い仕草で崩れた神像から身を起こした。

 三日月がわずかに輝きを増す。冷たい風が二人の間にしゅるりと線を引いた。

「我侭な眠り姫ならぬ、古代神を呼び起こすことにした。協力してくれ」

 拒否されるなんて、考えてもいないのだろう。無邪気に笑って手を差し伸べる姿は、悪魔祓いであった頃と変わりない。その身が永遠に近い呪いで生かされた魔王になっても、他者を救うことを優先してきた根幹は変わらないのだと示すように。

 差し出された手は冷たいだろう。

 レティシア様やクルスの手は温かく、人としての命を宿している。彼らの手を拒んだくせに、魔王の手を取る自分がおかしくて笑みがこぼれた。目の前の手に、そっと己の指を乗せる。きゅっと先を掴んだオレの肌は想像以上に冷たく、熱をひやりと奪っていく。

 ああ……結局、世界は元の形に戻るのだ。

 過去の記憶をもったまま転生し続けた巫女の末裔は、かつて己が吐いた言葉を思い出した。

 ――『我が神は、人を創るために己を消してしまう』

 すべてを生み出せるくせに、偶然の産物である人をとても愛した。その影に生まれた悪魔すら、彼の神にとって愛情を注ぐ対象であり、それ故に、新たな神の出現で崩れかけた世界を護ろうと、己を世界に溶かしてしまった。

「安心しろって。この世界を好きなんだから」

 そう言い切って笑うセイルに、私は「そうね」と小さく同意を口にする。セイルの中に受け継がれた「古代神の記憶」が過去と現在を重ねた。ああ、あの頃から何も変わっていないわ。

「もう浮気か? セイル」

 むっとした口調で突然空中に現れた黒髪の天使は、繋がれた私達の手を振りほどいて唇を尖らせた。咄嗟に抱きとめたセイルが「そんなわけないだろ」と否定する後ろで、今度はキメリエスとラウムが顔を見せる。

「痴話喧嘩か」

 呆れが滲むキメリエスの呟きに、ラウムが苦笑いを浮かべた。

 はるか昔の記憶に残る彼らと寸分たがわぬ悪魔達……。風に乱された髪をかき上げて、懐かしさに滲んだ涙を誤魔化すように声を上げる。

「イヤになるほど昔と同じね、しょうがないから協力してあげるわ」
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