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16.勝ち気な本性が溢れ出た

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「私に何を望むのですか」

 二人の説明を黙って聞いた後、アンネリースは静かに口を開いた。祖国を滅ぼしたジャスパー帝国の皇帝と、指揮をとって戦った猛将。どちらも仇と呼ぶ人達だ。たとえ肩書きに「元」が足されようと、関係なかった。

 侍女や乳母は気遣う視線を向ける。乱暴されたらと不安なのだろう。だがアンネリースは構わなかった。もし殺されるなら、それは女神様のご意思だ。無理やり襲われたとしても、自害はできないのだから、いっそ殺してくれる方が親切だろう。

 美しい青い瞳が向けられるたび、ルードルフは申し訳なさに胸が詰まる。もっと早くに知り合えていたら、神託を得ていたら、主君にアンネリースを立てて死力を尽くした。王国を守り、褒美の言葉の一つも与えられたであろう。

「姫は……」

「もう姫ではありません。国はあなたに滅ぼされました」

「アンネリース様は、俺の主君になるお方だ。この首が入り用なら、いつでも差し出す」

 切り出したウルリヒが一刀両断され、呼び方を変えたルードルフが頭を下げる。一族の長老に等しい巫女シャリヤの言葉は重要だ。それ以上に、ルードルフは己の感情に忠実だった。

 好きと表現するには、溢れる感情が追いつかない。きっと愛しているのだ。その女性に疎まれ憎まれても、彼女の助けになりたかった。そのために牛馬のごとく使い潰されても構わない。最後に首を斬れと命じられたら、大人しく従おうと決めていた。

 キツい眼差しを向けられても、憎悪され罵られても、甘んじて受ける覚悟はある。俺が苦しんで彼女が楽になるなら、いくらでも憎まれよう。それでも俺の彼女への愛は変わらないと思った。

 ただ静かに受け入れる姿勢を見せたルードルフに、アンネリースは困惑していた。家族や祖国を失ったのは、目の前の男二人が原因だ。なのに、私に礼を尽くし頭を下げる。先日の謝罪もそうだが、今回の申し出も驚いた。

 国を興す――簡単そうに言われたが、解体したジャスパー帝国は存続している。周辺国の思惑は掴めないが、公爵家が新しい皇帝に名乗りを挙げたと聞いた。目の前の皇帝ウルリヒが立ち上がれば、ジャスパー帝国を取り戻せる可能性はあった。

 でも……私が? 自らが王になる未来は一度も想像したことがない。立派で優しい兄がいて、その治世を支えるために国内の有力貴族と結婚する。もしかしたら、他国の王族と政略結婚するかもしれない。そう考えてきた。

 いきなり覆された戦争も、その後の展開も。アンネリースは理解できずに、足踏みするばかり。

「考えさせてください」

「ああ、もちろんだ」

 ルードルフは気遣う姿勢を見せたが、ウルリヒは腕を組んで眉根を寄せた。

「考えて答えが出るのか? ここで結論を出しても同じ。いや……頂点に立つなら結論を出すべきだ」

 人の上に立ち命じる者が迷えば、その揺らぎは足元まで達する。一度頂点に立った男の指摘に、アンネリースはきゅっと唇を噛んだ。正論だが、だからこそ余計に腹立たしい。

「ならば、私が何もせずとも王になれるよう、支えれば良いでしょう!」

 売り言葉に買い言葉。見た目のたおやかさに似合わぬアンネリースの一面だった。勝ち気で、誰かが上から決めつけると反発する。乳母が細く長い息を吐き出し、叱るように彼女の名を口にした。途端に、慌てて手で口を押さえる。

 吐き出した言葉は戻らない。アンネリースから言質を取ったと口元を緩めるウルリヒに、ルードルフは頭を抱えた。怒らせてどうするのだ。
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