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第十一幕
428.権力のバランスをとる自己犠牲ね
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約束した時間に現れた兄は、きっちり正装していた。その服装を確認し、私は穏やかに着座を勧める。
「リュシアンの補佐、ご苦労でした。バルシュミューデ公爵」
元王子の肩書きで面会を申し込んだけれど、服装は公爵家の格に合わせている。公式行事でもないのに正装の意味は分からないけれど、先手を打たせてもらうわ。
公爵と呼びかけたことで、現女王である私との立場を明確に示した。兄と妹であっても、今は臣下と主君だもの。同格で話をするほど愚かなら、お兄様から権力を削る算段が必要だった。できれば、これ以上味方を減らしたくないのよ。
願うように、カールお兄様を見つめる。一言断りを入れて座る兄は、厳しい顔をしていた。妻エルフリーデの取りなしかしら。護衛に戻してほしい? それともお母様達の話? 切り出すのを待つ間、様々な憶測が私の頭を過ぎる。
「母上のことだ、ですが……」
あら、そちらなのね。
「正直、手緩いと思う……います」
無理して敬語に直そうとして、おかしな口調になっているわ。ふふっと失笑してしまった。
「いつも通りの話し方で結構よ、お兄様」
呼び方を変えることで、家族の私的な会話だと告げる。ほっとした様子で、お兄様は再び口を開いた。
「前侯爵の祖父に関しては、母上に逆らえなかった。勝手に動く人でもない。だから王都追放くらいでいいと思うが……母上の権力剥奪は軽すぎる」
まさかの私へのダメ出し? あのお母様のことだから、知らない話があるのかしら。怖い思いをした私を抱きしめなかったように、お兄様の心に傷を残す行動をした可能性はある。黙って先を促した。
「前女王の肩書きは、御輿に最適だ。今後のことを考えるなら、幽閉が妥当じゃないか?」
「そこまで必要かしら」
「ああ。あの人は今回、エリーを巻き込んだ。その狡猾さが腹立たしい」
お兄様に指摘されて気づいた。そうなの? そうだったのね。なぜエルフリーデとエレオノールを巻き込んだのか。偶然近くにいて、己の影響力が及ぶ二人を利用しただけ、そう考えたけれど。まったく違うわ。
エルフリーデはお兄様の影響力を削ぐために、宰相エレオノールを確実に私の支配下に置くために。どちらも私の権力を際立たせるための策だった。それを聞かされたから、彼女達は協力したのだわ。
宰相であるエレオノールの権力は、年々大きくなっていた。災害があったときは、最初に彼女の元へ連絡が入るほどに。それは一歩間違えば、臣下の専横を招く。エレオノール自身にそんなつもりはなくとも、彼女の下についた貴族や文官が、女王を軽んじるとしたら?
エルフリーデも同じよ。バルシュミューデ公爵夫人、ツヴァンツィガー女侯爵、元王子の妻。女王の専属護衛に不相応な肩書きが並ぶ。この国を支えることを信条とする彼女達が、今後も憂いなく私に仕えるために、権力を削ぐ必要があった。
お母様はそこまで見通していたの? 逆に、私は見落とした。周囲に己の意を汲む者を配置したことで、仕事の効率は上がった。同時に、苦言を呈する者を遠ざけている。
母の最後の愛は、心臓に突き刺さる激痛を伴う鞭。ならば、私の与えた処罰は軽過ぎる。それすらお兄様に指摘されるなんて。震える唇で息を吐き出し、私は口角を持ち上げた。
泣きたい時こそ、笑顔を作りなさい。そう教えたのもお母様だったわね。
「ルピナス帝国から献上された屋敷に、前女王アマーリエを幽閉します。手配して頂戴」
不甲斐ない娘にがっかりしたのではなくて? 今からでも挽回させていただくわ。それと、まだ利用させていただくわね。
「リュシアンの補佐、ご苦労でした。バルシュミューデ公爵」
元王子の肩書きで面会を申し込んだけれど、服装は公爵家の格に合わせている。公式行事でもないのに正装の意味は分からないけれど、先手を打たせてもらうわ。
公爵と呼びかけたことで、現女王である私との立場を明確に示した。兄と妹であっても、今は臣下と主君だもの。同格で話をするほど愚かなら、お兄様から権力を削る算段が必要だった。できれば、これ以上味方を減らしたくないのよ。
願うように、カールお兄様を見つめる。一言断りを入れて座る兄は、厳しい顔をしていた。妻エルフリーデの取りなしかしら。護衛に戻してほしい? それともお母様達の話? 切り出すのを待つ間、様々な憶測が私の頭を過ぎる。
「母上のことだ、ですが……」
あら、そちらなのね。
「正直、手緩いと思う……います」
無理して敬語に直そうとして、おかしな口調になっているわ。ふふっと失笑してしまった。
「いつも通りの話し方で結構よ、お兄様」
呼び方を変えることで、家族の私的な会話だと告げる。ほっとした様子で、お兄様は再び口を開いた。
「前侯爵の祖父に関しては、母上に逆らえなかった。勝手に動く人でもない。だから王都追放くらいでいいと思うが……母上の権力剥奪は軽すぎる」
まさかの私へのダメ出し? あのお母様のことだから、知らない話があるのかしら。怖い思いをした私を抱きしめなかったように、お兄様の心に傷を残す行動をした可能性はある。黙って先を促した。
「前女王の肩書きは、御輿に最適だ。今後のことを考えるなら、幽閉が妥当じゃないか?」
「そこまで必要かしら」
「ああ。あの人は今回、エリーを巻き込んだ。その狡猾さが腹立たしい」
お兄様に指摘されて気づいた。そうなの? そうだったのね。なぜエルフリーデとエレオノールを巻き込んだのか。偶然近くにいて、己の影響力が及ぶ二人を利用しただけ、そう考えたけれど。まったく違うわ。
エルフリーデはお兄様の影響力を削ぐために、宰相エレオノールを確実に私の支配下に置くために。どちらも私の権力を際立たせるための策だった。それを聞かされたから、彼女達は協力したのだわ。
宰相であるエレオノールの権力は、年々大きくなっていた。災害があったときは、最初に彼女の元へ連絡が入るほどに。それは一歩間違えば、臣下の専横を招く。エレオノール自身にそんなつもりはなくとも、彼女の下についた貴族や文官が、女王を軽んじるとしたら?
エルフリーデも同じよ。バルシュミューデ公爵夫人、ツヴァンツィガー女侯爵、元王子の妻。女王の専属護衛に不相応な肩書きが並ぶ。この国を支えることを信条とする彼女達が、今後も憂いなく私に仕えるために、権力を削ぐ必要があった。
お母様はそこまで見通していたの? 逆に、私は見落とした。周囲に己の意を汲む者を配置したことで、仕事の効率は上がった。同時に、苦言を呈する者を遠ざけている。
母の最後の愛は、心臓に突き刺さる激痛を伴う鞭。ならば、私の与えた処罰は軽過ぎる。それすらお兄様に指摘されるなんて。震える唇で息を吐き出し、私は口角を持ち上げた。
泣きたい時こそ、笑顔を作りなさい。そう教えたのもお母様だったわね。
「ルピナス帝国から献上された屋敷に、前女王アマーリエを幽閉します。手配して頂戴」
不甲斐ない娘にがっかりしたのではなくて? 今からでも挽回させていただくわ。それと、まだ利用させていただくわね。
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